(2)暴走のはじまり
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「山ちゃ~~ん、テキテキプリーズ!」
結莉は、カウンター席の一番端っこに座り、丸いすの上でクルクル回っていた。
「結莉さん、そんなクルクル回って子供じゃないんだから。それに酔っちゃいますよ」
バーテンダーの山崎に笑いながら、言われる。
結莉は、ポケットからメンソールのタバコを出し、火をつけ、山崎を見ていた。
「結莉さん、絶対ルームの中じゃ、タバコ吸わないですよね」
「んーまぁね。今日は、ボーカルの子もいるしね」
「みなさん喫煙されているんでしょ? 一人や二人、変わらないじゃないですか?吸っても吸わなくても。修平さんご本人も、吸われているみたいだし」
「ん~、そうなんだけどね」結莉は、ニッと笑って舌を出した。
「結莉さんは、そういうところ、ちゃんと気を使いますよね、いつも。はい、どうぞ」
そう言いながら山崎は、ロンググラスに入れたテキーラを、差し出した。
「最近忙しいですか? いつもよりペースが速いから、お酒…」
「するどいなぁ、山ちゃんは」
「すでに5年の付き合いですからね、結莉さんとは」
「今、早坂遼のアルバムやってんだけど、一週間前から、今度デビューするFANNY FACEっていうのと、三人組の15’sとが重なっててさぁ、えらい目にあってるわけよ、わたくしは…」
結莉はカウンターに肘をつき、タバコの煙をプハァ~と、天井に向ってため息と共に吐き出した。
「売れっ子ですね、結莉さんは!」
「よっちゃんに休みくれって言ったら“甘い!!”って怒られるし…うっ…」
泣きが入る結莉に、山崎はグラスを磨きながら、同情の目を向けた。
「あっ! 山ちゃん! 紙とペンある?」結莉が急に訊いた。
「はいはい。ちょっと待って!」
紙とペンを受け取ると、結莉は思いついたことを、書き始めた。
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結莉が部屋を出て、二十分くらい経った。
トイレにしては長いなぁ~などと、俺は要らぬ心配を始めた。
結莉を知る人達は、さして心配をしている様子はない。
あまり気にも留められていない存在なんだなぁ~きっと。
「ナベさん、ちょっと失礼します」
俺は、トイレに行く振りをして、ナベさんの隣を立ち、部屋を出て、一応トイレ方面に向かって歩いた。
トイレへ続く細い廊下を素通りすると、少し先にカウンター席がある。
そこではいつも、バーテンダーの山ちゃんがカクテルなどを作っている。
結莉だ…
カウンターの一番端っこの席に座っている。
へぇ、タバコ吸うんだ。
結莉は、女なのに銜えタバコで、何かを真剣に書いていた。
俺は、結莉に近づき、「森原さん…でしたっけ?」声をかけてしまった。
「んぁ? ちょっと待って…」
結莉は、タバコを銜えたまま俺の方も見ずに、待てと、いった。
げっ、なんだよ…こいつ。
しかし、素直な俺は、待った。
しばらくして、「あっ、ごめんごめん」と、結莉は顔をあげ、俺を見て、急いでタバコを灰皿に押し付け消し、「で、何?」と、極普通に俺の顔をみた。
「えっ…」俺は一瞬、戸惑った。
何を話そう……。
考えていなかった俺は、「えーと…えーと…」と、言葉を探していると、結莉が、真顔で訊いてきた。
「あなた、ボーカルよね?」
「え? あっ、う、うん…」
「だったら、タバコ…止めれば? まっ、お酒は付き合いがあるでしょうし、しょうがないけど、タバコは止めた方がいいんじゃない? 喉やられちゃうよ」
いきなり説教じみたことを言われ「……」言葉を失くした。
二、三年上くらいの普通の女に、上から目線で言われた。
「長く歌って行きたいんでしょ? 歌うの好きでしょ? ん?」と、結莉は、首を少し倒しながら俺に訊く。
そんな言い方をされて、ムカつくとか腹が立つとかより、彼女のしぐさが少しかわいいと思ってしまった。
そして、異常に、ドキドキしている自分がいる。
俺は、言葉を一生懸命探した。
何か話さなきゃ…。…だけど心臓だけがドキドキして声にならない。
あせりはじめた俺の所に、VIPルームで隣に座っていた女たちが、俺を探しに来た。
「やっだぁ、修平くぅ~ん。こんなところにいたぁー」
「もう、早く部屋に戻ってきてよぉ」
絡みつくキンキン声の女たちに、結莉は、山ちゃんの方を向いて「うるさ~い」みたいな顔で微笑んでいる。
「っ、ちょっ、…まっ…」
俺は、もっと結莉と話しいんだ!というか、全然話してない!
体に力が入らず、無理矢理女たちに羽交い絞めにされ、部屋に戻された。