【書籍第二巻発売記念SS】始まりの時・クラーラの場合
「ねえねえ、クラーラ! 『七色糖』って知ってる⁉」
白衣をまとった幼なじみの無邪気な声に、私は内心、ため息をついた。……ついにこの時が来てしまったと思うと同時に、愛するリアちゃんに余計な情報を教えた相手は誰なのかと、恨みがましい気持ちでいっぱいになる。
もちろん、愛しのリアちゃんには何の罪もないので、表面上だけは努めて冷静に、
「あ~、なんか最近、話題になってるわね。見たことはないけど」
とだけ返しておく。
もちろん、『七色糖』どころか『遙麦』も知っているし、何だったら食べたこともある。ビックリするぐらい美味しかったし、その美味しさをマイスイートエンジェルであるリアちゃんと共有したい気持ちは山々だったのだけれど。
情報共有するにあたっては致命的な問題があって、いままで言えずにいたのだった。
「あっ! やっぱりクラーラも知ってたんだ⁉ ボクね、ついこの間、お父様からその話を聞いて……」
チッ! よりにもよってジークのおじ様が出所だなんて! まったくもって厄介な話をしてくれたもんだわ!
「……どうしたの? クラーラ、顔が怖いけど……」
「な、なんでもないのよ。そ、それでどうしたの、リアちゃん?」
「あ、うん。あのね、その『七色糖』っていうすっごく不思議な作物なんだけど、作ったのは異邦人なんだって!」
「へ、へえ~……。ソウナンダ?」
「うん! もう、ボク驚いちゃって! まさか本当に異邦人がいるなんて思ってもみなかったから……!」
「ソウダネ?」
「それでね? その人、タスクさんっていう名前らしいんだけど、あの『黒の樹海』を開拓してるんだって! 凄くない⁉」
「…………」
「どんな人なんだろうね? 会ってみたいなあ……」
マイプリティハニーことリアちゃんの顔が、恋する乙女のそれになっているのがわかる。それはそうだろう。昔から、リアちゃんの憧れは物語の中にだけ存在する異邦人だったのだ。
完璧とも言える伝説の人物。そういった相手を理想にしているからこそ、男どもが言い寄ってきたところで相手にしないだろうと高をくくっていたのに……!
よりにもよって、二千年ぶりに姿を現さなくたっていいじゃない!
異邦人の存在を教えてくれたのはお父様だった。
不思議な作物を育てていること、ジークのおじ様が異邦人をいたく気に入っていること。妻となるべき女性がすでに三人いて、さらにリアちゃんをそこに加えようと、ジークのおじ様が考えていること。
まったくもって冗談じゃないわっ! いくら王様が相手だって、私からリアちゃんを奪うだなんて許せる話じゃないわよっ!
それに、すでに三人の奥さんがいるんでしょ? ロクな男じゃないわよ、そんなヤツ! 十八人と結婚したお父様の前では口が裂けても言えないけどっ!
どうせ異邦人っていうのもウソなんじゃないの? 箔がつくとかそんなことを考えて自称しているに決まっているわ。きっと、裏があるに違いないのよ。
……暴いてやる。
サキュバスの能力を今こそ使って、その異邦人の本性をさらけだしてやるっ! すぐにボロが出るに決まっているんだから、そうしたらジークのおじ様やリアちゃんだって考えを改めるでしょ?
フフフ、待ってなさい、自称・異邦人! 私のリアちゃんに手を出そうとしたこと自体が罪なのよ! せいぜい悔い改めなさいな!
「……さっきからどうしたのクラーラ? ちょっと変だよ?」
「何でもない! 何でもないのよ、リアちゃん」
「もうっ、ちゃんと話を聞いてよね!」
再びリアちゃんの口から語られる、タスクとかいう男の話なんて、もちろん頭の中には入らない。
……もう少しだけ待っててね、リアちゃん。リアちゃんのその無垢な笑顔、私が守ってみせるんだからっ!
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