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(25)アホとバカ

 「W」での結莉と拓海の出来事の翌週から、リフィールのツアーが始まった。

 ツアーの最中、俺の溜息はどんどん増えて、みんなから心配はされていたが、俺は、この辛さをライブで爆発させていた。

 おかげでツアーの方は順調に行っていた。



 結莉は、FACEのレコーディングのため、帰りが遅くなる日が多かったが、昨日で作業は終わっているはずだ。

 その日、俺は、深夜一時過ぎまで、マンションのスタジオに入っていた。

 そろそろ寝ようかなぁ、などと思い、部屋のドアノブを握った。

 その時、玄関が開く音がした。


「結莉! お帰…り…」

 俺が玄関に走っていくと、そこにいたのは、結莉と…拓海。

「ただいま~」と、ニヤっとして言ったのは、拓海だった。

 あの日の二人の姿が脳裏に蘇ってきたが、結莉は、なぜかとても酔っていて、拓海に支えられている。


「あー、修平く~んだぁぁぁ。おやすみ!」

 赤い顔をした結莉は、俺の顔を見てそう言うと、拓海から離れ、俺の方に倒れてきた。

「だ、大丈夫?」俺は、結莉を抱きかかえた。

 そんな結莉を、拓海は俺から引き離し、「結莉、部屋行こうぜ。ちゃんとベッドで寝なきゃだめだよ」そう言い、結莉の部屋へ続くドアを、開けた。

「ま、待てよ!」

 俺は、拓海の肩を掴んだが、俺の手は、振り払らわれた。

「触んなよ。結莉は、オレが連れて行くんだから。おまえには関係ないんだよ」

 俺を一睨みした拓海の目は、ライバル心丸出しだ。


 二人が入っていったドアの前で、俺は立ちすくんでいた。

 俺は、まだ結莉の部屋にも入った事がない…

 なのに拓海は、自分の部屋のごとく入っていく。

 ものすごく心配で、ものすごく腹が立っていた。



 俺は、ドアの前に座り込んで、右手を左手で強く握った。





***********





「結莉、大丈夫か?」

 拓海は結莉をベッドに寝かせた。

「あー、大丈夫…じゃない…かもぉぉぉ。あはは~」

 結莉は、FACEのメンバーとレコーディングスタッフと飲んで、いつも飲まない水割りをガブ飲みしていた。

「あれ? 修平くんは? んーー? さっき見た……」

 ベッドの上の結莉は、半目を開け拓海に、訊いた。

「ん? 修平なんていないよ。今日は会ってないでしょ?」

 拓海はそう言いながら、結莉の髪を撫でた。

「んーー…そう…」結莉は、目を瞑った。


 拓海は、ベッドサイドに置かれた写真立てを手に取った。

 写真には、嬉しそうな顔の結莉と男性が写っている。

 そして、写真を伏せて、元にあった場所に戻した。

「結莉…」

 拓海は、結莉の頬を静かに触り、静かにキスをした。




 翌朝、結莉が目を覚ますと、拓海が隣で眠っていた。

 時計をみると、朝の十時を回っている。

 結莉は、時計の横に伏せてある写真立てを見て「ふっ」と、笑いながら立て直した。

「あ~、風呂でも入ってくるかな。夕べは飲みすぎちゃったなぁ」

 伸びをしてベッドから抜け出した。

 拓海は、まだ目を覚まさないので、寝かせておいた。




************





 俺は、結莉の部屋のドアの前で一晩を過ごしてしまい、そのまま眠ってしまっていた。

 自分の部屋でシャワーを浴び終えた結莉は、キッチンに向かうためにドアを開けるとデカイ体を小さく丸めて寝ていた俺に驚いた。

「修平くん? 風邪ひいちゃうから、起きなよ、ねぇ…」

 頭をポンポンと叩かれて、俺は目を覚まし、見上げると、結莉が立っていた。

「…あ…結莉」

「ねぇ、ずっとここにいたの?」

「ん? あっ、うん…」

「バカね。風邪引いたらどうするの? ツアー中でしょ?」

「あっ! 拓海は!? アイツ、どこで寝たんだよ! 昨日!」

 俺は勢いよく立ち上がり、訊いた。

「拓海? 私のべッド」

「ええーーーー! なんだよーそれ!!」

 べ、べ、ベッドなんて…そんな!!

 俺はショックのあまり、結莉を思い切り揺すってしまった。


「なにもないですけど? 修平くんの変な想像のようなことは残念ながら何一つないわよ!」

 結莉のその言葉を聞いた俺だが、信じたいが信じられない狭間で、もがいた。

「んがぁぁぁあああ、どうしよう!!」

「なにっ! いきなり叫んで!」

 俺の雄叫びに結莉はびっくりして一歩退いた。

「なにやってんの? こんなところで…」拓海が起きて来て俺を見てから結莉に訊いた。

 俺は拓海の姿を見たとたん、胸倉をつかんで怒鳴った。

「うっせっ! 拓海…、このやろ!」

「おいおい、怖いね~、暴力反対~」と、両手を上げ、おちゃらけて言った。

 そんな拓海の態度にムカムカしてきて、「テメェ…」と言ったところで結莉が、ほっぺたをポリポリかきながら「なんでもいいからさ、あなたたち、シャワーでも浴びてくれば? その間にランチの用意してあげるから」と言い、リビングの方に歩きだした。

 俺が拓海の胸倉から手を放し、一睨みし自分の部屋に戻ろうとしたとき、結莉が振り向いた。

「あっ、修平くん、体冷えてるんだから、ちゃんと肩まで湯船に浸かって百まで数えなさいよ! 百よ! ずるしちゃダメよ?」と言われた。

 こ、子供か俺は…。チビスケか…!

 少々しょげたが、一応小さい声で「はい…」と言った。

 結莉が俺だけに言ったことに拓海は悔しさからなのか、少し膨れっ面で俺を見らんだ後、結莉の部屋のシャワー室に向かった。



 俺は結莉に言われた通り、湯船に肩まで浸かり、一から百まで数えた。

 そして、少しのぼせた。

 やっぱ百は長過ぎた…

 ズルをすればよかった…

 と、律義に言いつけを守った俺が、のぼせてボーっとした頭のままリビングキッチンのドアをあけると、拓海はすでにダイニングテーブルに腰かけてテレビを見ていた。

 俺は、拓海の向い側の椅子に腰を下ろし、同じくテレビに顔を向けた。

 しばらくして、結莉がキッチンから顔だけを出し拓海に訊いた。

「ねぇ、拓海? あんたアホ? バカ? どっちぃ?」

「はぁ? なに、それ」

 意味がわからない質問に、一瞬、俺と拓海は目を合わせたが、「どっちか! どっち~?」結莉がまた訊いてきた。

「…じゃぁ…、アホ…」

 と、拓海は軽く鼻で笑って、俺の顔を見ながら答えた。

 っだぁ? 俺に対してアホと言っているようじゃないか!

 ムカつく…。

「あ、やっぱりぃ?」と、結莉は言い、またキッチンに入った。

 …やっぱり、って…。

 俺のことなのかなぁ…。




「はいはい、二人ともおまたせ!」

 結莉が持って来たオムライスは、俺と拓海の前に置かれた。

 えっ?


 結莉が自分の分も運び終え、お誕生日席に着いた。

「なんだよー、これ! オレ、アホじゃねーよ!?」拓海が言ったと同時に俺も言った。

「俺がなんでバカなんだよ! 結莉!」

 拓海のオムライスにはケチャップで「アホ!」と書かれてあり、俺のには「バカ!」だった。

 「!」マーク付きだ

 普通、「ハート」マークとかなのに…。

 結莉のを見ると「おりこうさん!」と書いてある。

 文字数が多い…ケチャップ多めだ。


 結莉は「アホ」と拓海を指さし、「バカ」と俺を指し、最後に「おりこうさん」と自分を指し、「では、いただきます!」と手を合わせた。

 俺は自分のスプーンで、結莉の「おりこうさん!」をグチャグチャにしようとした時、「では、FACEの拓海くんで―――」という女の声と、「キャーキャー」という女性たちの声がテレビから聞こえ、三人で画面に顔を向けた。


 テレビの中では、お昼に毎日放送している「芸能人のお友達の輪」をつなげていく『まかせておくんなせぃ!』という、番組が流れていた。

 本日のゲストは、拓海と仲の良いミュージシャンの女性歌手だった。

 彼女がつなげた「お友達の輪」は、拓海であった。



「えっ、えっ、えーーーー!!!」

 あたふたする拓海のことなど知る由もない画面の中では、番組アシスタントが拓海につなげるための電話番号を押し始めた。

「まって、まって! これって事前に連絡来るとかじゃないの? オレ、聞いてないよ!!」

「拓海、あんたの携帯は?」

 オドオドし始めた拓海は、結莉の言葉に結莉の部屋に置いてある携帯を取りに飛んで行った。


 テレビの中では、コールは鳴るが拓海が出ないため、もう一度掛け直している場面が映っている。

 拓海が携帯を手にダイニングに戻ってくると同時に携帯が鳴った。

「うわっ! な、鳴ってる!」

「早く出なさいよ」と、携帯を眺めているだけの拓海に結莉が言った。


「も、もしもし…」

 少し緊張した声で拓海が出た。

「わぁ~、テレビと両方から拓海の声が聞こえる!」と、結莉は楽しそうに言った。


 テレビのスピーカーからは女性ミュージシャンが語りかけてくる。

「拓海くん? 今テレビ出てるの~」

「あ…見てる」拓海はボソっと言った。

「見てるの!? ちょっと待ってね」女性ミュージシャンは、司会者に電話を渡した。


「どうもどうも、拓海くん、久しぶりだね」司会者が言った。

「あ、お久しぶりです…」

「あれ? 今日は仕事だったかな?」と言った司会者の問いにアイツは答えた。

「いえ、…えーと、今、彼女の家です!!」いきなり拓海は明るく言った。

 会場のお客さん達の「キャーーー」という声が聞こえてくる。


 はぁー!? なにふざけたこと言ってんじゃねーぞ、拓海!

 ここの、どこにおまえの彼女がいんだよ!

 握りこぶしを作っている俺の横では、結莉が「ぎゃはは~」と笑った。


「彼女の家!? 本当に?」司会者が驚いて訊いてくると、「はい、本当に!」と俺の方をチラッと見て不敵な笑みで答えた。

 …拓海…許さん!

 俺は拓海から携帯を奪い取り、出た。

「俺と一緒です! リフィールの修平です!! こんにちは!」

 俺の声に会場のギャル・デシベルがMAXになった。

 よしよし、俺の方が人気がある!


「修平! テメ―、この野郎、邪魔すんじゃねーぞ!」

 拓海が携帯を取り戻そうとした。

「拓海! 結莉はテメェの彼女じゃねーだろーがっ!」

「修平の彼女でもねーだろ!」

 俺たちの揉めに揉めている会話は会場に丸聞こえだったが、俺たちはお構いなしで、テレビ画面の中では、司会者と女性ミュージシャンが困惑していた。


 結莉が拓海の手から携帯を取り上げたが、俺たちはそれにも気付かず言い合っていた。

「もっしも~~し。なんか兄弟喧嘩みたいのが始まっちゃったので、私が代わりに…。どうも! Keiです。おひさしぶりです」

 今度は結莉が出てしまった。

「おお、Keiちゃん、久しぶりだね。なんでそこにいるの?」

 司会者と結莉は顔見しりだった。

 結莉は、スタッフを交えて、みんなで食事中だったと話した。


 ………

「じゃ、明日もつなげてくれるかな?」司会者が訊いた。

「まかせておくんなせぃ!」

 番組合言葉を、拓海ではなく、結莉が代わりに元気よく言ってしまった。

 そして、電話は切られた…。


 そんなことにも気付かず、俺と拓海の言い合いは続いていた。

 どれだけ集中しているのか…。

 俺と拓海の顔と顔の間に、携帯電話がプラプラと揺れた。

「終わったんだけど、電話…」

 結莉の声にお互いに掴んでいた手を放した。


 この日を境に、Keiは女性であるということが世間に知り渡り、なぜか俺と拓海は兄弟のように仲良し…ということになっていった。

 ぜってー、ありえねーし!


 数分後、拓海はマネージャーからの電話で怒られ、俺は俺で勘ちゃんから怒られた。

 翌日、拓海がつなげた「お友達の輪」は、マネージャー同士の話し合いで、

「リフィールの修平」…つまり、俺になった。

友達でもないのに、つなげていいのかよ…「友達の―――輪!」




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