(15)急接近!
結莉のマンションに着いたのは、十一時を少し回っていた。
「どっちみち泊まるんだから」と結莉が、俺と勘ちゃんに、ジャージとTシャツを貸してくれた。
…男物だ…誰のか聞けなかったが「ちゃんと洗濯してあるからきれいだよ」と、結莉は能天気に言った。
本当に…誰のだよー、これ!!
吉岡さんがツマミを作る間、「シャワーでも浴びてきなよ」と結莉に言われ、俺と勘ちゃんは、なぜか二人で風呂に入る事になった。
結莉の家の風呂はデカかった。ジャグジーは四人が余裕で入れるほどだ。
できることなら勘太郎ではなく、結莉と一緒に入りたい…などと、また想像していたら「何みてんだよ!気色悪いなぁ! ったく」どうやら結莉と入っている想像しているとき、勘ちゃんの顔をみて、笑っていたらしい。
俺らが風呂から出ると、リビングに吉岡さんが作ってくれたつまみの数々が並べられ、お酒も数種類用意されていた。
でも、結莉は、どこにもいない。
「あれ? 結莉さんは?」
「今、自分の部屋の方でシャワー浴びてるわ」
シャ、シャワ~? また想像してしまった…
は、鼻血が…!! 勘ちゃんの顔みたら、鼻をつままれた。
「おまち!!」
リビングのドアが開き、ジャージ姿の結莉が入ってきた…
風呂上りの色気は、残念ながら感じられない。
できることなら大きめのワイシャツに素足で…
「っ!」
俺の想像している事がわかったのか、勘ちゃんからの一叩きを、いただいた。
なぜわかったのだろう。
「じゃ、みなさん先に飲んでいてください。私、軽くシャワー行ってきますので」
吉岡さんはそう言って、出て行った。
なんだか勘ちゃんの顔が、赤いようなニヤケているような…
「んじゃ! 先に頂いちゃいましょう。勝手に好きなの飲んでね。 私、よっちゃんみたいに、人のお世話できないんで…」
結莉は、自分用のグラスの中にテキーラを入れて、とっとと飲み始めた。
俺と勘ちゃんは、とりあえずビールで喉を潤した。
「結莉さんはテキーラしか飲まないんですか?」勘ちゃんが訊いた。
「そんなことないよ。他のも飲めるけど好みじゃないんだよね。テキーラの味を教えてくれた人…日本にはいないんだけど、その人私よりすごいの。人間じゃないね、あれは」
それ誰?…聞けない。三、四人の一人なのか…。
それに、結莉も充分人間じゃない飲み方するよね、テキーラ。
俺は、結莉のことをいろいろ知りたかった。まだ何も知らない。
勘ちゃんと結莉は音楽の話をし出し、俺は聞きたいことも聞けなかった。
音楽の話をしているときの結莉は、楽しそうに嬉しそうに目がキラキラしている。
吉岡さんがシャワーから出てきて、最初に飲んだのはシャンパン。
おしゃれに飲む姿は仕事バリバリできます~みたいな感じだったが、着ている服は結莉と同じようなジャージだ。
でも、なんか勘ちゃんの目は、デレっと吉岡さんを見ていることに気がついた。
こんな顔の勘ちゃんは、初めて見たかもしれない。
いつも真面目に仕事して、俺たちの面倒みている勘ちゃんしか知らない。
「結莉さんは、なぜこの世界に入ったんですか?」勘ちゃんが訊いた。
「小さい時からピアノやってて、十七歳のときに知り合いの人から、歌でデビューしてみないかって言われたの。でも人前で歌うほどの器量も度胸もなかったし、だから作曲ならって、ことで最初に…大山知佐っているでしょ? 彼女のデビュー曲を作ったんだ」
「ええー! 俺買った! それ! 小遣いためて!」
大山知佐は、当時十六歳のアイドル歌手で、デビュー曲が大ヒットした。
結莉の作曲だったのか! 俺が小学生の時、自分のお金で初めて買ったCDだよ。
俺は運命を感じた! うん!
「でも名前、Keiさんじゃないですよね」 勘ちゃんが訊いた。
勘ちゃんスゲーな、そんなことまで知ってんだ。
「うん、当時はね、YUHRIで作ってた」
そうか~、今度田舎に帰ったら押入れに入れてあるCDチェックしてみよう。
「いつからKeiさんに変更したんですか?」勘ちゃんが訊いた。
「ん? ……二十一歳になるくらい…かな? そのくらいからKeiに…なった…」
結莉は、ふっ、と笑って見せたその顔は一瞬、悲しそうな笑顔だった。
不思議だった…
「それからかな? 海外の仕事も増えて、日本でもプロデュースの仕事に手を出すようになったのは」
「修平くんはなぜ音楽やり始めたの?」 結莉が急に俺にふった。
「えっ!」
俺の音楽に対する動機は不純だ…。少し黙ってしまった。
「もしかしてさぁ、女の子にモテたいとか、目立ちたいとか…?」
結莉の鋭い突っ込みに、俺は、下を向いてうなずいた。
み、みんなに笑われた…
「よくあるパターンだよね~それ! でも始めはそうだったかもしれないけど音楽は好きでしょ? 歌うの…好きでしょ?」
「うん、歌ってるとき楽しいし、メンバーとか勘ちゃんとかと一緒に音楽の話してるとき、幸せを感じる」
「それが一番大切!」
結莉は、ニコニコして言ったが、勘ちゃんの俺を見る目は、なぜかウルルン状態だった。
「修平くんはギターだけ? ピアノとか他の楽器できるの?」
「俺はギターだけしかできない。ピアノは、利央だけかな、弾けるのは」
「ピアノもやってみたら? バイオリンとかも。自分で楽器ができるとその楽器の音が、自分の中でアレンジとして入ってくるから、曲を作る時の幅が広がるよ」
俺は、この結莉の言葉をきっかけに、次のオフ日にピアノを「カワハ音楽教室」のドアを叩いた。
もし結莉に「大型トラックの免許をとれ」とか「船舶免許をとれ」と言われたならば、明日からでも教習所に通いに行く勢いだ。
結莉に言われるがままに、結莉に流されて生きて行っても構わない。
「あのさ、こう見えても、よっちゃんって音大出て」
「こう見えて…って、どう見えてんのよ! 私!」吉岡さんが結莉を突付いた。
「きゃはは~。よっちゃんね、クラッシックの楽器いろいろカジってるから、私、すごく助かってる。よくアドバイスもらってるんだよ?」
ナイス吉岡さんは、大学生のときコントラバスをしていたが、卒業する少し前に、友人の勧めで今の業界に入り、クラッシックをスパッと止めた。
そして、結莉を紹介されマネージャーになった。
「今思えば、私の選択は間違ってなかったと思う…でも、結莉がこんなんだから…結局私はこんなんなっちゃって…」
吉岡さんは、結莉を恨めしそうに見た。
「こんなんなっちゃった…って、どんなんなのよ」
「三十路になっても、あんたの面倒みてあげなきゃならないってことよ!」
「え~、私はいつも言ってんじゃん。いい人がいたらいつでもマネージャー辞めて、嫁に行ってもいいよ~、って!」
「あんたみたいの置いて嫁にいけるわけないでしょ!!炊事、洗濯、身の回りの事、何にもできないじゃない!人のプロデュースはできても、自分の生活のロデュースは、何一つできなんですよ!このアホ結莉は!!」
吉岡さんは必死に、勘ちゃんに訴えていた。
マネージャー同士思う気持ちは同じらしい…うなずき合っている。
「あ、勘太郎さん! いい人いたら、よっちゃんに紹介してあげてくださいよ!よっちゃん、処女だし!」
「ちょっ、ちょっと結莉!! 処女じゃないわよ!! 私は!!」
吉岡さんは、結莉をバシバシ叩き始めた。
「じゃー、ずいぶん長いこと男に抱かれていないんじゃ…」
結莉の言葉に吉岡さんは、結莉の首を絞め始めた。
この二人…まだ酔ってないよなぁ。
しらふでこういう話、平気でするんだぁ…顔色も変えず…
俺と勘ちゃんの方が、赤くなっている。
吉岡さんは、酔ってきたのか少し泣きながら「結莉を嫁に出すまで…私は結婚なんてしま、うっ…せん」と言い出した。
結莉にとって、母親みたいな人なんだ、吉岡さんって。
「はいはい、私が先に嫁にいけばいいんでしょ?」
「そうよ~、うえ~~ん。早く嫁にいけーーー」
「じゃ、よっちゃん相手探してよ、私の」
待て! 結莉! おまえと結婚するのは俺だ!
「じゃー俺! 立候補! 結莉と結婚する!」
俺は本気で宣言したのだが「ぶっははははー、笑える~、きゃははは!!」と、吉岡さんにおもいきり笑われ、「だははは~、やだぁ~ファンに殺されるーっていうか、二十で六歳も年上の女と一緒になってどうすんのよ!」と、結莉に一蹴りされた俺は、渦潮の海に落とされクルクルと回って、消えていく自分を見た。
「…愛とかに…年齢とか関係ないし…」
俺はポツリと呟いてみたが、二人にはまったく俺の声が、届いていない。
ギャハハハと、二人から笑われている俺を、勘ちゃんは哀れみの目で見ていた。
その後、吉岡さんは潰れ、三人で話をした。
「結莉さんは、ご両親と一緒に住んでないんですか?」
「あぁ~、私の両親、もういないのよ。私が二十歳の時、事故だったんだけど、二人とも先に逝っちゃった」
結莉は、悲しそうでも寂しそうでもなく、普通に言った。
「あっ、す、すみません…立ち入ったことをお聞きしてしまいました」勘ちゃんが謝った。
「ぜんぜん、気にしないで。命あるものは必ず死ぬんだから、それが早いか遅いかの違い
だけ。私兄弟もいないから一人ぼっちなんだけど…よっちゃんが親代わりだったり、姉代わりだったりしてくれてる。すごく感謝してるんだ。なんだかよっちゃんの人生、私のために犠牲にしちゃってるのかな、なんてたまに考える…」
結莉、両親亡くしていたんだ…俺は淡々と話す結莉をジッと見つめていた。
勘ちゃんがいなかったら、抱きしめてあげたかった。
「でも吉岡さんはそんなこと思ってないでしょ? きっと。犠牲とか…」
勘ちゃんは、少し微笑みながら訊いた。
「うん、思ってない。だから余計によっちゃんには幸せになってもらいたいっていうか、マジでいい人がいたらって……あっ!! 勘太郎さんって一人身?」
結莉に言われた勘ちゃんは真っ赤になって「え? あ、」などとパクパクしていたので俺が代わりに「一人も何も勘ちゃん、彼女なんて産まれてから一度もないし、童貞だし」
と、親切に言ってあげたが、勘ちゃんは更に真っ赤になりながら、ボカボカと俺を殴った。
「そうなんだ! 勘太郎さん童貞…いえ、一人身なんだ! じゃ、よっちゃんのこと、よろしく!!」といい、結莉は、頬の横でピースをした。
「えっ、えっ!」勘ちゃんの顔はこれ以上ないくらいに赤くなり、あわわとなった。
「あ”あ”ぁ? やなわけ? うちのよっちゃんがお気に召さないっていうわけ!?」
オドオド状態で言葉が出て来ない勘ちゃんに、結莉がすごんできた。
「い、いえ、そういうわけではなく…」
「じゃ、どういうわけさっ!」結莉はボンッとテーブルを叩いた。
「よ、吉岡さんにもタイプというものが、あるでしょうし…」
勘ちゃんがビクついているのがよくわかった。
「よっちゃんのタイプ? …ん~~とね、勘太郎さん!」
「・・・」
結莉はきっと適当に言っているに違いない。
「で、でも、ま、ま、万が一、万が一ですよ、例えば、例えばですよ、ぼ、ぼ、ボクと吉岡さんが、け、け、け、」
勘ちゃん、どもり過ぎ…。
「結婚したらですよ、結莉さん…どうするんですか…」
勘ちゃん…君の頭の中は、すでに吉岡さんと結婚モード全開ですね…
「だははは~よっちゃんが結婚したら、私は私で大丈夫だよ。どうにでも生きていけるって! それに…私の結婚なんて待ってたら…よっちゃんも独身のまま人生終わっちゃうし…」
結莉は、そう言って寝ている吉岡さんの頭をポンっと軽く叩いた。
「私は…たぶん、一生結婚しないと思うし」
「どうして?!」 内心俺はあせった。
「ん? なんか、そんな気がする」
「それは俺が阻止する!」俺は、真剣な目で結莉に言い、
「俺と結婚しよう! 結婚してくれ!」と、心から愛をこめてプロポーズをした。
「あっははは!! さんきゅ~~。冗談でも嬉しいよ~」
一瞬目を丸くして俺を見た結莉だったが、おもいきり笑い、本気にしていないようだった。
そして、グラスに残っていたテキーラを一気に飲み干した。
「うっ…」
俺は、勘ちゃんを見て涙を浮かべた。
勘ちゃんは、俺の頭をポンポンしながら「残念だったな…」と、小声で言った。
結局、俺の真剣な愛も届かないまま、三人で、朝方まで飲み明かし、吉岡さんをソファまで移動させ、俺と勘ちゃんは、のベッドを借り、眠りについた。
結莉は次の週、アメリカに旅立った。
彼女が日本に戻るまでの数ヶ月、俺は毎日、結莉のことを考えていた。