拓海の恋:チョコの日 1
バレンタインデーの日。
大量のチョコが事務所に送られてきた。
拓海はあまり甘いものを食べないので、興味もなく、事務所に置きっぱなしだ。
付き合いの長い事務所スタッフたちからは、せんべいをもらったが、拓海狙いの女子事務員・山田は拓海の大ファンで、一人チョコレート、それも手作りチョコを拓海に渡した。
―――知らない女の手作りほど恐ーもんはないよな…
山田は事務所スタッフなので「知らない女」ではないが、結局拓海は、そのチョコも事務所に置いてあるチョコ箱の奥底に密かに入れた。
ひどい男である。
午後一に美里からメールが入った。
(今日、仕事ですか?)
(今日の仕事は打ち合わせで今、事務所!)と返信した。
(私は八時ごろ家に着くと思うんだけど、その頃少し時間ありますか?)と、美里から返って来た。
拓海はニコニコ顔でメールを打つ。
(大丈夫だよ。飯でも食いに行く?)
(はい。拓海くんが大丈夫ならOKです)
「ぐふふふ~」
事務所応接室のソファで携帯を見つめ不気味な笑いをする拓海にメンバーは、引いていた。
(じゃ、渋谷の駅に着いたら電話して。オレ、駅まで行くから)
美里のメールは(りょうか~い)のあとにピースマークとハートマークが付いてあり、拓海は少し赤くなりニンマリと笑った。
「おい…拓海。気持ち悪いんですけど…」
「なにがだよ…」
「おまえがメールしながら笑ってるのって初めて見たけど、気持ち悪っ!!」
「うっせーな…」
「誰? 相手」
「…かんけーねーだろ。みんなには!!」
拓海と美里のことは、結莉から『極秘門外不出情報』と称して、メンバーには連絡網が常に回っていた。だが、拓海はそんなことは知らない。
「最近、結莉さんのことあんまり追っかけてないよなぁ~拓海」
「え…」
「そうだな。おととい結莉さんが来た時も、前みたいにベッタ~リしてなかったし」
「え…」
「修平さんと結莉さんがラブラブでも喧嘩しに行かなくなったし?」
「え…」
「どーーーーしちゃったんですか? 拓海く~ん」
「…べ、べつにぃ…オレも…少しは大人になったかなと…二十代半ばも超えたし。若い子から見れば、おっさんだろうし…っんだよ! いいだろ! 別に!」
拓海はみんなに弄くられるのが恥ずかしく、ふくれっ面で応接室を出た。
「あっ、拓海く~ん。チョコ食べてくれたぁ?」
ブリッコな声で事務員・山田が近づいてきた。
「んぁ? え、あ、まだ…」
すっかり忘れていた山田のチョコ。
そのチョコはすでに段ボールのチョコの山の下辺りで寝ている。
「えぇ~、まだなのぉ~」
「ごめん、忙しいから。失礼」
拓海は、無表情のまま、出てきたばかりの応接室にまた戻って行き、またメンバーに弄くられ遊ばれた。
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拓海は家に帰り、家族との食事は軽く済ませ、ジーンズの後ろポケットに携帯を忍ばせ、そわそわと美里の連絡を待ちながら、リビングのソファでテレビを見ているふりをしている。
「拓海、三月末のJICのパーティ、ミミちゃんも呼んだらどうだ?」パパちゃんに言われた。
「そうだなぁ、呼びなさい。春のパーティはホテルだし、いつものように料理には手は抜かんし!」
爺さんにも言われた。
「じゃ、誘ってみるよ。後で会うし…あっ…」
―――ヤバッ…
「あら? これから約束してるの?」
「あ、う、うん…ミミの仕事が八時位に終わるから…」
「あら! そう~、へ~、だから今日のお夕飯小食だったのねぇ」
母の目は三日月。というより爺さん、パパちゃんもみんな三日月の目で拓海を見た。
「そういえば、先週だったかしら? スーパーでミミちゃんとお母様に会ったわ」
「え? ミミのお母さん?」
「ええ、やっぱり娘と歩くのってうらやましいわぁ。私もミミちゃんみたいな娘ほしい~~~~ん、だ・け・ど?」
ママちゃんは、ちらりと拓海を見た。
「じゃ、拓海に早く結婚してもらわないとな」
「わしの目の黒い内に、頼むぞ、拓海」
「お母さん、お嫁さんとお出かけしたりお食事行ったりするのが夢なんだから、拓海が誰かいい人を連れてきてくれればいいけど? いないんでしょ? そんな女性」
「…い、い、い…」
ママちゃんの攻撃にたじろいだ。
「い…なあに? いるの? いるんならお母さんたちに紹介してよ。ねぇ、あなた」
「だよなぁ~、なぁ、父さん」
「そうだなぁ。できるなら、わしの目の黒い内に」
爺さんが拓海の方を向いたが、拓海が目線を外しクッションを抱えてテレビに顔を向けたと同時に携帯が鳴り、すぐに出た。
「ん? わかった。じゃ、後で」
携帯を切ったあとの拓海のニンマリ顔を、家族三人はニンマリと見ていた。
「…な、何見てんだよ! ったく。オレ、出かけるから…」
拓海はムートンを羽織りブチブチいいながらリビングを出た。
残された三人は思いっきり楽しそうに笑った。




