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(26)結莉の思い


**********



 結莉は、小沢と静かなバーカウンターで飲んでいた。


「仕事どうだ?」 小沢が訊いた。

「相変わらずいい感じで頑張ってる」

「……」

「なんか、私に言いたい事あんの?」

 結莉は、いつも小沢のこの無言が恐い。

 滅多なことでは何も言わない小沢だが、たまに呼び出しを喰らい、二人きりで飲む時は、何かを言われると結莉はわかっている。

 小学生の時から一緒にいる。

 結莉の心は、いつも見透かされていた。


 水割りを一口飲んだあと、小沢は、グラスをカウンターに置いて、結莉を見ずに前を向いたまま、話し始めた。

「もう、いいんじゃないのか? もう十一年経ったんだし。そろそろ自分を解放してやっても」 

 結莉は、小沢を一瞬見てから、タバコに火を付けた。

 小沢は、結莉が一口タバコを吸ったのを見てから、続けた。

「……この間、銀二さんと会った。一緒に飲んだんだけど」

「リフィールの事務所の社長さん?」

「あぁ、心配しててさぁ。修平君のこと」

「……ん?」

「社長まで心配してんだぜ。修平君、かわいがられてるんだなって思ったよ。銀二さんが言ったんだ。修平が誰と付き合おうと事務所は応援するって。もし、修平の色恋沙汰で潰れるようなリフィールだったり修平自身だったら、それまでの力しかないんだ、って。修平が恋をしました、その人は年上で、その人と結婚しました。で、ファンがみんないなくなりました、っていうのは、ミュージシャンとしての未熟さだって。もし、いい歌を歌って、いい曲を作っていたら、ファンは、いつまでもリフィールを、愛してくれる…って」

 そう言い終わると小沢はグラスに口をつけた。


「小沢…?」

「ん?」

「何言ってるのか、わからない。何が言いたいのか…、わからない」

 そう言った結莉のタバコは、吸われないまま、灰皿の上で灰になっていく。

「…修平くんが、彼が、私に好意をもっていてくれていることは、知ってる。っていうか、彼は最初から隠してないし、真直ぐ私にぶつかって来てくれてるから。だけど、それだけのこと。私は…」

 そこまで言った結莉の言葉をさえぎるように小沢が言った。

「結莉は…なんだよ、自分は何なの? おまえは修平君のこと、どう思ってるわけ?好きなんだろ?」

「…嫌いじゃないよ、もちろん。でも、それは」

「恋愛対象じゃないとでも、言いたい?」

「……」


 小沢は続けた。

「慶は二十歳のままだ。だけど、おまえは先に進んでる、生きていかなきゃならない」

「何、当たり前のこと言ってるの…?」結莉の顔が苦笑いになる。


「その当たり前のことから、おまえは逃げてるんじゃないのか?慶…慶だけのことを思って、このまま恋もしないで一生過ごすつもりか?」

「恋?…恋なんて、別にしなくても」

「自分に嘘はつくな」小沢は言い、顔を結莉の方に向けた。

 小沢の視線が痛い結莉は、少しだけ力を抜いて小沢を見た。

「お~ざ~わぁ~、もう勘弁してよ。私と修平くんをくっ付けたいの?」

「正直になれって、言ってるだけ。慶はもういないんだぞ」

「わかってるって…そんなこと…あー、なんか頭がゴチャゴチャになってきた」

 結莉は、二本目のタバコに火を点け、「ふー」とタバコの煙を吐き出した。


「修平くんはまだ二十五歳だよ? 人気商売よ? 先のこと考えると、まだ恋愛うんぬんじゃないでしょ? 銀二社長が言ってることもわかる。だけど今売れているからってこの先もそうだとは限らない。リフィールは今、自分たちの音を揺るがないものにして、確実な位置を保たなければ潰れていくわ。恋だ愛だ、って、私みたいなのに真剣になってほしくないんだよね…」

「彼にはそんなこと関係ないんじゃないのか? 好きになった人が目の前にいる。一緒にいたい。それだけなんじゃない? それだけでもいいんじゃないのか?」

 小沢の強い視線に、結莉は、目を伏せた。



 少しの沈黙の後、結莉が言った。

「実はね、今、香港からオファが来てる。あっちの歌手のプロデュースの依頼。少し日本を離れようって、考えてる」

「どのくらいだ? 二、三ヶ月か?」

 結莉は小沢の問いに軽く首を振った。

「ううん、一年…二年…くらいかもしれない」

「仕事だけなら、そんなに長くいく必要ないだろ? …修平くんのためか?」

「…ううん、違う。誰のためでもない…自分のため。あっちに行って少し遊学でもして来ようかな?ってね。日本との行き来は多くなって大変かもしれないけどね」

「修平くんの気持ちに応えられない理由の一つか? 香港行きも」

「……うん。あはは、理由にしてるかも。変に日本にいるより、ずっと離れたところにいる方がいいかなとも、思ってる」

「ははは。やっぱり修平君のためじゃないか。でも…たぶん、離れても意味ないよ。あいつ、追いかけてくんじゃないのか? たとえ追いかけなくても待ってると思うよ」

 小沢はそう言い、少し笑いながら続けた。

「修平君が結莉を追いかけて、四年が経ったが、揺るがってないぞ、あいつの思いは…。ナベとオレは、修平君の恋を応援してるが、おまえがしばらく日本を離れるって決めているんなら、オレたちは反対できない。よっちゃんもナベもオレも、結莉がしあわせになるように見守っていることは忘れんなよ」

 小沢は、残りの水割りを飲みほし、結莉を見て笑い、結莉は小さくうなづいた。


「はぁ…、修平くん、私のどこがいいんだか…。もっと若くてかわいい子なんて沢山寄ってきてるのに…」 

 そう言うと結莉は、グラスの中のテキーラのレモンを指で突っついた。

「結莉じゃなきゃ意味ないんじゃないの? 彼にとっては、というか、彼の人生の中には、結莉が必要なんだよ、きっと。慶と同じ思いなんだよ、修平君も慶も…おまえへの愛は同じだ」

 小沢にそう言われた結莉は、鼻を啜りながら、うなずいた。

「バカだな! おまえ…はははっ」 小沢は笑い、結莉の頭を一叩きした。






***************




 結莉は、タバコを吸いながら、部屋から見える東京タワーを見ていた。

 タワーのオレンジ色は、ほんの少しだけ、潤んで歪んでいる。


「はぁ、どうしたもんかね? 私」

「ずっと…慶だけだと思ってたのに…」

「やっぱり、香港行って頭冷やして来ようか…それが一番いいよね」

「なんか言ってくれ…慶…おーーい」

「先に逝っちゃって…ば~か…」


 出窓に座って、笑いかけてくる慶の写真に、一人、話しかけていた。





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