(28)Keiは慶
結莉の姿を見たあの日から、また三ヶ月ほどが経った。
相変わらずみんなに会うたびに、結莉の連絡場所を聞いているが、みんなは困った顔をするだけで、誰も口を割らない。
拓海も結莉の連絡先を知っているようだったが、俺はアイツにだけは、訊かなかった。
「もし、結莉さんに恋人が出来て、おまえに会いたくないって理由だったらどうするんだ?」
タカに言われたが、俺は、考えた事がない。
何年も結莉を追いかけて、暴走している間、結莉に言い寄る男もいたし、拓海との関係もはっきりし ないままだ。
でも、何の根拠もないけど、結莉は一人だと、思っている。
俺の愛による愛のための感だぁぁぁ!!
テレビ局の前室にスタンバイしていたら、勘ちゃんが入って来て言った。
「みんな、来週のパーティどうする? さっき事務所から電話きて出席か欠席か」
「俺…パス…熱が出る予定なので欠席…」
俺は、即答した。
最近はこういうパーティには、出席していない。
たまにある各業界の人間が集まるパーティは、大きなクラブでやるので、大人数が参加する。
「修平、たまには、行こうぜ!」
利央が誘ってくれるが、行く気はない。
「俺行かねー。チビスケと遊んでるから」
最近は仕事以外引きこもりで、勘ちゃんの息子のチビスケと遊んでいる。
その方が、楽しい。
クラブでのパーティ当日、俺は勘ちゃんの家で、チビスケと遊んでいた。
三時過ぎに、仲のいいミュージシャンの人から電話が来て、飲みに行かないかと、誘われた。
最近はいつも断ってばかりだったし、少し飲みたい気分だったので約束をし、七時に顔なじみの店に行き、音楽の話で盛り上がり、久しぶりに結構な量を飲んでいた。
十時少し前、裕から電話が入った。
「もしもし!! 修平か!?」
「おう! 裕くんごきげんよう~」俺はちょっといい気分だ。
「すぐ来い!!」あせっているような裕の声が大きく耳に入った。
「どこに?」
「パーティやってるクラブだよ! 結莉さんが来てる!」
えっ!! 結莉が!!?
俺は酔っていたが、すぐに立ち上がり、少しふらつく足で、「ごめん。急用が出来た!」と、だけ言い、その店を離れた。
俺が、タクシーを捕まえてパーティ会場のクラブに着くと、裕が外で待っていてくれた。
「九時ごろ結莉さんが来たんだ。おまえに電話しようか迷ったけど、オレ、おまえの味方だから!」
「サンキュー! 裕!」
俺は、裕と走って、クラブの中に入って行った。
「あっ、修平さん、来たの?」
レコード会社の人に挨拶もせず、俺は、結莉を探した。
広いダンスフロアは、人であふれていて、音楽と人の声で、酔っている頭に不協和音が生じている。
もう、フラフラだ。
やっと、フロアの一角で結莉を見つけた。
拓海と一緒だ。
拓海が、結莉の顔に手をあて、顔を近づけていた。
「あの野郎――」
拓海と結莉がキスをしている!!
……ように見えただけなのだが、俺は二人の所まで猛ダッシュで走った。
「テメェーー!」
二人の前に立った俺は、拓海の胸倉を掴んで、殴った。
拓海は倒れ、結莉は「はぁ?」と、言い、俺を見た。
近くにいた人達のキャーという悲鳴の中、倒れた拓海を掴み、俺が、もう一発殴ろうとしたとき、メンバーや勘ちゃんに引き離され、押さえつけられた。
FACEのメンバーは、拓海に駆け寄り、ナベさんと小沢さんも来て、すぐに俺と拓海を囲んだ。。
「ちょっと。拓海、大丈夫ぅ?」
相変わらず普通のトーンの結莉が、拓海に駆け寄り、言った。
「おまえ何やってんだー!!!」
勘ちゃんが、俺を後ろから押さえながら、怒鳴った。
周りが、騒然とする中、ナベさんが、
「あ~、みなさん! 何でもないです! 何でも、ない! 酔っ払いのお遊びなんで!」
と言い、「あっちあっち」と、別室に連れて行くように、メンバーに指示した。
拓海は、俺に殴られ口元を切ってしまい、結莉と小沢さんが一緒に違う部屋に手当てをしにいった。
俺は、また結莉と離れてしまうと思い、必死にメンバーから逃れようとしたが、暴れる俺を、メンバーが押さえ、引きずるように別室に入れた。
個室に入ると、俺は、ソファに座らされ、勘ちゃんに涙声で言われた。
「おまえは…本当にもう…何をしているんだ!」
ナベさんが、勘ちゃんの肩をポンポンと叩いた。
「あとで、ちゃんと結莉連れて来てやるから、ここで大人しく待ってなさい」
と、ナベさんに言われた俺は、ソファの上で頭を抱えて、下を向いていた。
関係者の人たちが来て、勘ちゃんとナベさんが、部屋から出て行った。
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「拓海…ごめんなさい」
結莉が、拓海に頭を下げた。
「オレは、こんな役か…いいよいいよ、結莉の所為じゃないし。あはは、修平…」
拓海は、笑いながら言った。
「でも修平、なんでオレのこと殴ったんだ?」
「ん~、わからない…」
修平が見た光景は勝手な判断で(結莉と拓海がキスをしている)ところだったが、本当は周りの音がうるさくて(話が聞こえない)と言った結莉の耳元に拓海が話かけていたところだった。
小沢が、結莉に言った。
「おまえもさぁ、そろそろ修平君の気持ちに応えてやれ。じゃないと本当にアイツ、どうにかなっちまうぜ」
「はぁ…」
「はぁ…じゃねーぞ。溜息尽きたいのは俺ら周りの連中だよ。みんなおまえの連絡先、修平君に教えてやりたくてうずうずしてんのに…。かわいそうに修平君、あんなになっちまいました。いったい誰の所為でしょうか!」
小沢が結莉のおでこを、突っつたあと拓海の方を向いた。
「拓海、おまえは結莉を放してやれ! おまえは慶にも修平君にもなれない。自分が一番良くわかってるんだろ? 本当は…」
小沢の言葉に、拓海は、うつむいていた。
ノックの音がしたので結莉がドアを開けると、レコード関係者とナベと勘太郎が入って来た。
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殴られた拓海が、俺とは仲がいい友達で、いつもツルんでいて、今日は酒が入ったちょっとしたお遊びだったと、警察を呼ぶような重大なことではないと、関係者に言い訳をしてくれた。
ただ、人気ボーカリストが人気ボーカリストを殴った…これだけで話は縺れる。
パーティには、マスコミ関係者も出席している。
ネタとしては、最高におもしろい。
一時間ほどして、みんなが俺のいる部屋に戻ってきた。
結莉は、俺の横に座って「お馬鹿!」と、俺の頭を殴った。
数ヶ月ぶりに結莉の顔をみた俺は、何も言わず、結莉に抱きついた。
俺の目からは、涙が出ている。
みんなは、ホッしたような、喜んでいるような、やさしい顔で見ていた。
そんな中、拓海が、俺と二人で話したいと言い出し、勘ちゃんは困惑していたが、小沢さんに「大丈夫だから」と言われ、みんなが、別の部屋に移動した。
拓海と二人になり、俺は、最初に頭を下げた。
「すみませんでした。いきなり殴ったりして」
「痛かったぁぁ」拓海は、笑っていた。
「本当にごめんなさい」もう一度謝った。
「いいよ。怒ってなんていないよ。修平の行動は、いつも結莉のためなんだろ?」
俺は、いつもと違う拓海のやさしい話し方が、不思議だった。
「今日は全部話すよ、結莉に了解は得ていないけどね」
そう言って拓海は、俺の隣で話始めた。
「まず、最初に。オレは結莉が好きだ。でも、オレは、結莉とは友達にも恋人にもなれない。ただの弟だ。それ以上でもそれ以下でも…ない」
「弟?」
「うん。結莉には、恋人がいた」
「…え?」
「いる…じゃなくて、いた…だ。過去形だ。結莉の恋人は、オレの兄貴だった」
拓海は、時々俺の目を見て、時々俯きながら、話してくれた。
結莉と拓海の兄・慶は、子供の頃からの幼馴染で、慶は結莉より一つ年上だった。
結莉が二十歳の時、慶が結莉の両親を車に乗せ運転している時、スピードを出した車に正面から衝突された。
その事故で三人とも亡くなった。
結莉と慶はその時、婚約をしていて慶の大学卒業を待って結婚する予定だった。
十七歳から『YUHRI』と言う名前で作曲家として仕事をしていた結莉は、慶が死んでから、しばらくして『Kei』と名前をかえた。
慶を自分のどこかに残して置きたかったのだろう、と拓海は言った。
「結莉の心の中に兄貴はまだいるよ、それは一生消えない。愛した人とか、好きだった人とか、心から出て行かないでしょ? ただ結莉の場合は、嫌いになって別れたわけじゃないから、余計辛いんだよね」
一つ溜息を吐くと、拓海は、また話してくれた。
自分は兄・慶の代わりになろうと頑張った。
両親と慶を亡くして、結莉はどれだけ悲しくて辛い思いをしてても、明るく振るまっていて、見ている方が辛かった。
当時拓海はまだ中学生だったから、何もできなくて、大人になったら自分が結莉を守っていくと、決めていた。
拓海が二十歳の時デビューが決まり、これから結莉の傍にいられると、思ったら、結莉の傍には俺がいた。
「オレさ、結莉の辛さが和らいでいることに気がついてた。修平が結莉の傍にいるからだってわかっていた。オレじゃ…なかった、結莉が兄貴以外の人を好きになったのは、修平…だった。オレは、それが、気にいらなかった」
拓海は、少し悲しそうに、言った。
「でも、結莉は俺を相手にしてくれない。いつも逃げてしまう…」俺は、自分の不安な気持ちを言った。
「それは…修平のためだと思う」
「前にナベさんにも言われたよ。結莉が、俺を受け入れないのは俺のためって」
拓海は、言いづらそうに口を開いた。
「…うん、それは結莉が…たぶん一番気にしてること。修平の気持ちを素直に受けとれない今の結莉の一番の理由。兄貴のことなんかじゃない……」
俺は拓海から、その話を聞いて、もう絶対に何があっても結莉を離さないと心に決めた。
そして、拓海にも言った。
「結莉は、俺が必ずしあわせにする!!」
「うん、わかった。修平に託すよ。だけど、オレの方が長いんだけどなぁ。結莉を好きになってから」
拓海は、笑っていた。
そして最後に、
「あっ、そうだ。俺の爺ちゃん、JICの会長なんだよね~、おやじは、社長。二人ともリフィールやおまえのこと「いいヤツだ」って褒めてたよ」
そう言い、拓海は、ニヤっと笑った。
ええーー、げげげーーーー。会長の孫!? 社長の息子ぉ!?
俺は驚いたが、会長にポンポンとモノを言っていた結莉にも、納得した。
というか、どんだけ長いことこの事実を知らなかったんだ! 俺は!
拓海と俺が、みんながいるところに行くと、俺たちをみて、結莉以外のみんなが、ホッとしているのが分かった。
「なんかさぁ、明日たぶんあなた達大変よ、きっと~」
一人だけ、のん気に結莉は人事のように、言った。
「ここに来ていたマスコミさんたち、JICの連中にいろいろ聞いて、挙ってお帰りになっていったわ」
これまた人事の様に、言った。
この夜は結莉とはあまり話せず、翌日にマンションに来ると約束してくれて、結莉はホテルに帰って行った。
勘ちゃんと拓海と拓海のマネージャーと俺は、明日のマスコミ対応について口裏合わせの作戦を練った。