271.図書館建設(後編)
結婚したから多少は落ち着くと思っていたんだけどねえ? ソフィアの残念っぷりたるや、さらに磨きがかかったようだ。クラウスがいたら泣くぞ……いや、泣かないか? 「自由でいいじゃねえか」とか言いそうだもんな、アイツ。
思わず頭を抱えそうになったものの、流石にこれではいけないと空気を察したのか、良識を弁えたほうの腐女子であるグレイスが口を挟んだ。
「タスク様。そのマンガですが、図書館が完成した暁には公共図書として陳列なさいますか?」
「公共図書?」
「はい。マンガは販売物ですが、領内においては子ども向けの教材として学校教育に使われております。であれば、公共図書として所蔵しておおくのもよろしいかと」
「そうだな。いろいろな書籍があったほうが利用者も増えるだろうし、それがいいだろうね」
堅苦しい本ばかりが並ぶよりかいいんじゃないかとニーナに意見を求めると、宝塚ショックからようやく立ち直ったらしい才媛は、我に返ったように平静さを装いつつ、慎ましく同意を示した。
「マンガは識字率の向上にも繋がっているようですし、学術的にも意義があると思いますわ。お兄様がお認めくださいましたら、私としても図書館に所蔵したいのですけれど」
「よし、決まりだな」
ニーナにばかり負担を強いるのも申し訳ないしな。こちらが用意できるものならマンガでもなんでも揃えようじゃないか。「なんでも」って言った瞬間、ソフィアの目が輝きだしたけど、あくまで全年齢対象のものだけだからな!
というかさ、そんなボケに付き合うためにお前を呼んだわけじゃないんだって。図書館の設計にあたって意見をもらうために集まってもらったんだってば!
原稿を催促しているマネージャーにも悪いし、早いところ打ち合わせを終わらせなければっ!
明らかに不服そうなソフィアはさておいて、各々からアイデアをもらいつつ、図面を起こしていく。で、話し合いの結果、一般住宅が二戸入るかどうかという、図書館にしては狭い敷地面積に、三階建ての建造物を作ることが決まった。
もう少し広くてもよかったのではと思ったが、所蔵する書物が少ないこと、運用が煩雑になっても困ることなどが意見として挙げられ、それを考慮した上での判断である。
一階に閲覧可能な書物を陳列し、二階部分はレクリエーションルームとして活用する。三階は原書を管理する書物庫だ。直射日光による紙焼けを防ぐため、あえて日当たりの悪い間取りを設計した。さほど凝った作りでもないし、オレの構築のスキルがあれば、二日ぐらいで完成するだろう。
残った問題は、図書館を管理する館長を誰にするかということなんだけど。アルフレッドの補佐を任せる以上、ニーナに担当してもらうわけにはいかないしなあ。
「たぁくん! アタシ! アタシがやるわよぅ!」
ハイハイッと勢いよく手を挙げたのはツインテールの残念な魔道士で、オレはため息交じりにその申し出を断った。
「バカ言うな。チョコレート工房に魔法石の製造、マンガの執筆まで任せてるんだぞ? これ以上仕事を押しつけられるかっての」
「大丈夫大丈夫! 天才魔道士と言われたアタシだもの! ぜーんぶ完璧にこなしてみせるわよぅ!」
「わかったわかった。そこまで言うなら、まず目の前の課題を片付けてもらわないとな?」
「へ?」
ソフィアの肩越しに視線を送ると、後ろに控えていたダークエルフとグレイスは示し合わせたように歩み出て、ソフィアの両腕を力強く抱きかかえた。
「すべてを完璧にこなしてみせるという先生の心意気、感服いたしました!」
「打ち合わせも終わりのようですし、あとはソフィア様に執筆を進めていただければ何の憂いもございません!」
「ちょ、ちょっと待っ」
「さ、先生! 原稿やりますよ、原稿!」
「え? そ、その、げ、原稿は」
言い終えるよりも早く、二人に引きずられながらソフィアは執務室を後にする。去り際に廊下の奥から「クラウスさんに言いつけてやるんだからねぇ!」とか聞こえたけど、たぶん気のせいだな。
「……お兄様。館長の任命につきましては、私に考えがありますの」
半ば呆気にとられる眼差しで三人を見送ってから切り出したのはニーナで、姿勢を正しつつ、さらに言葉を続けてみせた。
「実は推薦したいお方がおりまして……。図書館が完成した際には、その方に館長をお願いできれば幸いですわ」
ニーナが口にした名前は、意外というより納得できる人選で、なるほど引き受けてもらえるならお願いしようと、オレは早速その人物を呼び寄せることにしたのだった。
***
――それから数日後。
「ハッハッハー! 聞いたよ、タスク君! 図書館が出来るそうじゃないかっ!」
完成したての図書館に書籍を運び込んでいる最中、颯爽と登場したのはファビアンで、貴公子さながらに前髪をかきあげてポーズを決めてみせる。
「……出来るそうじゃないかっていうか、お前の目の前に建っているのがその図書館なんだけど」
「これがかい? 図書館にしては随分と小さいし、なにより優美さに欠けるじゃないか?」
「図書館に優美さを求めなくていいだろう?」
「いや、求めるべきだっ! というより必要不可欠だねっ! なぜならばっ!」
キラッと白い歯を覗かせつつ、ファビアンは両腕を高く上げ、そしてそのまま胸元でクロスさせた。
「ボクの愛する妻である、フローラが館長を担うのだろう⁉ であれば、それにふさわしい建造物を用意するべきだとっ! キミはそう考えなかったのかいっ⁉」
そうなのだ。ニーナが図書館長として推薦した人物、それがフローラだったのである。
ヴァイオレットと長年暮らしをともにしていたこともあり、書籍の扱いに問題はない。しかも夫人会からの信頼も厚い。それはニーナにとっても同様らしく、
「フローラお姉様であれば、私も安心して書籍をお任せできます!」
と、お気に入りの歌劇団を語る時と同じぐらいの熱量で推挙をするのだった。……うーむ、フローラ人気恐るべし。
そんなわけもありフローラへ相談したところ、そばかすの残るあどけない顔に恐縮の微粒子をたたえて「私で良ければ」と引き受けてくれることになった……までは良かったのだが。
「ただし、ファビアンさんから許可をいただければになりますが」
なんて具合に条件を出されてしまい、夫であるファビアンに相談を持ちかけようと思ったものの、当の本人は商談をまとめるためにハイエルフの国へ出かけているそうで、いつ帰ってくるかはわからないらしい。
それでは仕方ないと、領主直々の任命という形式で、フローラに図書館長を任せたのだった。ファビアンにしてみれば完全に事後承諾の形である。文句を言われても仕方ない。
「いや、任命について不満はないさ。家庭に収まっているような器ではないからね、フローラは」
「そう言ってもらえると助かる」
「ボクが言いたいのは、こんな殺風景な図書館など言語道断ということだよ! せめて外観ぐらい、もう少し派手に出来なかったのかい?」
精霊の彫刻像を飾るとか、大理石の外壁を設けるとか、もっと工夫があったはずだと力説するファビアンをなだめすかし、次に似たような施設を建てるときは努力するよと応じてみせる。
するとファビアンは何かを閃いたようで、再びキラリと白い歯を覗かせると、とある提案を口にした。
「であれば、タスク君! 次は美術館を建てるのはどうかな⁉」
「美術館? 建てたところで展示するようなものなんかないぞ?」
「ダークエルフたちの作る水晶の工芸品があるじゃないか! あれだって立派な美術品だよ!」
……まあ、言われてみれば確かに。でもなあ、どちらかといえば展示するより交易品として売り出したいからなあ。というより、現状、美術館を建てる必要性なんて特にないだろ?
「何を言うんだ、タスク君! 真の美を追究する者同士、ボクたちはわかりあったはずだろう⁉ 常日頃より、美しいものを眺めることで、感性や審美眼を養う! その重要性に気付かないのかいっ⁉」
わかりあったつもりは毛頭ないんだけどなあ。まあ、百歩譲って水晶の工芸品はいいとしよう。でもそれだけだったら、美術館としては正直寂しいというか。
「わかってないなあ、タスク君! 同じぐらいの芸術性を秘めたものが、ここフライハイトにはあるじゃないかっ!」
首をかしげるオレに、ファビアンが取り出したのはセクシーな形状をしたマンドラゴラで、右手にM字開脚、左手に女豹のポーズをしたそれを握りしめては天高く掲げると、ひときわ声を高くした。
「これこそがっ! 真の美っ! このマンドラゴラを展示することで究極の美術館が完成するのだよっ!」
恍惚とした表情を浮かべているところ申し訳ないが、マンドラゴラが陳列する光景は、さながら日本でいうところの熱海にある『秘宝館』を彷彿とさせるわけで……。一歩間違えればモザイク間違いなしの代物を展示されてたまるかっ!
というわけで、領主権限で即却下しておく。これも子どもたちの教育を考えた上での判断なので、悪く思わないように。
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