(13)ついに!
次の日、俺は、すがすがしい朝を迎えた。
結莉のマンションに行く約束の時間は夕方だったが、朝六時に目が覚め、日頃したことのないジョギングなんかをしに外に出て、部屋にもどったが、結局寝てしまい、三時に勘ちゃんに起こされた。
いつになくお洒落をして、結莉のマンションに向った。
車の中で、勘ちゃんに「おまえの顔がニヤケすぎて反省の色が全く見えない。修平は車で待機していろ!ボクが一人で行ってくる!」といわれ、あせって口元を一生懸命下向きに擦った…でも、どうしても結莉に会えることと、家に行けることを考えてしまうと、嬉しくて、すぐに口角が上がり、目元は垂れてしまう。
なんとか勘ちゃんに許しを得て、一緒に車を降り、結莉のマンションの下にまで来た。
すごいマンションだ。勘ちゃんと二人マンションを見上げた。
俺のマンションもそこそこいいと思っていたが、完璧違いすぎる…
世界が…ちがう。
結莉の部屋の番号を押した。
「はい」
「わたくし、リフィールのマネージャーの川中勘太郎でございます。一昨日はご迷惑をおかけいたしました」
勘ちゃんが、カメラに向かって、おじぎをしている。
そんなに深くおじぎしたら、カメラからはみ出て、相手に誰だかわかんないだろうに。
「お待ちしておりました。お入りください」
マンション入り口扉のロックが外れる音がした。
エントランスに入ると、コンシェルジュがあり、行き先の部屋を告げた。
コンシェルジュの人はチェックをし、「どうぞ、こちらへ」と、エレベーター前まで案内してくれた。ホテルのようだ。
俺のマンションなんて、一応管理人さんはいるけど、六時に帰ってしまうし、何の意味もないぜ。
などと考えながらも俺は、結莉に会える嬉しさでまた口角が上がって、勘ちゃんから蹴りを入れられ、「笑うなら泣け!」と、わけの分からないことを言われ、二の腕を抓られた。
「う~、痛いよ…勘ちゃん…」
「痛いくらいが丁度いいんだ!! 泣け!!」エレベーターの中で、ずっと抓られていた。
最上階の結莉の住まいは、エレベーターを降りると内玄関になっていて、ワンフロア全部が結莉の住まいだった。
勘ちゃんが、チャイムを押そうとしていたので、俺がすかさず先に押した。
「へへへ~、押しちゃったもんね、俺!」勘ちゃんから、グーが飛んできた。
ドアを開けてくれたのは、吉岡さんだった。
「わざわざお越しいただき、ありがとうございます」丁寧に吉岡さんは、頭を下げた。
「とんでもございません。お休みの中、お時間をさいていただきありがとうございます」勘ちゃんもいつも以上に、腰が低く、丁寧だ。
丁寧な二人だなぁ。
玄関を入り、リビングに通された。
リビングはすごく広く、オフホワイトを基調とした家具があってシンプルだった。
お金持ち特有のケバケバしさの全くない、落ち着いた静を感じる部屋だ。
「すぐに森原が参りますので、しばらくお待ちください。
お飲み物は何にいたしましょうか?」吉岡さんは、静かに訊いた。
「あっ、俺、紅茶!」
素直に言っただけなのに、勘ちゃんに頭を叩かれた。今日はこれで何回目だろう。
吉岡さんが、笑いを堪えているのがわかった。
「本当に、重ね重ね申し訳ございません」
勘ちゃんは、赤い顔で頭を下げていた。
「では、川中さんも紅茶でよろしいですか?」
「はい。すみません、ありがとうございます」勘ちゃんは、また頭を深く下げた。
勘ちゃんは、自分の頭を何回となく下げ、俺の頭を何回となく叩く…
吉岡さんが、リビングから出て行ったあと、キョロキョロと部屋をみた。
結莉の家だぁ、うわ~い。
辺りを見回す俺の頭を、無言のまま勘ちゃんは、叩き続けた。
すでにもう、何も言葉が出てこないというか、俺に何を言っても無駄だということに気がついたらしく…頭を叩くだけにした…らしい。
ドアが開いて、結莉が入ってくると勘ちゃんと俺は、ソファから立ち上がった。
「あっ、座ってていいですよ」笑顔の結莉は、軽く言った。
「本当に昨晩は、申し訳ございませんでした」
勘ちゃんは、床に頭がつくくらい頭を下げた。
「いいってば~」 結莉は、笑っている。
「あっ、どうもすみませんでした…」俺も頭を下げた。
「ぜんぜん、気にしてないし、本当にそんなにあやまらないでよぉ」
頭を上げつつ結莉を見た…かわいい…。
結莉は笑いながらも、頭を深く下げる勘ちゃんに困り顔だ。
今日は、最初に会った時とおなじに髪を下ろしてストレートだが、化粧はしていない。
そして、今日はハグがなかった…まぁ、仕方ないか…
勘ちゃんが、お詫びの印の菓子箱を渡すと、結莉は「あっ、ここのお菓子大好き~」と、素直に受け取ってくれ、「修平くんの寝顔、かわいいいね!」の結莉の一言で、俺は、舞い上がってしまった。
そうだった、結莉が、介抱してくれていたんだ。
く~っ、好きな人に介抱され(それも風邪とかのステキなシチュエーションじゃなくて、ただの酔っ払いだけど)寝顔を見られ、かわいいといわれ、うれしいけど、悲しい…複雑な気持ちだ。
吉岡さんが入れてくれた紅茶とお菓子をパクつきながら、いろいろな話をした。
時々、勘ちゃんに頭を叩かれたけど、俺は、ものすごく楽しかった。
「結莉って、…さんって、幾つなの?」
「おまえなぁ、女性に年齢を聞くんじゃない!」勘ちゃんに、また怒られた。
「あはは~私? 今二十七歳」
「へっ?」「えっ?」
マジかよ…。
「…なんか、変…かなぁ…」結莉は、困った顔になった。
「すみません、こいつと同い年くらいかと思ってたんで…」勘ちゃんが言った。
「げっ、マジ? へへ。うれしいなぁ。でも、そしたら私、何歳からこの世界にいることになるのかしら」
「じゃ、勘ちゃんとの方が年齢近いんだ、勘ちゃんね、三十」俺が言うと、吉岡さんと同じだと結莉が言った。
吉岡さんと勘ちゃんはタメだった。完璧勘ちゃんの方が老けている。
「勘ちゃん、おっさんだよ…吉岡さんと同級生というより生徒と先生みたいじゃん」
思わず言ってしまい、そしてまた、勘ちゃんからグーが飛んできた。
「修平くん、そういう時は、勘太郎さんって年齢のわりにはしっかりしていて大人ですね…っていうのよ!」
結莉にフォローの仕方を教わった。
「結莉さん…リフィールのマネージャーやっていると、特にこいつの面倒見てるとどんどん老けていくんですよ…」
勘ちゃんは、心なしか、寂しげに言った。
「わかります!!」吉岡さんが、いきなり勘ちゃんに握手を求め、うなずいた。
「わかりますわ。勘太郎さん! わたくしもです。このアホ結莉の面倒を見ているとどんどん肌の潤いをなくし、そして、青春を無くし、婚期をも逃し…わたくしの人生は、すさんでいくばかり…」
吉岡さんは、真剣な目で勘ちゃんに訴えかけていたが、当の本人、結莉は、あさっての方向を見て、首をポキポキ鳴らしている。
「ねぇ、これから予定あるの?」結莉が、訊いてきた。
「八時過ぎに、山崎さんのところに行って謝罪…」
俺は、打ちひしがれて言った。
「八時過ぎなら時間あるじゃない? 一緒に夕飯食べない?」
「そんな、」
「食べる!!」
遠慮する勘ちゃんの声を消すように、俺は大きな声で言った。
勘ちゃんの呆れた視線は無視した。
「じゃ、食べよう~。一緒に! その後、私も山ちゃんとこ行っていい?」
ええー! ずっと一緒にいられるじゃん!
俺は、もうデレデレで、勘ちゃんが俺に投げかける怒りの視線も、完璧に無視する事にした。
「私も山ちゃんに、詫びの一つでも言っておこう!」
「そうね、昨晩のことは、結莉にも責任があるわね」
吉岡さんのナイスアドバイスに、俺は、吉岡さんを好きになった。
「昨晩のことは、本当にうちの修平が一番悪いわけでして…」
勘ちゃんは、俺の頭を持って下げさせた。
「で、夕食は何にしましょうか、お二人は、何がお好きかしら?」
吉岡さんに訊かれ、俺が「やきにく!」と答えようとしたら、すぐさま勘ちゃんが、俺の口を押さえて、「おまかせします。こいつもボクも、好き嫌いはないので」と言ってしまった。
「じゃ、戸田さんのところにしようか」
戸田さんという人がやっている気軽に食べられるイタリアンのお店に連れて行ってくれるらしい。
六時に予約を入れ、勘ちゃんの車で移動した。
俺と結莉は、後部座席に座った。
…俺は、結莉と並んで座っていることにマジテレになり、うれしさのあまり少し目が回ってしまったが気を確かに!!と、自分に言い聞かせ、ずっと横を向いて、結莉を見ていた。
「…? どうした? 修平くん…私の顔に何かついてる?」
首をかしげた結莉が、これまたかわいい…ハグしてぇ…
「ゴホンッ!」
勘ちゃんの咳ばらいで、バックミラーを見ると、勘ちゃんが俺を、睨んでいた。
はいはい、わかってますよ…はぁー。
「結莉って」
「ゴホンッ」勘ちゃんの咳払いはうるさい。
「結莉さんって、彼氏いるの?」
「ゲホッゲホッ」
「だ、大丈夫ですか? 勘太郎さん」
吉岡さんが勘ちゃんを、心配した。
勘ちゃんはマジに咽たらしい。
「彼氏? まぁ~三、四人くらいかな?」
ええーーー!? き、聞かなきゃよかった…
今の俺には結莉の冗談など冗談に聞こえない。
「そ、そんなにいるんだぁ…。お、小沢さん…とか…?」俺は、思わず訊いた。
「修平! そんなプライベートなこと質問するんじゃない!」
バックミラーの勘ちゃんから怒られた。
「ははは~大丈夫よ、勘太郎さん」
結莉は勘ちゃんの方を見て言い、俺の方を向いた。
「小沢とは同じ地元で、小沢の方が年上だけど小学中学って同じ学校だったの。仕事でもたまに一緒になるから…仲はいいよ。友達として」
友達として…。
俺はこの言葉に安堵の溜息をついた。が、彼氏は三、四人いると言っていた。
そうなると誰だ! また余計な不安を抱えてしまった俺は、涙目で結莉を見つめ続けたが、俺の視線にいたたまれなくなったのか結莉は窓の外に顔を向けてしまった。