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289.本音

 白くなめらかな手があんこの顔に添えられている。


 ふわふわとした感触を楽しんでるのか、それともあんこが自らそれを望んでいるのかはわからない。いずれにせよ、あんこが心地よさそうに鳴き声を上げていることには変わりなく、そんな相棒を羨ましく思ったのか、しらたまは甘えるような声を発して、魔道士にすり寄っている。


「ふふ、お前も撫でて欲しいのか。そうか」


 マルグレットは目を細め、白い毛並みに手を添えた。初夏にしては穏やかな陽光が、麗人の顔をより柔らかいものにしている。


 会談の間、猜疑心と警戒心で作り上げられた精神的な甲冑を決して外そうとしなかった人物と同一人物なのだろうか。それほどまでに優しい眼差しが、二匹のミュコランに向けられている。


 ふと、マルグレットの手が止まった。しらたまとあんこの視線がこちらへ向いたことに気付いたらしい。つられるようにオレを見やった美貌の魔道士は会釈をして、ミュコランからその手を離した。


「みゅっ! みゅっ!」

「『もっと撫でて』って言ってますよ?」


 しらたまとあんこの鳴き声に促すと、やや困惑した表情を見せながらも、マルグレットはまんざらでもなさそうに再びミュコランたちへと手を添える。


「市場見学に向かわれたのでは?」

「……エリザベート様より、こちらを訪ねるよう命ぜられまして」


 護衛についていたカミラは数メートルほど距離を取ると、オレに向かって一礼した。こちらの声が届かない絶妙の位置だ。こういうさりげない気遣いに戦闘メイドとしての素質が備わっているのだと、つくづく感心を覚える。


「カミラ殿より教えていただきました。ミュコランという動物だそうですね?」

「ダークエルフの国固有の鳥だそうですよ。可愛いでしょう」

「ええ。このように愛らしい動物は見たことがありません」


 褒められたことを理解したのか、二匹のミュコランは揃って「みゅ!」と甘えた声を発した。


「そう。こちらの言葉がわかるのね。賢い子」

「みゅみゅ!」

「ふふ。できれば連れて帰りたいぐらいですが、きっとお許しいただけないのでしょうね」

「この子たちも家族の一員ですから……」

「ええ、言ってみただけです。どうかお気を悪くされないでください」


 麗人の魔道士はそう言うと、凜とした表情を軽くほころばせる。朗らかな口調は生来のものなのか、あるいはこれもまた心情を隠す一種の演技なのだろうかと判断に悩んでいた矢先、マルグレットは機先を制した。


「……ここは良き場所ですね」


 社交辞令か本音かの判断がつかず、返答に困っているオレを意に介することもなく、マルグレットは領主邸の門から外へ視線をやった。


「多様な種族が互いを尊重し、町中では領民の笑顔が絶えない。何より貧民窟(ひんみんくつ)のない領地など初めて見ました」

「はあ」

「恥ずかしながら、我が国では富の格差、人権と政治的不平等がまかり通るのが常です。ここフライハイトは、私が理想とする領地そのものだとも言えます」


 二千年前に『災厄王』が誕生し、それが大陸中を巻き込む大戦となって以来、魔道国は自ら鎖国を貫いているという話だ。閉鎖的な環境では不自由も多いだろう。


 ましてや国家の重鎮たる『五名家』の筆頭当主ともなれば、想像も出来ないような苦労を重ねているに違いない。外見的に同年代と思われる女性魔道士の心中を( おもんぱか)っていると、決意の色を滲ませた声が耳に届いた。


「だからこそ、家督を受け継いだ身として、私は成し遂げねばならぬのです。我が領地の再興を」


 ルビーを思わせる赤い瞳が燃えるように、ひときわまぶしく見える。


「それがひいては国家の繁栄をもたらすと、私は強く信じております。ならば手段は選ばないと心に誓ったのです」

「憎まれ役を買って出た理由はそれですか」

「演技力には自負があるのです。昨年まで歌劇団に所属しておりましたし、悪役を演じる機会も多かったですから」


 自嘲の陰りも美しく、オレンジ色のベリーショートをした魔道士は視線をミュコランへと戻した。寂寥の微粒子をまぶした呟きが宙に溶けてゆく。


「――家のため、民のためになるならば、どれだけ嫌われようとも憎まれようとも構わない。そう考えていたのですよ」

「しかし、王妃がそれを許さなかった」

「……お察しの通りです。領主殿と向き合い、きちんと話をするように、と」


 エリザベートにしてみれば、計画を立てた時点で、憎まれ役を引き受けるのは自分ひとりで十分だったのだろう。どこまで計算していたのかはわからないが、友人でもある魔道士の真意を理解して欲しいという気持ちも計画の内に含まれていたのかもしれない。


 いずれにせよ、技術提携を結ぶ者同士、いがみ合って別れるよりかは親睦を深めておくにこしたことはない。いっそ、ソフィアやグレイスを交えた上で、改めてお茶会を催すのはどうかと持ちかけてみたものの、マルグレットはこちらの申し出をやんわりと断った。


「ありがたいお話ですが……。妹にもグレイスにも、合わせる顔がありません。いまさら何を話していいものか」

「久しぶりの再会だったのでしょう? 積もる話があるのでは?」

「歌劇団にいたこともあり、私は長い間、家を空けておりました。血を分けた姉妹とはいえ、その関係は希薄なのですよ」

「…………」

「私などよりグレイスのほうが、あの子の姉としてふさわしい」


 それに、と付け加え、マルグレットは続ける。


「あの子たちも私には会いたくないでしょう。家督を継いだ実の姉など、厄介者でしかありませんよ」

「そんなことはないと思いますけど……」

「よいのです。新天地でいきいきとしている姿を見られただけでも十分ですから」


 強がりではなく、これは本音なのだと言わんばかりに、マルグレットは柔らかく微笑んだ。わからなくもないけれどと、複雑な気持ちを抱くオレを見透かしてか、美しい魔道士はやや強引に話題を転じた。


「私としては、その時間を使って領主殿に教えを請いたい。そう願っているのです」

「オレにですか?」

「ええ。開明的な領地運営ながら、他に類を見ないほどの成功を収めておられる。その極意をうかがいたいものです」


 好奇心に満ちた眼差しで、マルグレットはこちらを見やった。……極意、ねえ? 急にそんなこと言われてもなあ? これといってやってることなんぞ何もないし……。


「些細なものでもかまいません。何かしらのご助言を賜れれば」

「う~~~~~ん……」


 困った。マジで何も思いつかない。支えてくれる仲間に恵まれたってだけで、あとは成り行き任せというか、わりと流されるようにやってきたから、アドバイスしようがないんだよな。


 そうだなあ、しいて言うなら。


「しいて言うなら?」

「できるだけ楽をして暮らしたい、ですかねえ?」

「……は?」

「初志貫徹ってヤツです。信じてもらえないかもしれませんが、オレとしては領主の仕事は誰かに任せて、スローライフを送りたいと考えているんですよ」


 自分にはもったいないぐらいの自慢の奥さんが五人もいるのだ。堅苦しい仕事はほどほどにしておいて、キャッキャウフフと悠々自適に過ごしたい!


 ……そう考えていたはずなのになあ。いつの間にやら伯爵だもの。まったく世の中はうまくいかないものですよと吐息交じりで打ち明けたものの、返ってきたのは魔導士の高らかな笑い声だった。


「領主殿は冗談もお上手なのですね。せっかくの地位を放り出して隠居したいなど、常人は考えもしませんよ」


 あっはっは、冗談に聞こえましたかそうですか、本気も本気なんですよね(遠い目)。……はあ、どうしてこうなったんだかなあ?


「とはいえ、常人には思いつかない発想にこそ、領地運営の秘訣があるのかもしれません」


 マルグレットは笑いを収め、今度は思案顔を浮かべるのだった。随分と買いかぶってもらっているみたいだけど、そういう難しい話だったら、他に適任がいるのでそっちにお願いしたい。それでこそ、ニーナとかさ。


 あっ、そうだ。ニーナといえば……。


 天才少女の幼い顔を思い浮かべたオレは、あることを思い返し、ダメ元で麗人の魔導士に一つの提案を持ち掛けた。


「マルグレットさん、技術提携に加えて提案があるのですが」

「何でしょう?」

うちの領地(フライハイト)で、魔道国歌劇団の公演をしませんか?」

***

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