(5)会いたい気持ち爆発
メイク室を出て収録スタジオに向かう廊下を歩いている途中、急に立ち止まった俺の背中に、タカがぶつかった。
「っ! なんだよ修平、急に立ち……」と、タカが言ったと同時に、俺の体は勝手に動き、目の前にいる彼女の手を掴み、引き寄せて思わず抱きしめてしまった。
ゆ、結莉だぁ…
どうしてここに!
これは運命を感じられずにはいられない!
勘ちゃんとメンバー、周りのスタッフがボーゼンとしていたが、結莉は俺の後ろに腕を回し、ポンポンと背中をたたきながら「Hello hello every body~」そう言い、みんなを見た。
いきなり抱きつかれても、何も動じていない。
むしろ周りの人達が動揺している。
「あら? みなさんも今日収録でした?」結莉は笑顔だ。
「す、すみません。こいつ、急に…」
タカが、俺の腕を引っ張り、結莉から引き離し謝り、「この人が森原さんだよ」と利央が、勘ちゃんに小声で教えた。
「すみません! ちょっとこいつ、今日調子がおかしくて、申し訳ありません」
勘ちゃんが、結莉に深く頭を下げた。
「あぁ、いいよ、別に。気にしない気にしない~」結莉は笑って言った。
俺は、自分がしたことより、目の前の結莉から目を放すことができなくて、かといって何も言葉が出ずただただ見つめていた。
「結莉! 何やってんだよ。高見さんが探してたぞ」
プロデューサーの小沢さんが、近寄ってくると勘ちゃんたちが小沢さんに挨拶する。が、やはり俺は、結莉を見ているだけだ。
「じゃ、みなさんまた」
「じゃ、後ほど」 結莉と小沢さんは、背を向けて歩いて行く。
また小沢さんに結莉を連れ去られてしまった…
途中で小沢さんが、結莉の肩に手を回し耳元で何かを話していたが、その姿は俺からどんどんと離れて行った…
それと同時に、俺は、ずずーんと、落ち込んで行った。
やっぱり恋人同士なのかなぁ。
「おまえはアホか!!」
勘ちゃんたちに、突付かれコツかれた。
「…うっ…結莉…」
俺は、勘ちゃんに引きずられるように、スタジオに向かった。
「重症だぜ、どうする…」
裕の言葉に、メンバーたちが続いた。
「でも、なんで彼女がテレビ局に来てるんだ?」
「この局のスタッフか?」
「そうかもしれないね」
「小沢さん、『歌のリラックス』のプロデューサーだし…」
俺は、みんなの会話には加わらず、下を向いて半泣きで、トボトボと収録スタジオに入った。
スタッフや司会者、共演者に挨拶をして位置につき、トークの収録がはじまり、司会者に突っ込まれつつ収録を終えた。
これから歌の収録がある。
一度控え室に戻るが、俺はまた結莉のことを考え、ゴロンと控え室の畳の部分に寝ころがった。
メンバーは、コソコソと俺の様子を見ながら話をしている。
勘ちゃんは、どこかに行っていて、いない。
結莉と小沢さん…うっ、俺はどうしたらいいんだ…。
畳のワラをブチブチとムシっていた。
結莉が、何をしている人なのかもわからない…年齢もわからない。
わからないことだらけだ。
「はぁ…」また溜息が出てしまった。
「さっき、マジであせったぜ、修平…いきなり抱きつくなんてさぁ」
「ホント、オレもビビッたぜ。あんな大勢の前で…」
「でも彼女、動じなかったな! 修平に抱きつかれても」
「あっ、それ、修平の行動よりビックリした、オレ」
「だよな。根性座ってるっていうか…ははは~~」
「普通の女の子だったら、あせるぜ普通。リフィールの修平にいきなり抱きつかれたら」
「男慣れしてるとか? ぶははは」
メンバーが、俺の方を見ながら個々に言っていた。
「そういえば昨日もだったけど小沢さんと仲いいのかな。さっきも肩組んでたしさ」利央が言った。
「…うっ…」
俺は、涙を浮かべて利央を睨んだ。
「…ご、ごめん…」
利央は、哀れんだ目で俺を見る。
「えー、あれじゃね? あの~え~っと、小沢さんとはただの仕事の仲間と…か」
無理矢理タカが理由をつけて、俺を慰めようとしていた。
「ほっ、ほら。勘ちゃんが、ナベさんに聞いてくれているかもしんないし…今」
「でも本当に小沢さんの彼女だったら、どーす、」そう言いかけた裕の頭を、タカが叩いた。
「痛っ!!」
(ばかっ!)声を出さずにタカがまた裕を叩いた。
みんなが気を使っていることは十分わかっていたが、どうすることもできない俺の気持ちは…。
そして俺は、畳のワラをムシり続けた。
「そういえばさぁ、15’sをプロデュースしたのってKeiだろ?」
「売れるに決まってるよな。みんなKeiにプロデュースしてもらいたいもんな」
「まっ、おれら一応売れてるからいいけどさ、ビーンズの事務所なんて必死らしいぜ、Kei獲得に!」
Keiというのは、音楽プロデューサーで彼にプロデュースしてもらった歌手は、100%売れてる。
業界関係者はみんな彼とコンタクトを取りたがっていた。
しかし、彼との仕事は難しく自分が納得した歌手と事務所の人間としか仕事をしないと、いう。
「修平、Keiって会った事あるか?」タカが俺に訊いた。
「…ない…」俺は、寝っころがりながら気のない返事をした。
興味はない。
「タカ…今のこいつに何を聞いてもなんにもなんねーから止めとけ!つーか、修平! 畳ムシんなよ! 局の人に怒られっぞ!」
利央に頭をコツかれながらも、ムシり続けた。
歌の収録が終わり、帰り支度をしていると、勘ちゃんが戻って来た。
「勘ちゃん! ナベさんに聞いてくれた? 彼女のこと!!」
俺は真っ先に訊いた。
「えっ…あぁ、さっき聞いた。あのな、小沢さんとは何も関係ないらしい。友達だそうだ」
「ま、マジマジマジーーー?」
俺は、勘ちゃんの両腕を掴み大声で言った。
みんなは、俺の声の大きさに耳を手でふさいでいた。
「うっせーな、修平!」
「で、何やってる子だったの? 彼女」
「あー、え~なんだかね、タ、タ、タイムキーパーだ。そうそうタイムキーパーだ! ははは~」
勘ちゃんは、頭をワシャワシャをかきながら言った。
「あー、だから局に居て、小沢さんに呼ばれていたんだね!!」俺は大喜びだった。
小沢さんとは友達か!!
職種なんてどうでもいい。
とにかく小沢さんとは何でもないんだぁ。
「何歳だった?」裕がきいた。
「あっ、聞くの忘れた…」
「俺らより一、二個上くらいじゃない?」利央が言った。
「この際、年齢なんて関係ないんだ!」俺は拳を握り締め、力強く言った。
とにかく、この局に来れば結莉に会える!と俺が喜んでいると、メンバーからお祝いの「くすぐり攻撃」を受けた。
しかし、勘ちゃんだけが浮かない顔をして壁に手をつき深いため息をついていたことに、俺は全く気がついていなかった。