(20)修平vs畳
……俺は、朝から非常に、ふてくされていた。
小沢さんの番組「今夜だけBAND天国」という、人気BANDが集結する三時間の特番用の収録で、局に来ていた。
FUNNY FACEも出演する。
俺は、それだけで、ふてくされている。
「うわーー胸くそわりー。か・え・り・て――――」
控え室の畳の上で、また藁をムシっていた。
「だーかーら、止めろって! ムシるの!」利央に手を叩かれた。
「おまえの気持ちもわからなくもない! だが、仕事だ。がんばってくれ!」
勘ちゃんは、吉岡さんお手製のおにぎりを食べながら説得力のない言葉で、俺を励ましてくれる。
「結莉さんも来てるんだろ? FACEと一緒に。今日の収録見に!」
裕の言葉に俺は、余計に機嫌が悪くなった。
「結莉さん、FACEのプロデュースだからかな~様子見らしいけど。力入れてるよな。わざわざ見に来るなんてさぁ」
タカの言葉に、俺の怒りは、沸点に達した。いや、俺の怒りに沸点など無い。
怒りはどんどんと上昇していくばかりだ。
「くっっそーーーーーーーーーーーーー」
俺は居てもたってもいられず、立ち上がり、控え室を出て、走った。
「おい、おーい。修平、どこ行くんだぁー」
勘ちゃんの声なんて、聞こえていない。
「あ~あ、行っちゃったよ…」
「どこ行く気だよ、修平」
「また局内暴走しに行っちゃったよ…」
俺は適当に走った。とりあえず、適当に局内を走った。
「あっ、修平くん!」目の前に手を振る結莉が現れた。
うお~~~やっぱり俺たちの糸は繋がっているんだ!
誰も切ることの出来ない糸だぁぁぁ。
「結莉ぃ~」
俺がいつものようにハグると、「はいはい」と、結莉はいつものように、俺の背中をパンパンと叩いた。
なんかとても適当にハグられているような、気も、しないでもない…。
「どこ行くの? そんなに急いで」結莉に訊かれた。
「えっ? い、いや~別に…ただの運動!」と、言って、俺は、腕をグルグル回してみた。
「へぇ、鍛えてるんだ」
「そうそう、戸田さんみたいになろうかなぁ、なんて」
「まっ、無理なことは、止めといた方がいいよ」
結莉に言われ、少しへコむ。
「もうすぐ本番じゃないの? こんなとこで、のんびりしてて、いいわけ…ないよね」
忘れていた。本番を…
「あとでリフィールの収録も見にいくから」
「本当!? 見に来るの!?」
俺が、もう一度ハグろうとしたら、アイツが現れた。
「結莉? なにしてんだよ」
た、拓海だよ…
人の幸せな一時を、コイツは、いつもいつも…邪魔だ!
「結莉、あっちでみんな待ってるよ、早く行こう」
拓海は結莉の肩に腕を回し、俺を見た。
「じゃ、修平くん。あとでね~」
と言う言葉を残し、結莉と拓海は、俺に背を向け、歩いていった…
ムカ、つくーーーー!!
俺は、また猛ダッシュで走って、控え室に戻った。
バッーーーーンッッ!!!と、それはとてもとても大きな音をさせてドアを開けた。
みんなが、一斉に俺を見た。
「ゼェゼェ…ゼェ…」息は切れ切れだった。
「ど、ど、どうした、修平」
「ゼェゼェ…うっ…ぅぅ…」
俺は、畳にうつ伏せに寝て、藁をムシり倒した。
ムシらずにはいられない…。
「ま、また、なんかあったみたいだなぁ」
「もしかしてさっきより、ひどくなってない? なんか泣いてるし…」
「畳のムシり方が、ハンパねーし…」
リフィールの本番収録になり、俺は気持ちを、仕事モードに、切り替えた。
スタジオに入り、音あわせをしている時、俺から見て、左方向に結莉を発見!
俺の視線に気がついたのか結莉が、ちょこちょこっと手を振ってくれた。
よっしゃぁぁぁ! 張り切っちゃおぉぉぉぉ!
歌いながらカメラ割りを無視し、チラチラ結莉に視線をおくる。
俺は、いつも以上に格好良く歌っていた…つもりだ。
んがっ、結莉のところに拓海が来た。
そして、アイツは、結莉を後ろから抱きしめるような格好で、俺の方を見た。
あきらかに俺と結莉のハグ以上の行為だ!
俺は、そんなことは、したことはない!!
その瞬間、事もあろうか、俺の頭の中から…歌詞がぶっ飛んだ…それも全部…
最悪だ…歌うことにに集中していないなんて…。
プロとして、失格だ。
利央がストップをかけ、スタッフに謝った。
「すみません~ごめんなさい。もう一度、お願いします」
タカと利央が、俺のところに来た。
「なにやってんだよ! 本番だろ!」
「しっかりやれよ、スタッフの人達に迷惑かけんなよ!」
「…はい…」俺は、結莉の方を見つつ、声になっていない返事をした。
俺の視線のある方を見て、タカと利央は、溜息をついた。
利央が、俺の肩を叩いて、もう一度深く、溜息をついた。
「…そういうことか」
「お~い、大丈夫かぁ? 修平君、調子悪いかぁ?」上から小沢さんの声がした。
「いえ、大丈夫です。すみません」タカが代りに言ってくれた。
「しっかりしろよ、拓海ごときに調子崩すな」
利央の言うとおりだ。
俺…なにやってんだろ。みんなに迷惑かけて…
落ち込んだ。
拓海ごときに俺は…弱い人間だ…
「すみませんでした」
俺は、スタッフの人たちに謝り、スタンドの前に立ちなおしたが、気持ちが集中出来ないでいる。
結莉が、拓海に何か言い、拓海がスタジオから出て行き、
「リフィールのみんな、ちょっと待っててくれ」小沢さんの声で、一旦中断した。
結莉が、小沢さんのところに上がって行くのが見えた。
その間、俺はメンバーに軽く説教をされた。
結莉が上から戻ってきて、俺のところにきた。
「あのね、小沢からの伝言、収録終わったら、飲みに行こうって」
「えっ?」
「あっ、私も行くから。それからFACEは来ないから」
「えっ!」
俺は本当にこんな単純な性格でいいのだろうか、と思うくらい結莉の言葉で、元気がみなぎってきた。
そして俺は、すぐさま、完璧に立ち直っている。
そして、ものすごく調子よく歌った。
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小沢のつぶやき
「こんなやさしいプロデューサーはオレくらいだと思うよ…。とりあえず修平くん…、オレの大切な番組をつぶすのだけは、やめてくれ…(涙)」