拓海の恋:恋心
正月も明けたその日、仕事が終わり、自宅に八時頃戻った拓海は、思い切って美里に電話を入れた。
が、まだ仕事中のようで留守電になっている。
―――が、がっくり…
夜十時前に美里から電話がかかって来た。
「拓海くん、遅くにごめんなさい。電話くれた?」
「えっ、あ…うん。ミミが家にいたら、近所に一緒に飲みにでも行こうかなって…思って」
「残業だったの。今帰りの電車待ってるところ。今からでいいんなら…」
美里はあと二十分くらいで地元の駅に着くと言い、拓海は改札で待っていると約束をした。
拓海はいそいそと着替え、リビングにいるママちゃんに言った。
「ちょっと、出てくる」
「あらこれから? また飲みに行くの? メンバーのみんなと?」
「え…ミミ…」小さい小さい声でボソッと言った。
「えっ? 誰と?」ママちゃんは聞こえていたが、わざともう一度訊いた。
「ミミ…」
「あらぁ! ミミちゃん? こんなに遅くに大丈夫なの?」
「仕事終わって、これから地元に戻って来るって…だから駅まで行って、ちょっと梅くんとこで…飲んでくる」
「あら~そう? じゃ、いってらっしゃい。帰りはちゃんとミミちゃん、送るのよ」
拓海が玄関を出るのを確認すると、ママちゃんはものすごい速さで書斎にいるパパちゃんに報告し、すでに寝ている爺さんを無理やり起こし報告した。
そして結莉に連絡。
結莉は電話の向こうで気味の悪い笑い声で「ぐふふふ」と笑い、ママちゃんと二人、電話越しに肩を揺らしあった。
拓海は白い息を切らして駅まで歩き、改札に着くころ、丁度美里の乗った電車がホームに着いた。
大きな駅ではないが、住宅地なので、改札からはぞくぞくと人が降りてくる。
目立つ拓海は若い子からの視線を浴びるが、階段から出口に向かい降りてくる人の中から美里だけを探した。
「あっ!」
美里が拓海を見つけて手を振った。
「ごめん。待っちゃった?」
「ううん、丁度今来た。あっ、おかえり」拓海はやさしく笑った。
「あはっ、ただいまぁ」美里もニッと笑った。
拓海は駅のすぐ近くにある、兄・慶の同級生だった梅木が経営するバーに美里を連れて行った。
梅木が奥さんと経営するバーは、カウンター席とテーブル席三つの小さいが地元では人気がある店だ。
ほとんど常連客だが、週末は立ち飲みになるくらい人が入り、平日でもそこそこの人が利用している。
「いよ! 拓海! ん?」
梅木が顔を横に少しずらし、拓海の後ろにいる美里を見た。
「あぁ…友達、連れて来た…」
「こんばんは」
「こんばんは。どうぞ、こちらに」
カウンターの隅の席を示した梅木は、やさしく言った。
「珍しいな、拓海が結莉以外の女性と来るなんてな」
梅木がカウンターの中でうれしそうな顔をする。
「ん? うん、彼女、家が近所なんだ」
「そうか、じゃぁこれからもごひいきに」
そう言われ、美里も「はい」と微笑む。
「あら、いらっしゃい、拓海くん」
梅木の妻・夏子が、バックヤードから顔を出し、落ち着いた笑顔で言った。
「よっ、なっちゃん」
拓海が言うと、美里も夏子に頭を下げた。
梅木も夏子も美里のことを詮索しない。
なぜなら、数分前に結莉から連絡が入っていた。
ママちゃんから電話が来た結莉は、すぐに梅木に連絡した。
「たぶん、拓海は女の子を連れてそっちに行くと思うから、あまり驚かないように! それから根掘り葉掘り聞かないように! 情報は私が提供するので、そっと静かに二人を見守るように!!」
この人たちの連絡網は、恐ろしく早い。
そして、電話を切った梅木は、二人のためにカウンターの隅の席を二つ空けておいた。
☆☆☆☆☆
十二時を過ぎた頃、常連客の一人が入ってきた。
「降ってきたよ~白いもんが!」
「え? 雪か? 天気予報で言ってたか?」
「雨って言ってたんだがね、雪になってるよ。うっすら積もり始めてる」
常連客の会話を聞いて、拓海が美里に言った。
「じゃ、オレら帰ろうか…」
「うん、明日積もったら大変だぁ~電車動くかな?」美里が心配そうに言った。
「オレ、明日オフだから車出してやるよ」
「ん? うん、大丈夫だよ。朝になったら雪なんて残ってないよ、きっと」
「ダメだったら電話しろよ。ちゃんとチェーンもってるから雪道でも平気だし」
「うん、ありがとう」
二人の会話にニマニマしたい梅木は「グッ」と堪え、真顔を保ちつつ、秒殺的な速さでシェーカーを振り、気を紛らして我慢した。
「梅くん、チェック! もう帰るから」
「ん? そうか? また来いよ。隣のお嬢さんと二人で!!」
夏子にも挨拶をし、拓海と美里は店を出た。
二人が店を出たと同時に、梅木と夏子は、バタバタと足をばたつかせ大喜びのまま踊った。二人の趣味は夫婦で社交ダンスだ。主にチャチャを得意とする。
店内のBGMはピアノソナタ。
他の常連客に「あ~、夫婦揃って逝っちゃってるよ…」と冷たい目で見られるが、気にせず踊っている…ソナタでチャチャを。
外は細かい雪がどんどんと空から落ちてきていた。
「すご~い。積もりそう」
「ほんとだね。さみ~」
借りた一本の傘をさした。くっ付かなければ濡れる。
「…う、腕…」
「ん?」
「オレの腕…組みなよ。離れると…濡れるから…」
拓海は傘を持っているほうの腕を美里に出した。
「あ、はい」と、素直に美里は拓海の腕に自分の腕を回した。
人など歩いていない道を、二人並んで歩いた。
美里のマンションに着いた。
「どうもありがとう。ごちそうさま」
「遅くまでつき合わせちゃってごめん…明日、移動が無理だったら電話しろよ。遠慮しないでいいからさぁ」
「うん。ありがとう。拓海くんも風邪引かないようにね」
「うん…サンキュー」
美里は少しマンションの前で拓海を見送ってから家に入った。
拓海は自宅近くでなぜかルンルンとスキップなど踏んでしまい、雪で滑ってコケそうになった。
回りを一応キョロキョロしたが、当たり前だが誰も見ていない。
そして、次の日の朝、電車は通常運転でなんら問題もない。
美里は「あっ、道路の雪がぜんぜんなくなってる。よかった」と喜び、
拓海は「あっ、雪が…積もってない…」と、窓の外を見ながら残念がった。