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274.つわりの終わり

 応接室をリフォームした寝室に足を運ぶと、すでにマルレーネは帰り支度を整えていて、オレを見るなり頭を下げた。


「今し方、診察を終えたところですわ。もう問題はないかと思われます」


 視線を横に動かした先では、ベッドに上半身を起こしたリアがはにかんでいる。


「エヘヘヘヘヘ……。ご心配おかけしましたっ! この通り、ボクなら大丈夫ですので!」


 淡い桜色のショートボブを軽くゆらすように、龍人族の妻は勢いよく右手を突き出すとVサインをしてみせる。確かに、この数日間とは比べものにならないぐらい顔色が良い。つわりって、そんな急に治ったりするものなのか?


「人ぞれぞれとしか言い様がありませんわね。徐々に治る方もいれば、リアさんのように突如として症状が治まる方もいらっしゃるので」

「いやあ、ボクもビックリですよ~! 目覚めたら、すっごく調子が良かったのでっ!」

「だからといってご無理をされてはなりませんよ? 滋養のある食事を召し上がって、体力をつけていただきませんと」


 一応、リア自身も医師なんだけど、釘を刺しておかないとムチャをしそうだと思ったらしい。穏やかに諭すマルレーネに、リアは「はぁい」といじけた口調で応じてみせた。


 ともあれ、落ち着いたのなら一安心だ。


 玄関先までマルレーネを見送ってから寝室へ戻ると、これ以上なくニコニコとした表情のリアがオレを出迎えた。


「嬉しそうだな?」

「だって、ようやくつわりが終わったんですよ? 嬉しいじゃないですかっ!」

「そりゃそうだ」


 頷くオレをベッドから見やりつつ、リアは手招きしてみせる。何事かとベッドサイドまで近づいた瞬間、「えいっ」と可愛らしいかけ声とともに、龍人族の妻はオレに抱きつくのだった。


 身体に顔を押しつけては、ぐりぐりと頭を左右に振っている。わずかに乱れる淡い桜色の髪を整えてやるように頭を撫でると、リアからとろけるような声がこぼれ出た。


「タスクさん……」

「ん?」

「……エヘヘヘ、呼んでみただけです」

「そっか」

「はい……」


 穏やかな時間が部屋の中を流れる。こうやって甘えてくるのも久しぶりだなと思いながら、オレは少しほっそりとした妻の身体を抱きしめた。


***


 それから少し経った後、寝室はちょっとした喧噪で満たされることとなった。


 喧噪の主はリアの幼なじみであり、職場の同僚でもあるクラーラである。背中に羽でも生えたんじゃないかと思うぐらいに軽い足取りでやってきたサキュバスの女医は、爛々というよりもギンギンといった眼差しを幼なじみに向けると、豊かな語彙と考えつく限りの表現力で褒め称え、さりげなくリアの両手をとっては力強く握りしめている。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!! もうっ!!!!!!!!!! ほんっっっっっっっっっとに心配したのよ、リアちゃん!!!!!!」

「あ、あははは……、ご、ゴメンね、クラーラ。ボクなら、もう大丈夫だか」

「何も言わないで!!!!! リアちゃん!!!! 私には全っっっっ部! わかっているから!!!!!」

「そ、そう?」

「あああぁぁぁぁぁぁ!!! 久しぶりのリアちゃんのご尊顔っ!!! あぁぁぁぁぁぁぁ!! 美しい……! 美しすぎる!!! これが母になるという変化なのね……!!!」


 はあはあと息も荒く、クラーラは興奮の面持ちでまっすぐにリアを見つめている。今すぐにでもベッドへ飛び込もうとしているサキュバスを制すようにオレは口を挟んだ。


「再会を祝しているところ悪いが、リアも体調がよくなったばかりなんだし、長時間の滞在はご遠慮願おうか」

「あら、アンタいたの?」

「いたわ、最初っからな」

「せっかく、リアちゃんで満たされた空間を満喫しようと思ってたのに……。邪魔しないでくれる?」

「やかましい、変態(クラーラ)。邪魔して欲しくなかったら、それに見合った行動を心がけるんだな」


 見張ってないと、何をしでかすかわかったもんじゃないからな、コイツ……。お腹の中にいる子どもに悪影響がないか心配になるよ。


 肩をすくめるオレに一瞥をくれてから、すぐにリアへと視線を戻したクラーラは、突然、閃いたような表情を浮かべては、わなわなと声を震わせて語り始めた。


「ちょっと待って……。リアちゃんの聖なる姿を見ていたら、とある言葉が頭の中に浮かんだわ……!」

「言葉だあ?」

「美しすぎるリアちゃんを褒め称えるのに、これ以上ない表現っていうのかしら……。とにかく斬新な表現を思いついたの!」

「ほぉ。まあ、一応拝聴しようか」

「ええっ! ぜひ聞いて頂戴! 私にも意味はわからないんだけど……! 『バブみ』……? ええ、バブみっていうのかしら!? とにかくそういうのをリアちゃんから感じたっていうか」

「オーケー。バブみね、了解した」


 ……うん、ダメだコイツ。長居させるとロクな事にならなそうだし、クラーラにはこの時点でお引き取りいただいた。抗議は受け付けませんっ。っていうか、病み上がりだっていってんだろっ⁉


 まったく、リアが妊娠したところで変態(クラーラ)の平常運転っぷりは変わらないな。いつも通りだと安心するべきなのか、不安に思うべきなのかはわからないけどさ。


 ……ジゼルがこの場に交じっていたらどうなっていたのか、考えただけでも怖くなるけど。同行してこなかったのは、彼女なりに気を遣ってくれたんだろうなと考えようじゃないか。基本、いい子だしなあ。


 とにかく。


 つわりが治まったとはいえ、リアにはしばらくの間ゆっくり過ごしてもらおう。本人はすぐにでも働きたいと熱望していたけれど、体力が落ちているだろうし、当面は体調管理に努めてもらいたい。しばらくは様子見でいいんじゃないかな。


 しかしながら、本来じっとしているという性分でもない龍人族の妻は、部屋にこもるのを極端に嫌がり、翌日から散歩がてらオレの作業の見学にやってくるのだった。


 リアの側に連れ立っているのはアイラで、歩調を合わせる姉妹妻の光景は見ていて微笑ましい。愛する二人の妻を見やってから、オレは気合いを入れて新たな仕事に取りかかった。例の新作作物の専用畑を耕すのである。


 三種類育てるとなれば、かなりの面積を設けなければならない。牛も買っちゃったし、ここでしっかり稼がなければ。


 『再構築(リビルド)』の能力を駆使しながら、畑仕事に従事していることしばらく。上空から赤い真紅のドラゴンがやってくるのを視界に捉えた。しかも二体。


 一体は見慣れた姿で、おそらくはゲオルクだろうけど……。もう一体は誰だ?


 やがて地上へ降り立つドラゴンたちのもとへ向かいながら、オレは間もなく、予期せぬ来客に驚きを覚えることになるのだった。

***

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