拓海の恋:JICパーティ
修平のバンド・リフィールのツアーが終盤にさしかかる頃、JICレーベルのパーティが行なわれた。
美里は、ママちゃんと結莉と三人でパーティ会場のホテルに着いた。
ホテルの入り口ではテレビカメラやレポーターなどが来客の有名どころに、マイクを向けている。
まだ顔があまりバレていないKeiこと結莉だが、一部のレポーターに気づかれ、慌てたスタッフが、結莉を囲み、足早に会場に入った。
場の空気に緊張ぎみの美里は、ママちゃんと手を繋いでいる。
「お母さん、なんか私緊張~」
「ふふふ、大丈夫よ。お母さんがついてるわよ」
娘を連れているみたいな気分のママちゃんは、嬉しそうだ。
結莉は先に来ていたマネージャー・吉岡と会い、挨拶に回った。
美里とママちゃんは、爺さんとパパちゃんがいるところに行った。
「おっ、ミミちゃん、いらっしゃい!」
「拓海が来るまで、わしらと居ればいいから、ここにいなさい」
言われるがまま、美里はJIC幹部の輪の中で小さくなっていた。
「おばさま、お久しぶりぃ~ん」
クリスマスパーティで会った麻矢が、ママちゃんの所にきて、抱擁を交わす。
「あらん~、お嬢ちゃん、クリパでお会いしたわよね? お元気ぃ~?」
美里も、熱き抱擁を交わされた。
しばらくして結莉が美里の元に来て、「水川こよし発見! こっちにおいで!」と、手を引いて、こよしのところに連れて行かれた。
美里は「結莉伝授・緊張しない方法」など、すでにどこかに置き忘れ、本物のこよしを目の前に震えながら握手をしてもらい、持って来たデジカメで結莉にツーショット写真を、何枚か撮ってもらった。
「僕、あとで歌わさせていただきますので、聞いてくださいね」
美里は、こよしから、とてもやさしく丁寧な口調で、ニッコリと微笑みを頂き、クラクラである。
―――眩暈がしそうなくらいカッコイイ…。どうしよう~。
そわそわする美里の表情を横で見ていた結莉は、心の中で爆笑である。
―――拓海の負け~。チ~~ン!
美里は、ママちゃんたちの所に戻ると、興奮冷めやらずで水川こよしの話をし、みんなを楽しませていた。
リフィールやFACEも会場に入り、会長の爺さん、社長のパパちゃんに挨拶をしたあと、その他の顔見知りのところにバラバラと移動し、修平は結莉を探しに、すばやくどこかに消え、拓海は美里の傍にいた。
美里は顔を赤らめながら、さっき撮った「こよし」とのツーショット写真を拓海に見せて、照れた。
「もう~、すご~くやさしくって、かっこよかったぁ~」
―――そんなにファンなんだ…。ミミのそんなうれしそうな顔初めて見たよ…。
オレ…演歌歌手に転向しようかな…。
デレデレの美里の顔に、「よかったね」と笑顔で言いつつ、落ち込んだ。
「拓海ぃ…今、演歌歌手にでもなろうかと考えていたんじゃ、ございませんか?」
いきなり、耳元で言われ、驚いた拓海は振り返った。
「うわっ! なんだよ、修平かよ…結莉探しに行ったんじゃないのかよ、っていうか、なんでわかんだよ…、オレの気持ち」
「顔に書いてある!」
修平が鼻で笑った。
「俺とデュエットで演歌デビューでもするか? ん?」
「修平さぁ、真顔で言うのやめてくんない?」
「がはははぁぁぁあああ、真剣に! ドーバー海峡夏景色なんてどうだ!」
「バーカ!」
小突き合いを始めた拓海と修平を置いて、結莉に呼ばれた美里はビュッフェに食事をしに行った。
「Keiさん? どうもおひさしぶりです」
「あら、大倉さん、お久しぶりです」
パパちゃんの知り合いの大倉が、娘の良子を連れて現れた。
結莉は、大倉と何度かパパちゃんを交えて、食事をしている。
「うちの娘の良子です。短大を卒業して、まぁ、社会に出してもこんな我がまま娘、なんの役にも立たないと思って、今は花嫁修業中なんですけどね」
大倉は、謙遜気味にも笑いながら娘の自慢を始めた。
どこどこの短大を卒業したとか、習い事はなにをしているとか、海外に留学経験があり英語が得意だとか、そんなどうでもいいような話に、一応聞いているフリはするが、二コリともしない結莉だ。
大倉が、自分の娘を紹介したあと、少し綺麗で、少し冷たい雰囲気のその娘は、結莉に、上品に物静かに挨拶をし、続けて大倉が言った。
「今度、うちの良子と拓海くんをお見合いでもさせようじゃないか、なんて話をね、大谷さんとしてまして」
「はいぃぃ?!」
結莉の顔が歪み、隣にいた美里を思わず見てしまった。
美里は少し下を向いていたが、普通にシュリンプカクテルをモグモグと食べている。
結莉は、少し鼻から息を吸い、ふっ、と軽く息を吐いて落ち着いた声を出して訊いた。
「そのお話は、大谷社長から…ですか?」
大倉は「そうだ」と言い、「今日はまぁ、軽く二人の顔見せみたいな感じだ」とも言った。
大倉親子が結莉から離れ、別のところに行くと美里に「ちょっと待っててね」と、いい残し、結莉はパパちゃんの所へ向かった。
美里が、一人で料理をパクついていると、大倉の娘・良子が戻ってきて近づいてきた。
「あなた…。少しよろしいかしら?」
声を掛けられた美里は、皿を持ったまま振り向いた。
「あっ、はい…なんでしょうか」
「あなた、大谷さんのご親戚かなにかですの?」二十三歳なのに良子は、ものすごくマダムのような話し方だ。
「いえ…ちがいます…けど」
「お親しそうですのね。拓海さんのご家族とずっとご一緒にいらっしゃるし、Keiさんとも拓海さんとも、仲がよろしいみたいですし?」
少しというか、とても不快感丸出しの顔で訊いてきた。
「あっ、私は大谷さんご一家の近所に住んでる者でして…今日はちょっと…、えーと、水川こよしさんのファンなので、お願いして連れてきてもらっただけなんです」
拓海の見合い相手の女性だと思い、美里は必死に言ったが、良子は美里が気に入らない。
あれこれと質問を投げてくる。
「あなた、学生さん? どこの短大なのかしら? それとも大学?」
「いえ、高校卒業してすぐに社会人になりましたから、大学は…」
「あらっ、ごめんなさい。大谷家の方とご一緒だから、それなりのお嬢様だと思ってたわ~、おほほ~」良子は、軽く声をあげ、笑った。
「うちは、普通にサラリーマン家庭ですし、今日は本当にお願いしてここに連れて来てもらっただけですから」
美里は、顔を上げて少し微笑んだ。
良子が自分を蔑む態度と言葉に、別に怒りも起こらない。
住む世界が違う良子と自分を比べられても困るし、拓海と自分はただの友達…。
美里はそう思っている。
「お嬢ちゃん? ミミちゃん? 結莉は、どうしたの?」
良子の前で下を向いている美里に気がつき、麻矢が声を掛けてきた。
「じゃ、私は失礼させていただきますわ。お話できて楽しかったわ」
良子は冷たい微笑みを美里に投げかけ、麻矢にも会釈をした。
背の高い麻矢は良子を見下すように、良子が美里に投げた数倍上の極上の冷たい笑みを作り、投げ返した。
「あの女に、何を言われたの?」
麻矢の感はするどい。
「ううん。何も、何も言われてない!」
美里の必死さに麻矢は「そう?」とだけ言い、やさしく微笑んだ。
水川こよしの歌が始まるとアナウンスが流れ、美里は麻矢と二人、ステージかぶりつきで、目をハートにしながら、こよしを、見つめ続けた。
結莉は、接客に忙しいパパちゃんを、とっ捕まえて、言った。
「パパちゃんさぁ、どういうこと!?」
「ん? なにが!?」
結莉は大倉の話をすると、パパちゃんが青ざめた。
「あ”??」
美里の存在を知る少し前の話だ。
大倉が、自分の娘の見合い相手を探していると飲み会の席で話、パパちゃんも拓海にもそろそろ嫁を~みたいな流れで、真剣ではなく、酒の入った軽いノリで話したらしい。
だいたい拓海が見合いなんてするわけもなく、結婚なんてまだまだ先の話だ。
大倉には、パーティの来客に良い人がいれば勝手に選んでもらおうと思い招待した。
パパちゃんはあせり、話を聞いていたママちゃんが、パパちゃんを怒り出した。
「あなた! どうするのよ!! 私イヤよ?! 大倉さんのお嬢さんなんて! だからさっき、大倉さんたら、お嬢さんを連れて拓海に紹介していたのね!」
ママちゃんの心はすでに「嫁はミミ」と一人勝手に決めている。
「ママちゃん、落ち着いて。はい、深呼吸深呼吸~」
結莉が、血圧が上がり始めたママちゃんを椅子に座らせたが、パパちゃんはパパちゃんで結莉を見て「どうしよう…結莉…」と、困った顔をした。
結莉は、上を向いて目を細めながら上唇を噛みながら考え、言った。
「ちょっと、私にお時間をください! これから作戦たてるから!」