(44)『歌のリラックス』by香港
結莉は、一時間くらいしてから、レストランに来た。
円卓のテーブルは別々だ…。
結莉の横には、やっぱりアンディが座っている。
―――結莉の座っている椅子の背もたれに手をかけているぅぅぅ。
少しアンディの体が結莉の方を向いているぅぅぅぅ。
俺は立ち上がろうとしたが、例のごとく両脇のボディーガード(勘ちゃんとタカ)にベルト通しを掴まれたままだ。
二人は片手で俺を抑え、片手に箸を持ち、飯を食っていた。
タカは左利きなので、俺の左にいた。
円卓の向かい側にいた小沢さんが、俺の様子を見て笑いながら、後ろを振り返り、結莉を呼んだ。
結莉が小沢さんの所に来て、何かを話している。
小沢さんは笑っていたが、結莉は俺を見て「ばーーか」と、言った。
―――何がバカなんだよ!
席に戻った結莉に、俺は最後の手段、携帯メールを送った。
(なんでアンディが横にいんだよ) 怒りの顔マーク入りだ。
結莉は携帯を出して見て振り返り、何か打っていた。
俺の携帯が鳴った。
(あっ、今日わたくしお泊りだから~家帰らないから、修平くんも遊んでおいで)
ピースマーク入りだ。
「ええーーー!!」
俺は、大声を出してしまった。
俺のテーブルの人たちはみんな、俺を見た。
隣の勘ちゃんは、蟹の爪の揚げ物を食べていたが、ビクッとなり、皿に落としていた。
「なんだよー! びっくりさせんなよ!」タカが俺の頭を叩いた。
「す、すんません」俺は、みんなに一礼した。
すぐにメールを返した。
(なんでお泊りなんだよ! どこに泊まるんだよ! 誰とだ! ゆるさん!)
怒りマークを十個ほど、付けた。
(アンディ~と!) ハートマークが付いている。
「あ″あ″あ″ーーーーーー!!!」
俺は、また大声を出した。
今度は同じテーブルの数人がビクッとなり、持っていた食べ物を皿に落とした。
「す、すみません…」また俺は謝った。
(ふざけんなよ! 何考えてんだよ!) 超怒りマーク
(たまには遊んだっていいじゃな~い) ハートマーク十個
(いいわけないだろ! ダメだ!) 怒りマーク二十個
…などと、やり取りをしていたら、アンディが結莉に何か耳打ちし、結莉が携帯をみせていた。
そして、アンディが俺の方を向いて(ハ~~~イ)みたいな感じで、手を振った。
ま、まじムカつく。
結莉の所に行こうと、俺は、おもいきり立ち上がった……つもりだったが、中腰だ。
勘ちゃんとタカの力は、強かった。
「おまえは、さっきから何してんだよ、ちゃんとメシ食え! 子供じゃねーんだから!」
勘ちゃんのあきれ声と共に、座り直させられた。
小沢さんが、また結莉のところに行って、何か言って戻ってきた。
しばらくして、結莉からメールが入った。
(ごめんごめん~うそだから~お泊りなんてしないから) ピースマーク
(っだよ!! ふざけんなよ!) 怒りマーク
(怒っちゃったの?) 泣き顔マーク
(あたりまえだろ!) 怒りマーク
(……ごめんね! チュッ) ハートマークと唇マーク
―――エッ!? チュッって…、でへへへへ。
(いいよ…許してやるよ…) 真顔マーク
(うん、ありがとう~愛してるぅ) ハートマーク五個
―――エエ~、そ、そんな、こんなところでぇ?
俺は、なぜかキョロキョロと周りをみてしまった。
(俺だって愛してるぜぃ!) ハートマーク十個
(今日…家に帰ったら…ヤる?…) ちょっとエッチなマーク
―――うぉぉぉぉーーーそ、そんな大胆な!!
いつもの結莉じゃなーーーーい。
顔の肉がどんどん垂れ下がっていく…。しあわせすぎる、俺!
(OKOKOK~~激しいのしちゃうよ!) エッチマーク十個
俺は…、椅子に座りながら、足をバタつかせ大喜びだ。
勘ちゃんとタカに「大人しくしろ」と、叩かれた。
が、ふと、顔を上げて結莉の方を見たら、普通に飯を食って、隣のアキちゃんと話している。
―――えっ? あれ? 結莉? 携帯もってない…、箸もってる…?
小沢さんの横に座っている裕が、ずっと下を向いて、何かしていた。
俺の携帯のメールの着信音が鳴った。
(今日はXXXがいいぃ! 結莉XXちゃう~) エッチマーク沢山。
俺は、(いきなりですが、最新リフィール情報! 裕って最近ヤッてないらしい)と、全くこれっぽっちも関係ないことを打ち、送信した。
裕を見ていたら、下をみながら、右手に持っていた箸を落としていた。
そして、(うそ~ん。裕くんてかっこいいのにぃ~そんなのありえな~い)と、返ってきたので、(裕って、先月、女の子に立て続けに五人に振られたんだ…かわいそうなヤツだ)と、入れた。
下を向いていた裕が顔を上げ、俺を見た。
俺は、目を細め、裕をジーーーーっと見ていた。
裕も、目を細め、俺をジーーーーっと見た。
少しの沈黙のあと、同時に立ち上がり、「テメェー」と、大声でお互いに言った。
俺たちは、みんなが見守る中、怒鳴りあいの喧嘩を始めた。
勘ちゃんと他のメンバーが、止めた。
結莉が俺のメールをメンドクサイと、小沢さんに携帯を渡し、小沢さんが裕に渡し、裕が調子こいて結莉になりすました。
冷静さを取り戻した俺と裕に、勘ちゃんは泣いていた。
「もう、おまえらには、疲れた…」
結莉はあくびをして、自分のテーブルで素知らぬ顔で飯を食っている。
俺たちに慣れているスタッフは、笑っていたが、香港側のスタッフは驚いていた。
当たり前だよな~急に喧嘩始めたもんなぁ…
そして、俺と裕は何事もなかったかのように、食事を続けた。
食事が終わり、レストランを出たのは深夜一時近かった。
俺は、結莉のところに行って「お泊りなんて、ぜってー許さねーからな!」と、ブチブチ言った。
「ば~か。うそに決まってるでしょ?」
結莉の言葉に力が抜けた。
裕が傍で、「で、今日はおうちに帰ってこれっ?」と、腰を振っていやらしい動きをした。
「ふふっ! 裕くん~五人連続失恋、お疲れだね! 可哀相に!」
結莉が、鼻で笑いながら、一撃を入れた。
「ええーーー、どうしてそれを!!」
「だって人の携帯で遊ぶから、読んじゃったわよ」
「……」
裕が、数歩後ずさり、ふらついた。
「で、裕くん、最近女性としてないんだぁ? まじまじまじ? 辛いね~」
結莉の攻撃が怖い事を、メンバーは知らない。
「ん、んなっ、わけないでしょ! それは修平が勝手に書いたんですよ!」
結莉はニヤリと笑い、裕の肩に手をかけ、ひそひそと裕の耳元で何かを言った。
「ふ~ん、裕君そうなんだぁ。で? ごにょごにょごにょ? ごにょ! ごにょん」
裕は真っ赤になって、しゃがみ込んで涙目になり、鼻を啜った。
「何言ったの? 裕に…」俺は、結莉に訊いた。
「ん? 別にぃ」結莉は、はぐらかしたが、俺はしつこく訊いた。
「教えろよ!! なんか裕、落ち込んでるというか…泣いてるし」
足元にうずくまっている裕を見下ろして、言った。
結莉は、含み笑いをしながら、裕に言ったことをそのまま俺の耳元で、言った。
「今晩、私と修平くんがXXXXXX,XXXXXなことしてるところ想像して裕君、一人でXXXXしちゃうの? それともXXXXXでする? ぁぁ~ん…私激しいかもXXXXなんてされたら私、XXXXX~ん? って言っただけ~、そしたらこうなった、裕君!」
と言って、結莉は真顔で、裕を指差した。
XXXXの部分は、放送禁止用語オンパレードだ。
「…あれ? 修平くん? …どうしたの?」
結莉が、上から俺に言った。
俺も、裕の横で、同じようにしゃがんで…泣いた。
結莉の声は、ものすごくエロ声だった。AV女優のように…
―――結莉って声優さんにもなれる…作曲家の職を失っても大丈夫だ…
「裕…ご、ごめん…うっ…」
なぜだかわからないが、俺は、裕に謝った。
「う…しゅう…平…」
俺と裕は、並んでしゃがみながら、股間を押さえて、二人で泣いた。
中学生じゃあるまいし、結莉のエロ声で盛り上がりつつのある下の方を押さえる大人二人。
「修平…結莉さんと…あんな声でエッチしてんのかよ…いいなぁ…」
「裕…俺…初めて聞いた…あんなエロい声。結莉…淡白…なんだ、しくしく…」
「そうなんだ…おまえも苦労してんだなぁ…修平ーー!!」
「裕ーーー!」
二人で抱き合って、泣いた。
「おい。おまえら何やってんの?」
タカがしゃがんで、俺らに話しかけてきた。
「いや…別に、なっ」
「うん、別に…」
「ふ~ん。おい、飲みに行くぞ! これから!」
帰宅班と飲み会班に分かれるらしい。
「あれ? 結莉がいない…」
俺は結莉を探した。
小沢さんたちと一緒いた。
いつの間に…俺らを置き去りにして。
二次会のクラブに向かう途中、歩きながら結莉が言った。
「修平くん、もうすぐ香港ともお別れだね?」
「うん…やだな、香港楽しかったし…友達も沢山できたのに」
「でも、日本にはファンの人達待ってるしね」
「……早いなぁ、半年なんて。また拓海、殴っちゃおうかな」
「あっはははは~~おもろー」
結莉は笑っていたが、半分本気の俺がいる。
俺は、あと三日で日本に戻ってしまう。
年明けからレコーディングが始まって、秋からツアーが始まる。
結莉は、まだ香港に残ると言うし…
―――あっ、また気が沈んできた。
結局、朝の六時まで飲み、午後便で帰るスタッフは、ヨレヨレのまま香港をあとにした。