(45)しあわせの約束
俺はシャワーを浴びた後、リビングから香港の街を見ながら、黄昏ていた。
もう、明日の午後には、日本に帰らなくてはならない。
結莉と離れたくない。
結莉は「日本にすぐもどるから」と、言っていたが具体的に、いつとか言わないし…
なんの約束もしてない。
「どうしたの?」
風呂から出てきた結莉が言った。
「結莉は、いつ日本に戻る?」
「そのうち…」
またこの返事だ…
俺は、結莉を後ろから抱きしめながら、訊いた。
「何年何月何日何曜日か言え!」
「なにそれ、子供みたいな質問」
いつも子供扱いか…
「いつ…? いつ戻る?」
「もう少し…」
「早く日本に帰って来いよ…」
「今度は、どこに行こうかなぁ」
「ざけんな。そしたら、また追いかける」
「いいよぉ~、どこまでも追いかけてきて」
「うん、追いかける」
「追いかけるだけか…修平くんは…」結莉は、笑いながら言った。
「追いかけるよ、ずっと…」
「ん? 捕まえないんだ、私の事」
「捕まえて…いたい…離したくない。Kei…じゃなくなればいいのに、って思う」
結莉が少し間をおいて、言った。
「……秋には…日本に帰るから…」
「本当!?」
「うん」
「でもまだ九ヶ月もあるよなぁ。俺が香港に週一でくればいいのか…そうだよ…」
「なにブツブツバカな事言ってんの! もう寝るよ!」
俺と結莉は、ベッドに入った。
今日は、枕の垣根はないので、結莉を抱きしめて寝た。
―――マジ離れたくないんですけど。
秋に結莉は日本に帰ってくるといっていたけど、なげーよなぁ。
無理だ! 長すぎる! 離れたくない!
そんなことをずっと考えていた。
あっ! いけないいけない。今日の一言を忘れていた。
「結莉…、結婚してくれ。結婚しよう」
毎日ベッドの中で、俺が念仏のように、結莉に言ってきた言葉だ。
結莉が、起きていても寝ていても毎日ベッドに入ると、プロポーズしていた。
返事は、返ってきたためしがない。
俺が、幸せになる日は、まだ遠いのかよ…
結莉と結婚したら俺、すんげー幸せなんだよなぁ。
「…よ」
結莉が目を瞑りながら、何かを言った。
「ん? なに?」
俺は聞き返した。
「いいよ~」結莉が言った。
「うん?」
「結婚…」
「うん、そうか…結婚、いいのかぁ…って! なんて言ったの!?」
「ん? 結婚してもいいよって、言った」
結莉は、瞑っていた目を開け、俺を見ていた。
俺は飛び起きて、寝ている結莉の肩をブンブンと揺さぶった。
「ほ、ほんとう!? ……あっ、夢か…これ、夢だ夢。な~んだ!」
俺は寝転がり、もう一度結莉を抱きしめて、目を閉じた。
「くくく…修平くん、おかしすぎる」
俺の腕の中で、結莉がクスクスと笑って肩が揺れている。
俺は、目を開けて、結莉を見た。
キスをしてみた。
感触がある。
―――まじーーーーーーー? 夢じゃないじゃん!
俺は、もう一度飛び起きた。
「結莉! マジ? 俺、結婚できるの? 結莉と結婚できるの? 俺、幸せになっちゃうよ!?」
一人で、はしゃいだ。
結莉は、大うけであった。
「修平くん…ありがとう」
「なんだよ、急に…」
「私を見つけてくれて、ありがとう。選んでくれて、ありがとう」
結莉が、しっかりとした瞳で俺を見ながら言った。
「結莉…」
結莉を強く抱きしめた。
―――絶対離さない。誰にも渡さないから!
「あっ、ただね」
結莉が、言った。
この、ただね…とか、でもね…とかが、こわいんだよ。
「な、なに…?」
俺は、恐る恐る眉を歪めて、訊いた。
「まだ暴走しちゃダメだよ」
「ぼ、暴走?」
「たぶん修平くん、日本に帰ったら、やたらめったら会った人、会った人に、結莉と結婚します!!って、言うでしょう?」
―――な、なんで分かるんだ、俺の行動が…。不思議だ。
「だけど、まだ公にしない」
「勘ちゃんは? メンバーは?」
「それはいいよ。ちゃんと社長さんにも言わなきゃいけないけど、他の人たちには、まだダメ」
「どうして?」
「来年のツアーが終わってから。それまでは秘密ね!」
「ええーー、来年のツアーって…ツアー終わるの、再来年の春だよ?」
「言ったら白紙ね、白紙にもどそう~っと」
そんな会話の後で、結莉は、俺の両親のことを心配していると言った。
六歳年上で、孫の顔も見せて上げられない自分を、受け入れられるのか気にしていた。
俺は、もう五年前から両親に結莉の話はしていて、拓海に結莉の体のことを聞いたあと、両親には告げていた。
それでも「おまえが好きな人と結婚するのが一番の親孝行だ」と、言ってくれた。
その話を結莉にした。
「そっか…。私、なんか、すごいしあわせ者の気がしてきた」
「うん。俺、結莉と結婚して一緒になったら、俺がすごい幸せだから、結莉もきっとすごい幸せだよ!」
「…う、うん…その意味が、いまいちわかんないのよね…前にも言ったけど」
「とりあず! 結婚式だ! いつ!?」
「式?」
「結婚式!! 仏前? チャペル? あっ、俺、結莉の白無垢みてみたいな、俺も着物着たいしな! ど~~し~~よ~~ぉ~~かな?」
浮かれきっている俺を置いて…結莉は、背を向けて寝た。
「ちょ、ちょっとー、起きろよ、何寝てんだよ。大切な話の途中だろ!」
「暴走しすぎ…」
「いいだろ…」
結莉は、起き上がって、言った。
「修平くん…本当の干支、猪でしょ」
「えっ? 辰年!……どーいういみだよ、猪ってー!」
「猪突猛進…本当に、くり坊並みだよね~その性格」
「なんだよー、結莉ぃぃぃ」
この夜、俺は、香港生活最後の営みに励んだ。うっほ~い。
俺の香港生活は終わりを告げ、日本に帰り、リフィールは完全復活した。
秋、結莉は、ちゃんと日本に戻ってきてくれた。