(43)『歌のリラックス』by香港
リハーサルをし、本番に備えた。
本番少し前に、スタンバイがかかる。
部屋から一望できる香港の夜景をバックに並べられたソファの上に、司会者二人とリフィール四人が並んだ。
日本時間七時きっかり、本番のキューと共に、香港の夜景の映像から始まった。
司会者の挨拶のあと、リフィールが紹介され、カメラがターンして周りの人たちを映した。
結莉も映った。普通にピースをしている。
その後もトークと観光の映像、ライブの模様を交互に入れて進行していき、周りのスタッフや見学者の笑い声とかは、そのままオンエアされた。
結莉は、離れたところにあるカウンターのところで、足元に空気清浄機を置き、タバコを吸いながら、俺たちを見ているが、横にはアンディがいる。
俺は、本番にも関わらず、気になり、チラチラ結莉の方を見ていた。
「おまえは、何を見てるんだぁ!」ポンさんから叩かれた。
「っつ!」
「すみませんね~、こいつ落ち着きがなくて…」利央がカメラに向って、頭を下げる。
「さっきから、チラチラチラチラ…誰ぇ?」
ゆずさんが、わざとらしく結莉の方を見て、言った。
結莉は笑っている。
ちっ、アンディも笑っているぜぃ。
「あそこにいるのは! おまえの女か!」
指をさしながらのゆずさんの問いに俺は、「そう! そう!」と、本気で答えたが冗談で流された。
観光の映像が流れている間、少し自由だ。
出演者はそのままそこにスティだったが、結莉を見たらアンディが、な、なんと結莉の髪を触っていた。
俺は思わず立ち上がり、すっ飛んで行った。
ソファのみんなは、俺を見ていた。
「どこいくんだぁぁぁ」
ゆずさんの声も無視した。
俺は結莉のいるカウンターに行き、アンディを睨み、結莉の腕を引っ張って端の方に連れ行った。
「な、な、なになにっ!」
結莉は、ビックリした顔をしている。
「何やってんだよ! なんでアンディが結莉の髪の毛いじくってんだよ…」
俺は、アンディが触った結莉の頭の部分を汚れを落とすように撫でながら、小声で言った。
「はぁ?」
結莉は意味分からず、といった顔をした。
「アンディ…、髪…触ってた…、結莉の」
「…あのね、そんなことぐらいで、すっ飛んでこないでよ。ったく…」
「気になるだろー!」
「……はぁ」
結莉が、小さい溜息を吐き俺を見た。
「ふ~ん、そっか…」結莉が、意味あり気に言った。
「なんだよ…」
「やっぱり私って信用ないんだ…修平くんに、信じてもらえてないんだ…」
結莉が悲しそうな顔をした。
―――スタンバイお願いします~
スタッフの人から呼ばれた。
結莉は、何も言わずカウンターに戻って行く。
「修平! 早く来い!!!」
勘ちゃんに呼ばれ、結莉を見つつ、俺はソファに戻った。
「おまえ、ホントに自由なやつだよなぁ」そうポンさんに言われ、ポンさんを見た。
「な、なに、泣いてんだよ!!!」
ポンさんが、異常に驚いた顔をした。
俺は、涙目になっていた。
いつものことだ…。
「うっ…」泣きたい…。
「あー、まただ…」
「でたよ…」
「ほっといて大丈夫ですから! こいつ」
メンバーが、ポンさんたちにコソコソと涙の説明をした。
「んははははは~~! アホ!」
―――アホです…
結莉は別に怒ってはいなかった。呆れてもいなかった。
悲しい顔は、演技…だった…
落ち込んでいたのは俺だけ、だった…
俺はまた結莉に、転がされた。
リフィールのライブのVTRが流れている間、俺は小沢さんや勘ちゃんたちから、勝手に動いて落ち込むなと、ソファでスティを言い渡された。
結莉の方を見ると、カウンターに置いてある小さいモニターで、結莉はリフィールのライブを見ていた。
―――えっ!? いっ、一緒に歌ってる…!? タバコ吸いながらだけど…
俺がリフィールのアルバムを渡しても「聴いてない」と、ずっと言っていたのに、結莉が一緒に歌ってくれているぅぅぅぅぅ…
俺は、立ち上がって結莉のところに行こうとしたが、両脇のボディガード(今日はゆずさんと利央だ)に腕を掴まれたまま、動けなかった。
結莉が俺の曲に合わせて歌っている姿をみて、俺は感動し、泣いた。
「うっ…」
ゆずさんを見た。
「な、なに? また泣いてる…」
ゆずさんが、隣の裕に言った。
「ほっといていいですから…」
「あー、これは、うれし泣きだな!」利央が、うなずきながら言った。
「おまえら、すごいなぁ。修平と以心伝心かい」
みんなが、笑っていた。
オンエアーでは、俺の潤みっぱなしの瞳が、お茶の間のみなさんに好評だった。
無事に放送事故もないまま、生番組は終了した。
スタッフ全員ホッとしていた。
勘ちゃんはとりあえず、番組中に俺の目立った暴走がなかったことにえらく喜んでいた。
「お疲れさまでした」の、声を聞き、俺は、結莉のところに跳んで行った。
「なに?」
「歌ってたでしょ! さっき」俺は、笑顔だ。
「ん? そうよ。リフィールの曲、全部歌えるわよ」
「エッーー、まじで!! なんで、なんで!!」
俺はいつものように暴走的に言った。
「好きだから」
結莉は、いつもの普通のトーンで言った。
―――す、好き!?
「リフィール、好きだから」
―――あっ、リフィール…、でも俺のこと好きってことだよな!るんるんる~んっと。
俺が結莉の金魚の糞になっていると、小沢さんからみんなに、指示が出た。
後片付けのスタッフを残して出演者や見学者、他のスタッフは先に打ち上げのレストランに集合するように。
「修平くんは出演者でしょ!! みんなと行きなさい!」
結莉はマンションに残って撤収後に来るというので、俺もそうすると言ったら怒られた。
なんと、アンディも結莉と撤収作業を見守ると言う。
ありえない。二人きりにするなんて。(二人きりではないけど)
俺は、みんなが玄関から出て行くのとは逆の方に後ずさり、寝室に隠れようと思った。
「おい! 修平…どこに行くんだ!!」
勘ちゃんの目が光り、俺を怒鳴った。
「ト、トイレへぇぇぇぇ」
「みんなっ!!!」
勘ちゃんの掛け声と共に、メンバーが俺を囲み、羽交い絞めにして連れ去った。
「トイレだってばぁぁぁぁぁ」
の、声も空しく俺は車に乗せられ、レストランに着いた。