拓海の恋:気になる日々
正月四日。
修平の田舎で正月を過ごしていた結莉と修平は午後一時ごろ、東京に戻り、そのまま大谷家に新年の挨拶に来た。
拓海は近所にある大きな公園にポチ雄を連れて散歩中だ。
結莉があれやこれやとお土産を出しながら、拓海がいないのを良いことに、爺さん・パパちゃん・ママちゃんに美里の話をした。
「ご近所なんだから、呼びましょうよ~本人に会ってみたいわ」
ママちゃんがウキウキ気分で言うと、大谷家全員がノリノリだ。
結莉が美里に電話をすると、家にいることがわかり、土産をエサに拓海の家に来るように言った。
拓海はポチ雄の散歩の帰り道、ママちゃんに頼まれたオレンジジュースと牛乳をコンビニで買い、家に向かっていたが、なぜか通る必要のない美里のマンション経由の道のりで帰っている。
美里のマンション近くに来て、「―――会えるわけないか…」と拓海が自分に笑っていると、美里がマンション入り口から出てくるのが見え、おもわず、駆け寄り声をかけた。
「ミミ?!」
振り向いた美里はそこに拓海がいたことに驚いたが、すぐに笑顔になった。
「ミミ、どこ行くの?」
と訊くのが早いか、「わっほぉぉぉ~ん~~」と、ポチ雄がいきなり美里にのしかかり、押し倒した。
「きゃー…うっ…」
「うわっ、ポチ雄!」
―――く、くるしいぃぃぃ~~~
ベロンベロンと顔を舐められ、美里は息ができない。
「こらっ!ポチ雄――!」
拓海が必死にポチ雄を美里から引き離した。
「ぜぇぜぇ…ぜぇ…」
―――さ、酸素、酸素…
「ごめん、大丈夫?」
拓海は美里の腕を掴み立ち上がらせた。
「こいつ、いつもはこんなことしないのに。ごめんね」
「だ、大丈夫、大丈夫…。この、この子…ポチ雄くん…?」
美里は涙目だ。
半分は驚いたのと、半分は、
―――私のファーストキスが…ポチ…雄。…犬?
悲しみの涙。
美里は、彼氏いない歴二十二年。男をしらないどころか、キスもしたことがない。
チラッとポチ雄を見下ろすと、「わほっん?」と目が合い、また飛び掛ろうとした。
「ポチ雄!」拓海が首輪を掴んで止めた。
「ところで、どこ行くの? ミミは」
「ん? 結莉さんに呼ばれて、拓海くんの家」
「え?! オレんち?! 結莉たちもう着いたのかぁ」
歩きながら拓海は訊いた。
「ミミは、どんな音楽聞くの?」
「へ? 音楽は…、え、演歌…かな…?」
「…演歌、好きなんだ」
「うん! 水川こよしの『ズンズンドコドコゾンドコ節』最高~!」
美里は元気にそう言ったあと、舌をペロッと出して笑った。
「FUNNY FACE…とか、聴かないんだ…?」
拓海は自分のバンドの名前を出した。
「うん、ガチャガチャした音楽とか、苦手なんだ…あっ…ごめん…」
本人を目の前にしていることを忘れていた美里は口を押さえたあと、謝り下を向いた。
―――うっ、オレたちの曲ってガチャガチャした音に聞こえるんだ…
ショック! 涙だよ、オレ…。
「いいよ別に。人にはそれぞれ好みがあるからね? ははは~はは…はぁ…」
そう言う拓海の声は、ヨレヨレの弱弱だ。
二人と一匹は、一緒に大谷家の前に着いた。
――― で、でか過ぎる…というか、この家が拓海くんちだったんだ。
拓海くんて、おぼっちゃま君なんだ…。知らなかった…
美里も、何度か通ったことのある場所だが、町内でも一際大きな家が拓海の実家とは知らなかった。
「ただいま~」
拓海が玄関で言うと、結莉が出てきた。
「あけまして~、って、あら? 二人一緒? いや~ん運命!」
「なにくだらないこと言ってんだよ…」結莉の言葉に拓海は照れ笑いをした。
「ミミ、いらっしゃい~早くお上がり!」
「オレ、ポチ雄の足洗ってから行くから」
結莉は美里を連れてみんなのいるリビングに入った。
初めましてが先か、新年の挨拶が先かみんなでもめている。
くだらないことで楽しめる一家、大谷家。
新年を祝いつつ軽く飲みながら、美里は大谷家から質問攻めだ。
拓海は笑って聞いている。
結莉は途中で席を立ち、トイレに入った。
―――ぐふふふふ…おもろーーーー。よし! 張り切ろおう!
何を張り切るのかわからないが、結莉は便座に腰を下ろしたまま、一人ガッツポーズ。