99.妖精鉱石
あれだけ広くしたにも関わらず、今となっては花畑も手狭に思えてしまう。
色とりどりの花の中、これまた色とりどりの妖精たちが所狭しと行き交う姿は、幻想的というより、圧倒的と言い表した方がしっくりくる。
華やかな光景に目を奪われている中、養鶏の世話へ行く途中のワーウルフたちが通りがかったので、オレは声を掛けた。
「なあガイア。確か、妖精って珍しい存在なんだよな?」
「そうですな。私もおとぎ話や文献上でしか聞いたことはありませんが」
「そっか。……ところで、いま目の前にいる妖精たちは、オレの幻覚とかじゃないよな?」
「ええ。私の目にも確かに見えておりますので」
「めっちゃいるよな?」
「めちゃくちゃおりますな」
事実は小説よりも奇なりといったところなのだろうか。それともココ本人に相当の求心力があったのか。
華麗に空を舞いながら談笑している妖精の集団を目で追っていると、今度はガイアが口を開いた。
「ところでタスク殿。後ろにいるグレイス殿は何をしておられるのですか?」
ワーウルフたちの視線が後方へ向けられている。家の影に隠れつつ、妖精たちを見つめるグレイスの存在には、とっくに気付いていたんだけど。
「ハァハァ……。美少女同士のイチャイチャというのも……なかなか乙なモノですね……。フフフ……、仰げば尊死ですよコレは……。おっといけない鼻血が……」
……なんて、鼻息荒く興奮しながらブツブツ呟いていたので、あえて見て見ぬフリをしていたのだ。
ただ一言、ガイアたちに「そっとしておくように」とだけ伝えていると、オレの目の前に近寄ってくる、空色のポニーテールをした妖精の姿が。
「やあ、ココ。楽しんでいるかい?」
「ごきげんよう、タスク。お陰様でみんな大喜びよ」
「それはよかった。それにしても随分集まったんだな」
「それはそうよ。最近は良質なマナを集められるところが急激に減ってきているし」
特に人間族の国にいた妖精たちは、戦争の影響で馴染みの場所が破壊され、マナが集められずかなり弱っていたそうだ。
「その点、ここは花からだけじゃなくて、土や樹木からも良質なマナが漂っているのがわかるわ。アナタの力かしら」
「さあ? どうなんだろうな?」
「もったいぶっちゃって。なかなか謙虚じゃない」
クスクスと笑いながら、ココはオレの肩に腰を下ろした。謙虚も何もオレ自身が、自分の能力を把握していないだけなんだよなあ。
ま、それはさておきだ。
「なあ、そんなにマナを集めるのが大変なら、妖精たちみんなが住めるような家を建てようか?」
いちいち大陸中を飛び回るのも大変だろうと思い、何気なく口にした一言だったんだけど。ココは心底驚いたようで、何度も目をぱちくりさせている。
「……本当に? ここで暮らしていいの?」
「別にいいよ。あ、でも、領地のみんな……、特にオレの奥さんたちとは仲良くするようにな?」
「わかってるわ! 私に任せなさい!」
声高らかに宣言し、ココは仲間たちのもとへと飛んでいく。やがて泡がはじけるように妖精たちの間から歓声が沸き起こった。
どうやら喜んでくれているみたいだ。そうと決まれば早速、妖精たち用の家を建てないといけないななんて考えている最中、ココは再びオレの目の前に近寄ってきた。
「みんな嬉しそうにしてたわ! さすがはタスク、私の見込んだジェントルマンね!」
「いや、そんなことは……」
「お礼といってはなんだけど、アナタにプレゼントしたいものがあるのよ」
「お礼? 気にしないでいいのに」
「なあに? レディーからの贈り物を受けとれないっていうの?」
「……喜んでいただきます」
「よろしい! あ、そこのワーウルフたちも一緒に来て。私たちをエスコートして頂戴」
まくし立てる妖精にガイアたちは呆気に取られているみたいだ。そりゃそうだよな。文献の中でしか知らない存在と、初対面でこんなこといわれても戸惑うだけだ。
ココはココで、北側の樹海に向かってどんどん進んでいくし。短い付き合いだけど、言い出したら聞かない性格なんだろうなあということは何となくわかるので、オレはガイアの肩をポンと叩いて、その後へ続くのだった。
***
鬱蒼とした樹海は相変わらず不気味だけど、不思議と恐怖心がないのはココやガイアたちがいるからかもしれない。
こんな深くまでくるのはアイラと狩りに来て以来だなあと思っていると、ココは羽を止めて、オレの肩へ腰を下ろした。
「タスク。その木と岩の間を調べてみて?」
目の前には大木とそれに寄り添うようにしている岩石が見える。言われた通りに腰をかがめ、雑草をかき分けていくと、やがて視界に捉えたのはピンポン球ぐらいのいびつな塊で、瑠璃色にきらめくそれに、オレは瞳を奪われた。
「綺麗だなあ。何かの宝石なのか?」
手に取ってまじまじと眺めている最中、感心したようにガイアが声を上げる。
「ほほぅ。妖精鉱石ですな」
「妖精鉱石?」
「強力な魔力を秘めた鉱石でしてな。『妖精の住処』という異名が付いておりますぞ」
妖精が暮らしていた場所に魔力の溜まりができて、それが固まって鉱石のようになるという伝承からその名が付いたそうだ。
「うーん、ちょっと違うわね。この石はあくまでマナが集まった際、自然に出来るものなのよ。私たちはそれを見つけるのが得意ってだけ」
「へえ。それじゃあ相当珍しいのかな?」
「珍しいも何も、タスク殿の持っている妖精鉱石ひとつで、獣人族の国では豪邸が三軒は建てられますな」
「さっ……」
思わずつばを飲み込んだ。はぁっ!? この小さな石たったひとつでっ!?
「宝石と変わんないじゃん!! もらえないって、そんな貴重なモノ!」
「いいのよ。だって私のものじゃないもの」
しれっと返すココ。……その価値に焦ってしまったけど、いわれてみればそうだよな。
「そうそう。自然の恵みだと思って、ありがたく頂戴しておきなさいな」
「うーん……。そういうことになる、のか……? ありがたくもらっておくけど……。ちなみに、どんな用途で使うんだ?」
「主に魔法武具の材料となりますな。妖精鉱石をあしらえた武具というのは、戦士や魔道士の憧れの的というものです」
大金をつぎ込んででも欲しい逸品だそうで、妖精鉱石を使った武具を持っているだけでも一流と認められるそうだ。はぁ~、聞けば聞くほどスゴイねえ……。
「そんなに貴重なものなのに、いまいち反応が薄いようだけど……?」
妖精鉱石を目の前にしても微動だにしないガイアたちへ問い尋ねると、『黒い三連星』はワハハハハと声高らかに笑い始めた。
「タスク殿! 真の戦士たる者、最後に頼るのは己の肉体っ!」
「我々、マッチョ道を追求する者! 武具などに頼っていては青二才もいいところっ!」
「磨き上げられた筋肉こそ、鋼よりも鋭く硬い! 何人たりとも傷を付けることなどできませんなっ!」
そうしてボディビルのポージングを始めるガイアたち。ああ、うん、平常運転で安心したわ。
「……ねえ、タスク」
「どうした?」
「薄々気付いてはいたんだけど、アナタの領地、変わった人ばかり住んでるわね……」
ヒソヒソと耳打ちするココへ、オレは軽く微笑んだ。
「安心しろ。そのうち慣れる」
***
妖精たちの家を作るのは予想以上に楽しかった。
なんといったら良いのか、ドールハウス的な? もしくはシルバニ○ファミリーみたいな? そういうちょっとしたオモチャのような感覚もあったのだろうか。
それはエリーゼやベルも同じだったようで、次々にこだわりの装飾品や家具、衣服が出来上がっていく。
「カワイイお人形さんにドレス着せるみたいで、テンションぶち上げだし☆」
そんなことをいいながら、猛烈な勢いで妖精たちの服を作っていくダークエルフ。領地にココたちが住むことを、ある意味一番喜んでいたのはベルかもしれないな。
そんなこんなであっという間に五棟、人数にして五十名は暮らせるミニチュアハウスが完成。ついでとばかりに花畑も更に拡張して、縦百メートル、横三十メートルの花畑は二面になった。
大方の妖精たちは喜んで暮らすことを選んだみたいだけど、中には大陸を飛び回っている方が性に合っている妖精もいたようで、最終的には三十体ほどが残る事となった。個人的にはそれでも十分な人数だとは思うんだけどね。
個人的に気になるのは、妖精たちと領地のみんなが仲良くやっていけるかどうかだ。初日のアイラとココのやり合いもあったし、折り合いが悪い人たちも出てくるんじゃないかな。
……なんて、そんな不安を抱いたのも杞憂に終わった。ココを始めとする妖精たちが、領地で一番に仲良くなったのは、他の誰でもなくアイラだったからだ。
***
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