(37)リフィール復活
久しぶりの番組収録『歌のリラックス』の司会者は、ゆずさんとポンさん。
ゆず・ポンさんに、復帰おめでとうの言葉を頂き、トークが始まった。
「なんで香港に行っちゃったの?」
「あっ! それはですね、」
俺が答えようとしたら、勘ちゃんがスタジオの隅で、手を×にして訴えている。
「これからはアジアに目を向けた方がいいんじゃね?って、ボクの提案!」
裕が、俺の代わりに答えた。
「で、どこに修平を送り込もうかって話し合ったとき、台湾か香港っつーことで、香港になったんですよ。国際都市だし!」
利央が、微笑みながら言った。
「あっちで女とか作っちゃってるんじゃないのぉ?」
ポンさんに訊かれ、俺は少し照れながら、
「えっ! 女? 女はですねぇ」
と、その先を言おうと思ったら、すかさずタカに言われた。
「こいつね、結構モテなかったりするんですよ。一般の女性には。だから週刊誌で写真撮られても、つるんでるのってメンズでしょ?」
―――んだよ! 誰も俺になんにも言わせねーつもりかよ…
「んで、香港は広東語? か? ちょっと、なんか広東語で言ってみてよ」
ゆずさんの問いに俺は言った。
「広東語? 我愛イ尓~とか、我鍾意イ尓」
「なんなの? それは?」
「愛していますと好きです! あっ、我愛ゆ」
結莉―――と、言おうとしたら、タカの手が、俺の口をふさいだ。
「こいつ、これしか覚えてなくって、楽屋でもうるさくって。どうにかしてくださいよ。ははは…はは…」
「たぶん、香港のバーとか飲み屋のおねーちゃんたちに、これで話しかけてナンパしてると思うんですよね」
タカに続いて、裕が言った。
二人共、顔は笑っているが、声は笑っていない。
勘ちゃんの方をみたら、肩を落とし、頭をかかえていた。
「いつまでいるの?」
「いや~、わかりません! 永住するかもーー!」
元気よく答えた俺の頭を叩きながら、利央は苦笑いで、言った。
「今年いっぱいですよ。来年の秋からツアーも決まっているし。これ以上こいつを香港で野放しにしておいたら、香港にお住まいの方々に迷惑がかかりますからねぇ…」
「だよな! 日本にいても迷惑かけてるしなぁ」
という、ポンさんの突っ込みに「ごもっともでございます」と、タカと裕と利央は、カメラ目線のまま三人で頭を下げた。
勘ちゃんは、床に膝をつき、手で顔を覆っている。
「修平、香港で、いいとこ住んでんじゃないの?」
「すんげーいいとこに住んでいます! と、言っても、愛する人のところに転がり込んでるんですけどね!」
「やっぱ女かよー!」
ポンさんの言葉に、俺以外のメンバーがあせった。
「お、男のとこです。こいつ本当は、女より男が好きなんで…!」
タカのフォローにならないフォローに、メンバーが下を向きうなだれた。
オンエアーでは、ここの部分はカットされていた。たぶん小沢さんの指示だ。
ゆず・ポンさんが、香港に行ってみたいと言い出し、「俺はいつでも歓迎です」と、調子よく答えた。
そして、「マンションにも遊びに来てください!」と、言うと、ゆず・ポンさんがノリノリになってきた。
勘ちゃんが、床に倒れたのが、目に入った。
その後のトークも、盛り上がりをみせ、スタジオは、爆笑の渦に終わった。
楽屋にもどると、メンバーと勘ちゃんが、疲れきった顔をして、畳の上に倒れこんだ。
「タカ、利央、裕…ごくろうさんだったなぁ。ホントおまえらがいて僕は助かったよ。見てるだけでも疲れたから、おまえらの心を思うと…」
勘ちゃんは、袖口で涙を拭きながら、メンバーを労った。
「なんだよ、なんだよ!! みんなぁ、俺の復帰第一弾の収録なのに!!」
言いたい事も言えず、収録を終え、憤慨する俺の方をみて、みんなは「はぁぁぁぁ」と、深い溜息だけをついた。
ドアがノックされ、「お疲れさん!」と、小沢さんが入ってきた。
「どうしたんですか? 小沢さん。楽屋に来るなんて珍しいじゃないですか」
勘ちゃんが訊いた。
小沢さんに、「少し話があるから、この後、ゆず・ポンさんを交えて食事に行こう」と誘われた。
番組のスタッフも加わり、みんなで食事をしながら話していると、
ゆず・ポンさんの提案に勘ちゃんとメンバーの顔から、血の気が、ひいていく。
収録時に話していた、「お宅訪問」、俺と結莉の愛の巣に、カメラを入れたいらしい。
年末の特番枠を作る予定で、それを香港から生中継をしようと、今さっき考えた企画を話し始めた。
ゆず・ポンさんとリフィールが香港の観光名所を紹介し、合い間に、リフィールのライブを流すというものだった。
「ほ、香港の、し、し、修平の、家ですか…!?」
勘ちゃんは、半分意識を失くし始めている。
「俺、問題ないです!!」
俺は、勢いよく言ったが、勘ちゃんは渋っている。
結莉のことが、問題なのだろう。
「大丈夫だって。勘ちゃん」ポンさんが、勘ちゃんの肩をたたいた。
「はい?」
「結莉のことでしょ?」
「えっ!! ポンさん、結莉のこと知ってんの?!」
俺は、おもわず訊いた。
「アイツが十五、六ん時から知ってるって! 修平の暴走話も知ってるさ」
ゆず、ポンさんにとって結莉は、妹のような存在らしい。
「そうなんですか!」勘ちゃんとメンバーはもちろん、俺も驚いた。
「あっ、知ってて収録の時、すっげー突っ込みいれたんですか?」
タカが、ガクリと肩を落とした。
「まぁ、結莉のことは置いておいて。来年はじめからリフィールが、ちゃんと復活する前置きということで、事務所さんと相談してもらえませんか?」
小沢さんが勘ちゃんに言った。
とりあえず明日朝一で、事務所と相談し、午前中に返事をする約束をした。
「おれらも香港いきたいし」
「修平と結莉の新婚生活みてみたいしな!」
ゆず・ポンさんに言われ、俺は照れた。
「し、新婚だなんて…でへへへーーーーエッチ!」
調子に乗るなと、勘ちゃんに小突かれた。
次の日の夜、俺はそそくさと香港に戻り、結莉に特番の話をした。
「ええーーー! なにーそれ!」
当たり前だが、結莉はものすごく驚いていた。
「小沢さんが、来週中に香港に来るって。勘ちゃんも来るよ」
「何考えてんのよ! おざわー!!」
結莉は、リビングに置いてある空気清浄機の前でタバコの煙を、フーーーと吐きながら、うんこ座りのまま、肩を落とした。
「なんか、ゆずさんとポンさんも、ウキウキしてたぜ!」
「ゆずーーー、ポーーーーン! ざけんな!」
結莉はゆず・ポンさんを呼び捨てだ。
結莉の広すぎる交友関係を、俺はまだまだ把握していない。
「あっ、昨日の収録は再来週放送だって」
「それがどうした!!」
結莉は、空気清浄機と対面しながら言った。
こ、こわい…結莉さん…
それから五日後、小沢さんと番組関係者と勘ちゃんらが、香港に来た。
結莉は、友人であるマンションの持ち主も呼び、了解を得て、打ち合わせに入った。
香港側のコーディネートも決まった。
その後の数ヶ月、俺は結莉と一緒に楽しい香港生活を過ごし、十二月中旬まで学校に通い、特番を迎えることとなる。
俺の香港生活は、あと数日で終わってしまう。