拓海の恋:美里との出会い 2
しばらくして、結莉がたばこを吸いにカウンターに行くというので、美里も付いて行った。
ルームの中では、「結莉がまた新しい獲物を捕まえた」とひそひそと話している。
「ミミって子、結莉に気に入られちゃったな、あれは…」
修平が言うとみんながうなずいた。
「つーことは、これから結莉さんに飼いならされていくということか…」
「かわいそうに・・・」
全員がうなずいた。
カウンターで、美里はウーロン茶を飲んでいる。
結莉はお酒が苦手な人には無理には勧めない。
最初に飲ませて様子を見るだけだ。
徐々に教育していく。
美里は高校を出てすぐに母親の知り合いのアパレル会社で事務の仕事をしていた。
これと言ってなにも得意とするものもなく、平凡に生きているけど、それはそれで楽しいし、会社の仕事にも同僚にも不満など何もなくて自分は幸せだと、結莉に話した。
そんな美里の話を結莉は「うんうん」とニコニコ顔で聞いていた。
美里の住まいを聞くと、拓海の実家と同じ町内だと言うことがわかり、結莉の目はどんどんと、クロワッサン・EYEに変化して行った。
―――ん~、だれが最初に言った言葉かわからないけど、こういうことを「偶然とは必然である」というのね。故にゆっくり事を進めましょうね?
一人うなずく結莉。
「なんか今日はテレビで見てる人がいっぱいいて緊張しちゃいます」
美里が少し照れながら言った。
「あはは~」と、笑ったあと、結莉が真面目な顔で言った。
「緊張しない方法教えてあげようか?もし、ものすごい偉い人や有名な芸能人と話さなければならない時、彼らの顔を見ながら想像するの。この人もお腹をこわしたら、お腹を押えながらトイレに行ってブビッとかピィ~とか音が出る。鼻クソだってほじくってる…。同じ、みんな同じ! やってることはみんな、お・な・じ! って。緊張なんてする必要ないのよ」
結莉の下品な例えに、美里は笑ってしまったが納得してしまった。
二人でくっちゃべっていると、真島がやって来た。
「ミミちゃん、私もう帰るけど、どうする?」
「あ、じゃぁわたしも、」と、言いかける美里の言葉を結莉がさえぎった。
「ミミ、もうちっと飲んでいくって! 私がちゃんと送っていくから大丈夫!」
「え”っ?」
美里が結莉の顔を見ると、ニッコリ微笑まれた。
その微笑みに少し怯え、何も言えなくなった美里である。
「そう? じゃ、お先~。結莉さん、ミミちゃんのことお願いしま~す」
「え、真島さ…」と、美里が言っている間に真島は消えた。
「いーからいーから。私が送って行ってあげるから! 心配、ないない!」
結莉は美里の顔の前で手を横にブンブン振りながら言った。
結局、パーティが終わったのが朝方五時。
外に出ると手配したタクシーが並んでいて、個々に帰っていく。
結莉が拓海に耳打ちをした。
「拓海さぁ。ミミ、送ってあげて?」
「あ”? なんでオレなんだよ。タクシーなら一人で帰れっだろー?」
「あら~、あんた、ミミの顔ケツで踏んづけておきながら、よくそんなこといえるわよねぇ」
そういう情況を作ったのは自分と言うことは端っから思ってもいない結莉だ。
そういう女だ。
「あっ、ミミの家、偶然にも拓海ンちのすぐ近くだから!! はい、決まりました!」
結莉は勝手にだんどる。
「あ”あ”?」
「はいはい、そうしましょう~。ミミちっや~ん~、ちょっと?」
美里が呼ばれ、結莉のところに来た。
「拓海が送っていくから、一緒に帰りなさい」
「あっ、一人で大丈夫です。タクシーだし」
「あ~いいのいいの。拓海の家、実はミミと同じ町内なのよ」
「そうなんですか?」
「うん! ね! 拓海!」
結莉は腕を組み、拓海を睨むように言った。
「…あぁ…」拓海は結莉に何も言えない。
「だから、一緒の方向なの。気にしないで送ってもらいなさい」
―――うふっ!
結莉は、拓海の方を向いてニンマリ笑った。
「おい! 結莉ぃぃぃぃぃぃ」
修平が飛んできて抱きついた。
「なにやってんだよ。早く帰ろ~ぜ! 俺たちの愛の巣へ!!!」
“愛の巣”の部分を強調し、拓海を見ながら言った。
「……」拓海は修平に向って中指を立てた。
「…テメーこのやろう」
「あ~~、はいはいはいはい! 帰りましょうね~修平くん、愛の巣へ~。じゃ、そういうことで! 拓海たのんだわよ」
結莉は修平を連れて立ち去ろうとしたが、修平が急に振り向き、拓海に言った。
「おい、拓海。今日は乾燥してるから、喉、ちゃんと加湿しとけよぉ」
「ふっ、ああ、わかった」拓海は笑いながら片手を上げた。
結莉は歩きながら微笑んで修平に言った。
「修平くんはやっぱり、やさしいね。そんな修平くんが好きよ」
「ええーーー!! マジマジマジ~~もっと好きって言え!」
「好き!」
「へへへ、もっと言えよ~」
「好き…」
「十万回くらい言え!」
「………やだ…」
結莉に覆いかぶさりながら、修平はうれしそうにタクシーのところへ向かう。
拓海は、そんな二人に少しだけ微笑みながら、美里とタクシーに乗り込んだ。
「何丁目?」
「二丁目です」
「すぐ近くなんだ。オレんとこと」
「そうなんですか?」
―――女との会話なんてハズマねーーー。
何を話していいのかもわからず、拓海は訊いてしまった。
「か、顔大丈夫?」
「顔?」
「…ほら…痛いって言ってたから…」
「あぁ、大丈夫です。でもなんで痛かったんだろう…」
美里は顔を擦りながら、きょとんとした顔で拓海の方を見た。
「えっ!? …ん~~、テ、テキーラ飲んじゃったから…とか?」
「テキーラ? あぁ、そういえば初めて飲んだし…すんごく強烈に強かったし、なんか短時間で熟睡しちゃった! だから、顔痛かったんだぁ」
拓海は、なぜかテキーラで納得している美里が、おかしかった。
「ねぇ、近所の学校行ってたの?」
「ううん。私は十九歳で家族と今の所に引越してきたから」
「ふ~ん。オレ、生まれ育ったところだけど、地元の学校じゃなかったから、あんまり近所に友達いないなぁ」
幼稚園から私立に通っていて、デビューが決まって大学を中退したことやFACEのメンバーと出会ったいきさつ、自分が飼っている犬の「ポチ雄」の話など、拓海の身の上話を美里は楽しそうに聞きながら受け答えをしている。
それは、結莉に教えられた「緊張しない方法」を活用していた。
拓海は拓海で、美里と自然に話している自分を不思議に思っていた。
女性に対して無口な拓海は、結莉以外は結莉ファミリーの女性としか親しく話さない。
今日会ったばかりの女性と、普通に話すことは、今までにはありえないことだ。
「あっ、ミミ、焼肉好き?」
「はい!」
年末の忘年会は焼肉屋でやることになっていて、結莉たちも来るからと美里を誘った。
場所は、高級焼肉店・ボウボウ苑。
「ほんと!? うわ~い、タン塩食べたい!」
「好きなもの食べても大丈夫だよ?」
「きゃっほぅ~」美里は大喜びだ。
そうこうしているうちに美里のそんなに大きくもなく高級でもない普通のマンションに着いた。
「どうもありがとう。送ってもらって。じゃぁ、おやすみなさい!」
美里は、タクシーを見送ってからマンションに入り、思った。
―――あっ、連絡先も知らないのに焼肉食べに行けないじゃん…社交辞令か。
庶民と芸能人さんとじゃお友達にはなれないか! まっ、いっか、へへっ!
頭をかきながら、家のドアを静かに開けて中に入った。
お互いに連絡先の交換を忘れていた美里は、ボウボウ苑の焼肉は残念だが諦めた。
美里のマンションのすぐ近くの家でタクシーを降りた拓海は、玄関を開けて気がついた。
―――あれ? オレ、あの子の連絡先聞いてない…なにやってんだぁ…オレ。
結莉が知ってるか? 明日聞いてみよ~っと。