拓海の恋:パーティ、その後
パーティが終わると、二次会は、クラブ「W」に集合になった。
拓海は、メンバーと美里と一緒に向かった。
「ミミちゃん、その薔薇どうしたの?」
美里が大切に握っている一輪の赤い薔薇を見て、トオルが訊いた。
「うふふ~、こよしさんに貰った。余興で歌っているとき、一番前で見ていたら、こよしさんが歌いながらくれたの!」ものすごく嬉しそうに笑った。
「よかったね! ミミちゃん~」
「うん!一生の宝物!」
ものすごく元気な声で答えた。
―――その薔薇、御浸しにして食ってやりたい…。
拓海の心の声だ。
☆☆☆☆☆
深夜を回り、VIPルームを離れて、バー・カウンターで、一人よからぬ作戦を練っている結莉の隣に、拓海は腰をおろした。
「あれ? 修平は?」
「ん? 一階フロアじゃない? さっき、利央くんが呼びに来てたから」
「そう…か。ふふふ…」
「なになに? 気持ち悪いなぁ~」拓海の薄笑いに結莉は少しのけ反った。
「ん? なんか結莉と並んで座るの久しぶりかなぁ、って」
「ははは~、最近はミミの横にいる方が多いもんね?拓海は」
「…そ、そんなことないよ…」
「違うくない顔してるぞ! っと! ん?」
結莉は拓海の頬を摘み笑った。
いくつになっても結莉にとって拓海は弟だ。
拓海もそれは十分にわかっている。
それでも拓海は、結莉と二人でいる時間は、特別で幸せだ。
「そうだ。ミミ、ルームに全然戻って来ないんだよな~フロアにいるのかなぁ」
「ルーム2にいるよ。みんなに飲まされて、眠っちゃってた」
「えっ?! 寝てる? 酔っちゃったの?」
「ヘアメイクの子たちにいいように遊ばれて、からかわれて飲まされてた」
「ええーー! 結莉なんで止めねーんだよ!」
「あはは~、こよしに貰った薔薇の花、大切に握ったまま寝てるわよ。かわいいったらありゃしない~」
「そんで置いてきちゃったのかよ? 結莉」
拓海は心配そうに言う。
「うん。拓海見てきてやって。まだ寝てるようだったら連れて帰りな、一時過ぎてるし」
結莉はニッと笑った。
「じゃ、オレ、ちょっと見てくる!」
「うん。そうしてやっておくれ~」
拓海は足早に美里のいる部屋へ向かった。
結莉は、拓海の後ろ姿を見たあと、バーテンダーの山崎と目を合わせて微笑んだ。
部屋に入ると、美里がヘアメイクの小宮の膝を枕に、クッションを抱えながら眠っていた。
手には薔薇が、握られている。
「……」
「あっ、拓海くんだ!」などと周りの女性に言われながらも、拓海は、美里の前にしゃがんで、美里の顔目線になった。
「ごめんね、小宮さん…ミミ」
「あ、大丈夫よ。ミミちゃん、結構飲んじゃったからね、というか飲まされた?」
小宮は、笑いながら美里の頬をつついた。
拓海は美里の頭を、ポンポンと軽く叩いた。
「ミミ…帰るぞ…美里?」
「ミミちゃん? 拓海くん帰るってよ? ミミちゃん?…起きないよぉ」
小宮は美里を揺すり、笑った。
拓海も笑いながら、「ミミ? 起きないと置いてくぞ」と、美里の顔をペちぺちと叩いた。
「ん…ん~~~?」
美里が薄眼を開けた。
「ん~、眠い…ん? 拓海くん…」
「ははは~、ほら、起きろ! 帰るぞ」
拓海の声に美里は、小宮の膝から体を持ち上げた。
「う…ん…。帰るの? 結莉さんは?」
「結莉はカウンターにいるよ。先に帰ろう、な?」
「うん…わかった…かばん…」
美里は、目をこすりながらうなずいて自分の鞄を探した。
端のほうから回ってきた鞄を拓海が受け取り、「いいよ。持ってやるから、ほら」と言い、手を差し出した。
拓海の行動に、事情を知らない人は驚いて見ていた。
美里は、普通に拓海の手をつかんで立ち上がり、周りのみんなの注目を浴び、挨拶をしてルームをあとにした。
「…ねぇねぇ~もしかしてあの二人つきあってるとか!」
「シ、ショックゥ」
「まじ…?」
女の子たちは美里をうらやましがり、二人のことを知っている結莉ファミリーの仲間はニヤニヤしていた。
拓海は美里の手をにぎったまま、カウンターにいる結莉の所に行った。
「結莉、先帰るよ、オレたち」
「ん? ほいほいお疲れちゃん。ミミ寝むそ、そうとう飲まされたね? ははは~」
結莉は高笑いをした。
「へへへ~、大丈夫! ですです!」
美里は笑ってごまかしたが、目がほとんど開いていない。
帰りのタクシーの中、美里は熟睡してしまい起きず、拓海はしかたなく大谷家に連れて行き、すでに寝ていたパパちゃんを起こし部屋まで運んだ。
拓海はサイドボードの上に、美里の鞄と「こよし」からの薔薇の花を、きちんと並べた。
朝、美里が目を覚まし、情況を把握し慌ててリビングに行ってみると、ママちゃんが、ダイニングで朝食の支度をしているところだった。
「ご、ごめんなさい!私!」
美里は、力を込めて頭を下げて謝った。
「あら、おはよう~。日曜日なんだから、もっと寝ててもいいのよ? 昨日すごく飲まされちゃったんでしょ?」
ママちゃんはニッコリと笑い、のんびり言った。
「いえ…、もう…起きます…」
恥ずかしそうに俯く美里にママちゃんは洗面道具を出してくれ、トボトボと落ち込みながら洗面所に向かった。
「さ、最悪だぁ…。人様のお宅で…」
鏡に映る自分の顔を見て、顔を覆った。
化粧も何もなく、目の回りはマスカラで黒かった。
まだ爆睡中の拓海を除いた四人で朝食をとっていると、爺さんがいきなり美里に訊いた。
「ミミちゃんは、結婚願望とかぁ~、ないのかい?」
爺さんのナイスな質問に、パパちゃんとママちゃんも視線を、美里に向けた。
「け、結婚ですか? ん~、まだ二十二だし…あまり考えたことないです」
三人は少しうなだれた。
「ミミちゃんは、彼氏とかいるのかな?」今度はパパちゃんが訊いた。
「……いない…です。残念ながら…」
三人の顔が、急に華やいだ。
「あら、拓海と一緒じゃない! あの子なんて二十六、七にもなって彼女いないし、ねぇ、あなた」
ママちゃんが、トーストをひとち切り口に入れ、うれしそうに笑った。
「だよなぁ、拓海もそろそろ、彼女くらい作っても、いいだろうになぁ」
「そうよねぇ、なんなら、ミミちゃんが彼女になってくれたら、うれしいわ」
ママちゃん、勝手に話を進める。
「ほぉ~、そりゃ、いいなぁ~。なるべくわしの目の黒い内に」
爺さんも大ノリである。
みんなの視線を感じた美里は、どもりながら言った。
「え? た、拓海くんは…か、かっこいいし、やさしいけど…」
「けど?!」「けど?!」「けど?!」
爺さん、パパちゃん、ママちゃんが声を合わせて訊いた。
「…え…えーーと、えーと、昨日のパーティに来ていた方…みたいな女性がお似合いだと思うし…」
美里は三人の勢いに押されビビりながら答えた。
「パーティに来ていた女性?だ~れ?」
「んーと、名前なんだっけ…大なんとかさん?」
「ぁあ? 大倉か?」パパちゃんが訊いた。
「あっ! そうそう、大倉さんという綺麗な女性!」
美里には紹介していないはずだが「なぜミミが知っている」とみんなは疑問に思った。
「あら、ミミちゃん、大倉さんご存知なの?」
「パーティで、結莉さんと一緒にいたとき、結莉さんにあいさつに来られて、その方のお父様が、拓海くんとお見合いさせる予定だって言っていたから」
美里の言葉に、みんなは顔を見合わせた。
「おいおい、なんの話だ?」
爺さんがパパちゃんに話をふり、ママちゃんは椅子を前にずらし、テーブルの下から向かいに座っているパパちゃんに、蹴りをガンガンと二発入れた。
「いや、あれは、何かの間違いだよ。拓海と見合いなんて、とんでもないし、バンドのボーカルが見合い…っていうのもなぁ、笑えるなぁ、ははははぁぁぁ~…」
声だけ笑って顔が笑っていない。
「ミミちゃん、大倉さんのお嬢さんと拓海は、何にも関係ないのよ!」ママちゃんはあせった。
「で、でも、すごいきれいな方でしたよ? 花嫁修業中って言ってたし、お茶とかお花とかもできるって…私なんて何にもできないから、」
「なにか、言われたの?! 大倉の娘に何言われたの?! ミミちゃん!!」
美里の方を向き、美里の肩を掴み揺らすママちゃんの目は、真剣で必死だ。
「べ、べ、べつに…何も…。ただ、私が、お爺ちゃんとお父さんとお母さんとずっと一緒にいたし、そのあと結莉さんともいたから、彼女になんか誤解されちゃった部分もあったけど…あっ、でも大丈夫です!ちゃんと、私は、ただのご近所さんということをアピールしておきましたから! 安心してください!」
ママちゃんの圧力に押された美里は、一気にそこまで話すと、笑顔になり、パクパクと朝食を食べた。
テーブルの下のパパちゃんのスネには、ママちゃんからの蹴りが連打で入っている。
美里が帰ったあと、パパちゃんから事情を聞いた爺さんに「おまえは自分の息子の恋路を邪魔するのか! この大ばか者め!」と一喝され、ママちゃんには「あなたの今日のお夕食はなし! ですから!」と怒られ、パパちゃんは、泣きながら、結莉にヘルプの電話を入れた。
午後になり、結莉が大谷家にやって来て言った。
「私にいい作戦があるので、みなさん、しばし、お待ちください!」
ほっておいてもいい様な年齢・二十七歳にもなる大人の息子のために、この人たちは何を考えているのだろう。
やはり拓海はおぼっちゃまである。