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76.夏の終わりと新種の作物

 二つの太陽が燦々と輝き、抜けるような青空は眩しく見える。


 異世界に来て初めて過ごす夏。日本と違って蒸し暑さはなく、むしろ、爽やかな日差しが肌に心地よい季節だった。


 冷夏なのだろうかと最初のうちは戸惑ったものの、アイラに聞いたら、夏場は例年このような陽気らしい。クーラー無しで過ごせるとか、天国のような場所だな。


 とはいえ、日中はやはりそれなりの気温になってしまうので、食材の保管には気をつけなければならないだろう。


 今回は財政を安定させることを優先し、収穫物の大半をすぐにアルフレッドを通して売り払ってしまったため、幸いにも、保管している物が腐ったりダメになったりするようなことは無かったが、来年以降は対応策を考えないとダメだな。


 夏の開拓作業を振り返ると、水道を整備できたという点が非常に大きい。屋内へのトイレの設置だけでなく、地中を通る上水道や下水道の送水管に関しては、領地のみんながほぼ総出で取りかかり、かなりの時間を費やしてしまったが、その労力と時間以上の価値はあるだろう。


 リア製作の消毒薬によって煮沸無しで水が飲めるようになり、蛇口をひねれば水が出るようになったのは、感動すら覚える出来事だった。


 領地のみんなも、龍人族と翼人族以外は蛇口の存在すら知らなかったようで、新種の魔法か何かで水を供給していると勘違いしていたらしい。そりゃそうか、仕組みがわからないと不思議に思うよな。


 各家庭に蛇口が備えられ、井戸から水を汲むという重労働から解放されたのは素晴らしい。気になったのはリアの作った消毒薬で、布の袋に様々な薬草やら鉱石っぽいものを詰め込み、それをいくつか作っては浄水池に放り込んでいたんだけど。


「なあ、リア。あの袋の中って、一体何が入ってるんだ?」


 説明もなしに、これを入れたら大丈夫ですとサクサク作業を進めるものなので、本人に尋ねてみたところ、淡い桜色のショートボブを軽く揺らして、リアは悪戯っぽく笑った。


「……知りたいですか?」

「うん、教えてくれるなら」


 そう答えるとリアは人差し指を口元に当て、軽くウインクをして見せた。


「エヘヘ……。ヒミツ、です!」


 うん、カワイイ。……じゃなくて! いやいや、中身教えてくれてもいいじゃない! そんなことを言われたら、ますます気になっちゃうでしょう?


 とはいったものの、リア曰く、薬学に関しては守秘義務が多く、王様といった偉い権力者が相手でも話してはいけないことがあるそうで。


「身体に悪いものは入っていませんので、安心して下さい」


 ……なんて、ニッコリ笑って言われてしまっては、オレとしてもそれ以上のことは聞けず。うーむ、中身を知るには薬学を勉強するしかないのか。


 下水道を担当していたクラーラも、汚物を分解する生物を作るといって、様々なものを詰め込んでいるであろう布袋をいくつも汚水槽へ放り込んでいたけれど、中身については教えてくれなかったしなあ。


「別に怪しいものは入ってないわよ」


 かぶりを振ったクラーラの、白藍色をしたショートヘアが軽く揺れる。


「簡単に言えば、あの袋の中に詰め込んだものの中から、目には見えない小さな生物が生まれて、汚物を食べてくれるって仕組みなの」

「あー、なるほど。微生物みたいなもんなんだな」

「……微生物? 何それ?」


 クラーラ自身、研究を重ね論文をまとめていたが、微生物という存在は知らなかったらしい。


 科学は得意ではないけれど、義務教育レベルの食物連鎖の話や、微生物が環境に及ぼす影響、または食物の作成にも使われていることを説明すると、途端にクラーラの瞳が輝きだした。


「アンタの世界って、そんなスゴイ知識が一般化してるの!?」

「学校でもある程度は教わるからなあ。専門的なことを知りたければ、自分で調べられる環境も整ってるし」

「羨ましいわね……。今ほど、異世界へ行きたいと思ったことはないわ」


 知的好奇心を刺激された学者の顔を浮かべ、クラーラは続ける。


「微生物、ねえ。気に入ったわ。今後はその言葉を使わせてもらいましょう」

「それはよかった」

「ところで」

「?」

「その、微生物を使った食物っていうの? それってどういうものがあるのかしら?」


 パンのイーストやチーズだけでなく、酒作りにも発酵は欠かせないはずなんだけど……。製造工程こそ伝わっているものの、どうやら原理については考えられていないようだ。


 そこで微生物と発酵についても軽く話をしたのだが……。この時の会話がきっかけで、後日、日本でお馴染みの、あの調味料が生み出されることに繋がるとは、この時のオレは夢にも思わなかったのである。


 それが作られるのは、これからずっと後のことなので、別の機会に話そう。


***


 食べ物の話題が出たので、それに関連した話を。先日、リアとクラーラにせがまれて構築(ビルド)した、いくつかの種子のことだ。


 米が食べたい一心で、穀物と掛け合わせて作った六種類の種子は、今までと同じく三日で成長すると思っていたものの、そのうちの四種類は枯れ果ててしまった。


 残念だが仕方ない。これまで構築して作った種子も、大半が同様に枯れてしまい、残りは既存の作物とほとんど変わらないものばかりだったからだ。


 遙麦や七色糖、イチゴが作れたことは幸運だったんだろうなとしみじみ思っている最中、残された二つの種子は幸いにも収穫できるまでに至ったのだが。


 まずひとつ目の野菜は、赤紫色をした長い芋がいくつも実っている、非常に見慣れたものだった。


「どこからどう見てもサツマイモだよなあ、これ……」


 地中から掘り出したそれらは、日本では秋の味覚の定番としてお馴染みにも関わらず、こちらの世界では存在していないものらしい。マジで?


「どうやって食べるんですか? これ?」


 一緒に収穫作業をしていたエリーゼには、一週間ほど待ってもらってから食べ方を説明することに。サツマイモに含まれる水分を抜いて、焼き芋を作ることにしたのだ。


 それからしばらく経って実演した焼き芋は、夏場にも関わらず大好評で、ねっとりとした食感の甘い芋は領地のみんなを魅了した。


 早速、サツマイモは増産していくことが決まり、そのための畑を広げていくことに。サツマイモなら保存も利くし、備蓄にもちょうどいい。何より旨いしな。


 問題はもうひとつの種子から育った作物で、一見すると、トウモロコシと何ら変わりない作物なんだけど……。


 細長い実をまとっている緑の葉を剥いていくと、中から出てくるのは、そうめんのように細長く、黄色い棒線が束状になった代物で。


 まるでトウモロコシのヒゲの部分だけが真っ直ぐ伸びて、トウモロコシの実の部分にとって変わっているような状態なのだ。


 多分、トウモロコシの種と何かを掛け合わせたことで生まれた作物なんだろうけど。


「……絶対に食えないやつだろ、これは」


 黄色の束の中から棒線を一本手に取って、軽く力を入れる。すぐにパキッと折れてしまったそれを見て、諦めがちにそう呟いたものの、オレはあることを思いついた。


(……あれ? 乾麺ってこんな感じだったよな?)


 食べられないという第一印象に抗いたいだけだったのかも知れない。黄色い束を家まで持ち帰ったオレはキッチンに向かい、鍋でお湯を沸かし始め、それらを投入した。


 程なくして麺状にほぐれ始めた黄色い束は、水分を含んだのか柔らかくなっていき、次第にスパゲティと何ら変わらない見た目に変わっていく。


(おいおい、本当かよ……)


 期待を胸に茹でるほど七分。ザルに空けた麺はスパゲティそのもので、その中の一本を手に取り、ドキドキしながら試食をしてみると、予想とは大きく異なった味わいが口いっぱいに広がるのだった。


「……この見た目で、味はトウモロコシってなんだよ、おい」


 そうなのだ。スパゲティならではの小麦の味わいがくるものだと思っていたのに、まさかまさかのトウモロコシ味の麺だったのである。


 慣れないうちは脳が混乱していたものの、こういう食べ物だと思えば、味自体に問題は無く、むしろ美味しく食べられるもので、顔を覗かせたアイラたちにも試食をしてもらったのだが、やはり好評だった。


「……どうやって作ったんですか、この作物」


 リアは目を丸くして、トウモロコシっぽい実の何かをまじまじと見やっている。むしろ、オレ自身がそれを知りたい。未知の作物を生み出すなにかが、構築(ビルド)の能力にはあるのだろうか?


 とにもかくにも、だ。美味しく食べられる事実には変わりないので、この作物も増産していくことが決定。実の部分である黄色い束状になった棒線は、乾燥していて保存も利きそうだしな。


 とはいえ、謎の作物のまま育てるのもどうかという話になり、安直ではあるけど、『スパゲティコーン』という名前をこの作物へつけることにした。……ネーミングセンス? わかりやすかったらいいんだよ!


 そうそう。畑作業をしていると、イチゴ畑の周りを見慣れない虫が飛び回っているのを見かけるようにもなった。


 害虫かなと一瞬怪しんだものの、他に作業していたみんなは気にする素振りを見せない。どうしてかと思ったものの、その疑問はすぐに解消された。


「あれはミツバチですよ」


 満足そうに養蜂箱を眺めながらロルフが口を開く。


「以前お話しした『家畜蜂』というものですね。ここを住処として定めたようです」

「おお。そうすると蜂蜜を期待してもいいのかな?」

「ええ、モチロン!」


 笑顔を浮かべる翼人族のリーダーはさらに続けた。


「あのミツバチが飛び交うのを見るようになると、夏も終わりだなあと実感します」

「そういうものなのか?」

「ええ。秋の始まりを告げる風物詩みたいな光景ですね」


 しみじみと語るロルフと共に、しばらくの間、蜂がイチゴの花を飛び回る様子を眺めることにした。色々なことがありすぎて、一瞬のうちに夏が過ぎ去っていったような気分でもある。


 異世界にきてから、初めての秋がやってくるのだ。

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