89.相談事
しばらくして一通り状況が落ち着いた後、ハーフフットを集めたオレたちは今後の待遇について伝えることにした。
施設の収容人数の関係上、まず高齢者と子供のいる家族を優先して首都の施設へ移送し、準備が完了次第、残りを移送するというのがその内容なんだけど……。
先程の話から分かる通り、これはあくまで方便であり、残されたハーフフットたちはここで暮らすことになるわけだ。
……まさか異邦人について良い印象を抱いてもらうため、一緒に暮らしてもらうことになった、なんてことをいうわけにもいかないしな。
説明を受けたハーフフットたちは、衛生兵たちの案内で、窓の付いた巨大な長方形の施設に入っていく。その数、実に七十名。挨拶に訪れた長老が代表者として同行するようだ。
(……あれ? 移送するんだよな? どうやって運ぶつもりなんだ?)
そんなことを考えていると、ドラゴンに姿を変えた衛生兵たちが施設を抱えて空を飛び始めた。なるほど空中輸送するのかと納得すると同時に、ファンタジーの世界に憧れはするものの飛行機は苦手なので、できればアレに乗ることがないよう、オレは心の中で祈るのだった。
それはさておき。残されたハーフフットたちは三十二名。こちら側の代表を務めるという二人は、長老の側に付き従っていた若者である。
「領主様、先程は失礼いたしました……」
「ああ、いや。気にしないでくれ」
「お気遣い感謝いたします。私は長老の長男アレックス、こちらが弟のダリルです」
礼儀正しく頭を下げるアレックスは、若緑色の頭髪と瞳が印象的だ。対する弟のダリルは茜色の頭髪と瞳が印象的で、兄のアレックスと比べると、そこはかとなく落ち着かない印象を受ける。
「ダリル。お前も挨拶しないか」
弟の様子に気付いたのか、アレックスが促すとようやくダリルは声を発した。
「……よろしくお願いします」
「申し訳ありません。弟はいささか粗雑なところがありまして」
「いいんだ。慣れない土地で落ち着かないだろうからね。それにしても兄弟だからなのか、顔立ちはそっくりだな」
「ええ。我々は双子ですので」
へえ、双子か。生まれて初めて会う双子がハーフフットっていうのも、なんか不思議な気分だな。
妙なところに感心していると、アレックスは再び頭を下げて言葉を続けた。
「滞在中、皆様へご迷惑を掛けないように心がけます。短い間になるかと思いますが、何卒よろしくお願いできればと……」
うーむ。早々にここから出て行きたい気持ちが、言葉の端々からひしひしと伝わってくるな。どうしたもんかねえ?
「つまらぬ遠慮は無用だぞ? 不便があればタスクに何でも申すが良い!」
隣でジークフリートは豪快に笑ってるし。先に出発した人たちとは一緒に暮らせないんですよなんて言えないし、まったくもって気が重い。
やれやれと深いため息をつきたくなる衝動を必死に堪えたオレは、恐縮と遠慮と消極的の三拍子が揃ったハーフフットたちへ、我が家のように寛いでくれと伝えるのがやっとだった。
***
残された衛生兵を引き連れジークフリートたちは帰っていき、アレックスとダリルたちハーフフットは、当面の間、来賓邸で生活を送ることになった。
その日の夜。リビングで夕食を囲みながら、オレは奥さんたちへ相談を持ちかけることにした。内容はもちろん、ハーフフットたちのことだ。
王様からの話を伝え、どうすれば良い印象を持たれるだろうかと聞いてみたんだけど……。一様に、何を言っているのかわからないといわんばかりの眼差しをオレに向けている。
「別に、何もしなくてよかろう?」
「そうですねぇ。いつも通りで良いのでは?」
「ウンウン☆ タックンはそのままが一番だよ♪」
「ええ。ボクのタスクさんは普段通りが一番素敵ですから!」
揃いも揃って予想外の答えが返ってきたな。えぇー? 相談を持ちかけたオレがバカみたいじゃないか……。
「いつも通りっていうけどさ……。そういうわけにもいかないんじゃないか?」
「何言ってるのよ。わざとらしく優しく接せられても気持ち悪いだけじゃない」
すっかりと食事に同席することが当たり前になったクラーラが、呆れるような口調で応じる。
「第一、あのハーフフット連中が勝手に悪い印象持ってるだけなんでしょう?」
「そりゃ、そうなんだけど」
「それなら別に、アンタがどうこうしてやる義理なんてないじゃない。いつも通り、のほほんとしてればいいのよ」
白パンをちぎって口へ放り込み、それを飲み込んでからクラーラは続けた。
「大体ね、ああした方がいい、こうしたほうがいいって言ったところで、それを実行できるほど器用じゃないでしょ?」
「う……。ひ、否定はしない……」
「でしょー? それに第一印象が悪くても、付き合っていくうちに相手の良さが見えてくるもんなんだから。変に意識する必要なんてないのよ」
妙な説得力に、思わず息を漏らしてしまう。何というか、見た目は十五、六歳の女の子に諭されるというのも微妙な感じだけど、実際は年上なんだもんなあ。
クラーラの話に耳を傾けていた四人の奥さんも、その説得力に感心していたらしいが、それ以上に別のことを考えていたらしい。
「第一印象が悪くとも、相手の良さが見える、のぉ? まるで誰かさんのことを言っているようじゃが……」
「……は?」
「ええ、クラーラさんとタスクさん、お二人のことを話されているのかと」
「はぁ!?」
慌てたように席を立つクラーラへ追い打ちが掛かる。
「アハッ☆ そういえば、くらっちもここに来てから大分優しくなったもんねぇ?」
「だ、誰がっ!」
「いいんだよ、ボクたちに遠慮しなくても。クラーラがその気ならタスクさんに」
「ないない!! 私はリアちゃん一筋なんだからっ! 誤解しないでっ!」
「いや、もう、人妻だし……」
「何言ってるのよ、一層燃えるじゃない!! 人妻のリアちゃんなんて、鼻血モノよ、鼻血モノ!!」
そうして間もなく始まる、お馴染みの騒がしい光景。はあ……、結局はこうなるのか。
しかし、全員一致で普段通りにしてろと言われてしまったなあ。確かに、慣れないことをするのも逆効果のように思えるし、それなら素の状態が一番だろう。
ま、ダメならダメで、その時はジークフリートに泣きつけばいいだけだな、うん。そう考えると大分気持ちがラクになってきた。よしよし、明日からもいつも通りを心がけようっと。
***
――とは思ったものの、流石にハーフフットたちを放りっぱなしにするわけにはいかず。
翌日、オレは魔道士たちの家を訪ね、ソフィアとグレイスにそれとなく様子を見てもらえないか頼むことにした。
ある程度、見知った顔なら要望も伝えやすいだろう。ついでに居住する家のリクエストも探ってもらえないか伝えると、すっぴんノーメイクのソフィアが呆れたように呟いた。
「何というか……。たぁくんもお人好しねえ?」
「住んでもらうからには快適な環境を整えたいだけだって」
「どうだか? 一方的に悪い印象持たれてるっていうのに、そんなことまでしなくてもいいって、アタシなんか思っちゃうケドね」
対照的にしっかり身支度を調えたグレイスは、紫色の長い髪を軽く揺らして、ソフィアに応じる。
「まあまあ、ソフィア様。それがタスク様の美徳なのですから。そんなことをいうものではありませんよ?」
「面倒ごとを押しつけて申し訳ないが、グレイスもよろしく頼む」
「かしこまりました」
ニッコリと微笑むグレイスと、はいはいと雑に応じるソフィアの顔を眺めやりながら席を立つと、何かを思い出したように、ソフィアがあっと声を上げた。
「そうだ! たぁくんに聞きたいことがあったの!」
「……? 何を?」
「こっちきて!」
「は? ここでいいだろ?」
「いいから! こっちきて!!」
キョトンとした顔のグレイスを残したまま、女性とは思えない力強さで、オレは引きずられるように二階のソフィアの自室へと連れ込まれる。
そして、壁に背中を押しつけられたかと思いきや、顔のすぐ横へソフィアの腕が真っ直ぐに伸ばされる。いわゆる「壁ドン」ってヤツだなとか、そんなことを考えているうちに、不審めいた眼差しがオレを捉えるのだった。
「ねえ、たぁくん? ちょぉ~っと、教えて欲しいんだけどぉ?」
「な、なんだ? どうしたおい?」
「ついこの間から、アルフレッドさんが、妙にグレイスを気に掛けてるような感じなんだけどさぁ? 何か知ってるぅ?」
「はあ? そんなこと知るわけ」
……はい、思い出しました。そういえば結婚式の時、グレイスをデートに誘ってみるとかいってましたね、確か。ソフィアのために、よかれと思ってけしかけたのオレなんだけどさ……。
とはいえ、正直にそんなことを言えるはずもなく。オレは勢いよく首を横に振ることしかできなかった。
「知るわけないだろ? そんなに気になるなら本人に聞けっての」
「それができないから、たぁくんに聞いているんでしょぉ?」
蛇に睨まれたカエルの気持ちって、こんな感情なんだろうか……? ふと、そんな考えが頭をよぎったものの、その時間は短く、オレはすぐに解放された。
「……いいわ。たぁくんに嘘をつけるような器用さがあるとは思えないし」
……最近ホント、褒められてるのかどうかわからないことばっかり言われてるなあ、オレ。ま、いいけどさ。
「とにかく、何かわかったらすぐに教えて、ねっ!?」
「わかったっ! わかったよ!」
はあ、こっちでも頭が痛くなるようなことが増えるとは思ってみなかったな。人の恋路を邪魔する趣味はないけど、悪気はなかったとはいえ、オレがけしかけたようなもんだし……。それとなくソフィアのことをアピールすることに務めよう。
しっかし……。どう考えても領主の仕事じゃないよなあ、これは。まったく、どんな形にせよ、人付き合いは難しいもんだな……。
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