(32)行動開始
俺は、地下鉄と電車を乗り継いで、目的の駅に降り立った。
今日からスクールライフの始まりだ。
正確には来週の月曜日からだが、今日は今期から始める学生たちだけのオリエンテーション。
オリエンテーションは、大学内の小さな講堂で、校長のあいさつと授業の説明を受け、クラスごとに担任のいる教室に行き、顔合わせをして教科書をもらって終わりだった。
一クラスは、少人数制で俺のクラスは八人中、日本人が四人。
他のクラスも日本人はいたが、男は同じクラスの勤くんと北京語クラスの弘一くん。
ほとんど女子だ。
日本人のみんなは、俺をみてビックリしていたが、いい人達のようで仲良くやっていけそうだった。
途中、一度休憩を挟んだとき、他のクラスの日本人と韓国人の人が、俺を見学に来ていた…
リフィールはアジアツアーをした事がないのに、韓国の人も俺を知っているようだった。
もう一つ、ビックリしたのは、先生達が俺のことを知っていたことだ。
担任の先生にも言われたが「謹慎中なんでしょ?」とか「自粛早く解けるといいわね」などと、俺の事件のことを知っていた…なぜだ。
JICの人が校長に言ったのか!
俺は、勝手に自粛を決めて、知り合いの香港JICの日本人に頼み、この学校の手続を手伝ってもらった。
すでに今期の締め切りは終了していたが、必要な書類をそろえて、結莉に内緒で香港にやって来て、無理矢理校長と面接をして、その場で了解してもらった。
このとき、英会話の勉強を続けて来てよかったと思った。
一緒に来てくれたJICの人が、ここで以前学んでいたというのも助けになった。
オリエンテーションが終わり、帰りに、勤くんと弘一くんと三人で昼飯を食って帰った。
「修平さんって」
「あ、修平でいいよ、仲間だから」
「えー、言いずらいッスよ! 呼び捨てなんて」勤くんが言った。
「じゃ、修ちゃんで!」
「はい。じゃ、修ちゃんは、なんで香港なんッスか?」勤くんに訊かれた。
「あっ、女追っかけてきた!」
「ええーーー」
「まじっ?」
二人はびっくりしていたけど、本当のことだからちゃんと答えた。
「彼女は香港人なんですか?」弘一くんが体を乗り出して訊いてきた。
「日本人。俺、片思い5年目!」
「ええーーー!」またまた二人は、驚いている。
「修ちゃんって、結構スキャンダル多いッスよね…あっ、すいません」
「ああ、あれ? カモフラージュ」俺は、テキトーなことを言った。
「もしかして、本命の大切な彼女を隠すためですか?」弘一くんに言われた。
「その通り!」
「かっ、かっこいいッス!!」なんだか勤くんの目が、キラキラ輝いている。
「うんうん、僕もそう思う。カモフラージュで他の女性と遊びつつ、本当に好きな女性を追いかけて香港に来るなんて、男としてカッコイイと思います!」
俺は、二人に褒められ、うれしかった。
照れるなぁ。
「でも謹慎中なっスよね。修ちゃん」
「あっ、忘れてた。そうだよ、俺、謹慎中」少し肩を落した。
「音楽活動も自粛ですよね」
「自粛中~」
「日本のマスコミとか、香港きちゃいませんか?」
「来ないんじゃないの? 言ってないし~それに香港って、俺のこと知らないっしょ。ばれないんじゃね?」
「修ちゃんさぁ、知らないんスか? リフィールの人気!」勤くんに言われた。
「なにが?」
俺は意味が分からず、訊き返した。
…知らなかった。
リフィールって、アジアで知名度があるんだ。
若い子たちは、ほとんど知っているなんて…
俺みたいのなんてゴロゴロ歩いているから、別に何も思わなかった。
「…修ちゃんって天然なんですね。謙遜でとかじゃない発言に、オレ驚いてます!」
「芸能人なのに普通の人みたいッスよ!!」
俺…いつも普通なんだけど…
勤くんと弘一くんは、ものすごく俺を気に入ってくれたようだ。
マンションに戻ると結莉はいなかった。
俺が携帯に電話をしたら、日系のスーパーで買い物をしていて、一時間くらいし、戻ってきて夕食を作り始めた。
俺は一緒にキッチンに立って、何をするわけでもなく、結莉を見つめていた。
いつも結莉を見ている俺は、やっぱりストーカー候補NO.1だ。
「なんか、新婚夫婦みたいだなぁ~。俺ら!」
野菜を切っていた結莉を、後ろからハグってみた。
「…また調子に乗ってる…」
あっ、なんか抵抗していない…俺は調子こいて、ずっと結莉を抱きしめていた。
が、いきなり振り向き、俺の頭に拳骨を入れ、「ハウス!」と言った。
包丁を使っていたので、動かなかっただけであった…
俺は大人しく、キッチンの出入り口のところで結莉を見ている。
じーーーーーーーーーっと。
「ホント、いっつもいっつも修平くんの瞳の中にいるのね、私…」
「どんな気持ち? いや?」俺は、恐る恐る訊いた。
「…まぁ、いやだったら、この家には置いとかないわね」結莉は作業をしながらそう言った。
……ということは、結莉は、いやじゃないんだ。
俺は、ルンルンと結莉に近寄ろうとしたが「ハウス!」と言われ、また出入り口に戻った。
俺は、すごく楽しかった。
次の日から二日間、香港の観光スポットに連れて行ってもらい、いろいろと香港を満喫しつつ、地理を把握していった。
香港に来て3日間、ベッドの上の枕の垣根は、富士山以上に高い。
その日、結莉の寝息が聞こえてきたので顔の位置にある第一枕を、そっと動かしてみた。
結莉が、こちら向きに横になっていて、寝顔が見えた。
俺は、またずっと見てしまった。
ちょっとずつ、近づいてみた。
近づいていくうちに…うっ…下半身に異常発生!
結莉の寝顔で…ヤバイっスゥゥゥゥ。
見ていたいけど、いろんな妄想がぁぁぁ。
想像力豊な人間はこういうとき困る…お、おれのよくぼうがぁぁぁぁ。
あっ、もぅ、無理!
たす、助けてぇ~!
二十代元気な男なので、俺は涙を流しながら、部屋を出てヨレヨレと、一番端っこにあるシャワールームへ行った…
俺って健気だ……