(34)喧嘩のあと…
その日の朝早く、日本にいる勘ちゃんから電話が入った。
「修平…撮られたぞ」
勘ちゃんの声は、少し荒れていた。
「何を?」
「写真だ。今日発売の写真週刊誌に、載っている」
「何が?」
「鈍すぎる、おまえは…」
「勘ちゃんさぁ、俺これから学校行くんだけど…授業終わったら電話するね」
「おいおいおーい、ちょっと待て。おまえの通学風景が載ってんだよ」
「バレたの?」
「そうだよ…」
「なんかヤバイの? バレて…」俺は、のん気に言った。
「ヤバくはないが、載っている写真も、男三人で歩いているところだし」
「あっ、それウキウキボーイズ三人組! 結莉が名づけたんだ」
「そうか、結莉さんが…って、そんなことは、どうでもいい!」
「なにが問題なんだよ」
俺は、苛立った声を上げた。
「日本のマスコミとかそっちに行くと思うから、結莉さんとのツーショットには気をつけろ。他の女性ともだ!」
「なんで! 結莉とツーショットの何が悪いん、」
と、いいかけたところで、結莉が俺の携帯を奪った。
「結莉です。お久しぶりです。どうしました?」
勘ちゃんが、説明しているようだ。
「わかりました。気をつけます。今日から別行動しますからご心配なく。ええ、なるべく二人での行動は避けます。あははは、一応まぁそんな感じですかね。じゃ、よっちゃんによろしく伝えておいてください。はい、失礼します」
なんだかいろいろ話して、電話を切った。
「なんだって? 勘ちゃん」俺は電話の内容を訊いた。
「はい! 今日から別々に学校に行きます」
「な、なんでーーー?」俺は超不満だった。
「しょうがないでしょ。いつ写真撮られるかわかんないんだから」
「いいよ。撮られても」
「いいわけないでしょ!」
「ぜ~んぜん、かまわないよ! 俺」俺は、真顔で首を振った。
「いけません。謹慎・自粛中にも関わらず、海外に留学して女と暮らしているなんて、バレたらヤバイに決まってしょ」
「女って結莉じゃん。Keiじゃん。いいじゃん」
「またでた。わがまま小僧」
「じゃ、結婚しよう、そうだ!結婚したら俺ら自由に」
「あのね!」結莉が俺の言葉を遮った。
「どうしていつもそういう考えかたになるの! 付き合ってないでしょ、私たち」
「じゃ、ちゃんと俺と恋人同士になれよ。俺、ずっと言ってるじゃん、結莉のこと愛してるって。俺まだ返事聞いてないよ。YESかNOか。どっち?」
「……」
結莉が、困った顔になる。
どうしていつも答えをくれない…、俺は俯いた。
「いいよ、俺、先に出る…」
少しふてくされて家を出て、その日は、帰りも別々に帰った。
家でもあまり口をきかなかった。
勘ちゃんから電話が来た週の週末、結莉は、スタジオにこもりっきりだった。
俺は、JICの人達とボーイズ二人も一緒に、クラブで遊んだ。
夜が明け始めたころ家に帰ったが、ベッドに結莉は、いなかった。
スタジオの方にいくと、明かりがついていて、ピアノの前に座っている結莉を、丸いガラス越しに見た。
いつもなら、出来た曲を俺に、聴かせに来るのに…
日曜日の午後、目が覚めたら午後二時だった。
ダイニングテーブルの上に食事の支度がしてあったが、今日はメイドさんが休みなので結莉が作ってくれたものだ。
俺はそれを食べながら、窓から見える香港の景色を見ていた。
陽射しは暖かい。
結莉が近くにいるのに、俺は一人ぼっちだ。
いままでの一人ぼっちは、結莉がいなくて…だったのに。
よけい悲しくなった。
食事を済ませ、スタジオを覗くと、結莉は、まだピアノを弾いている。
俺は、ずっとソファに座って、見もしないテレビを点けていた。
夜九時ごろ、結莉はシャワー浴びるからといい、やっとスタジオから出てきた。
俺は、部屋に向かう結莉の後ろ姿を、見ていた。
結莉がシャワーを浴びているとき、滅多に鳴らない家の電話が鳴った。
いつも携帯を使っているので、家の電話が鳴るのは、珍しい。
「HELLO」と俺が英語で出ると、一瞬受話器の向こうの人は沈黙したが、
「結莉いますか?」と俺が英語で出たからだろうか、男性で英語を話してきた。
「結莉は今、手が離せない」と伝えると、その男性は「あとでかけ直す」と言った。
俺は相手が誰だか気になって「伝言があれば伝えておきます」と言うと、男性は「アンディ」と名乗り、俺は折り返し電話をすると言い、電話を切った。
アンディって…誰だろう。
四十分ほどして、結莉がシャワーから出てきて、キッチンに水を取りに行った。
「アンディさんって人から電話があった。携帯に出ないから家の電話にかかってきた…」
「ん? そう、ありがとう」
すぐに結莉は、家の電話からアンディに電話をかけていた。
番号…覚えてるんだ。空でかけている。
よくかける番号なんだ…
「アンディ? 電話くれた?」結莉は広東語で会話を始めた。
俺にはまだ聞き取る事ができなくて、テレビを見ていたが、ぜんぜん映像も音も何も入ってこない。
聞こえてくるのは、結莉の声だけ。
結莉は、濡れた髪を拭きながら、時々たのしそうに笑って十分ほど話し、電話を切った。
立ち上がってどこかに行こうとしている結莉の腕を掴んで、俺は訊いた。
「ねぇ、アンディって…誰?」
「友達よ」
「どんな?」
「どんなって…普通の」
「好きなの? その人のこと」
「えっ? なにが?」
「……その人と寝てんの?」
「何の話?」
結莉の顔は、困惑していた。
「アンディとエッチしてんのかって聞いてんだよ!」
聞きたいのはこんなことじゃないんだけど、俺は思わず声を荒げた。
俺は立ち上がって、力尽くで結莉をソファに押し倒した。
「修平くん…ちょっと…」
俺の心はもう限界だ。張り裂けそうで、壊れてしまいそうだ。
「もぅ…俺…俺…こんなに結莉のこと好きなのに、愛しているのに…」
上から見ていた結莉の顔が歪んでみえて、彼女の頬に、俺の涙が落ちた。
「……ごめん…」結莉はそう言うと、俺の首に腕を回し、俺を抱き寄せた。
そしてまた「ごめん」と結莉は言った。
結莉の首元に、俺は顔をうずめていた。俺は、鼻をすすりながら泣いていた。
男なのに情けない…思い出すと恥ずかしい光景だ。
女の上で抱きしめられて泣いている男……後々まで、結莉に笑いのネタにされた。
「アンディは香港での仕事仲間よ。体の関係なんてないし…そんな男いないし。もし私に男がいたら、修平くんとここにいるわけないでしょ?」
結莉の声は、俺の耳元で解けていった。
俺は、おもいっきり鼻をすすった。
「ズズズズーーー」っと。
それと同時に、結莉のいい香りが、俺の鼻をくすぐった。
「ちょっとーー! 鼻水付けないでよ!! もう!」
結莉はいきなり俺を払いのけ、持っていたタオルで首をゴシゴシと拭き拭きしながら言った。
「もう! せっかくお風呂入ったのに! なにすんのよ!」
いつもの結莉だった。
えっ…、さっきの結莉は? …さっきの続き…は…?
ズルッ…、鼻水が…垂れる…。
俺は結莉からタオルを奪い、鼻を拭いた。
「ぃやーーー、何すんのよ! 私のタオルゥゥゥ」
「しょうがないじゃん…うっ…鼻水が…うっ、垂れる…」
俺は、結莉のタオルで、涙と鼻水を拭きまくりながら、「うっ…キ、キス…」と、懲りずにキスを要求した。
「い、いやよ! 鼻垂れ小僧なんかと!」
結莉は、怪訝な顔で本気で逃げまくり、俺は、真剣な顔で本気で追いかけまくった。
その後、俺は、結莉に無理矢理シャワールームへ押し込まれ、涙を洗い流し、鼻水も洗い流した。
シャワーを浴びながら、子供な自分に笑った。
俺って、結莉のことになるとUPDOWN激しいよなぁ…