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260.牧場の拡張(後編)

 ここで商業都市フライハイトが、現在、どのような領地を形成しているか話したい。


 市場を中心部にして真上から見ると、アルファベットの『C』が形状としては最も近く、東部の空いた空間には水路が敷かれている。


 中心部から北と東西には、交易路を兼ねた大きな街道が伸びていて、各国からの往来に欠かせない役割を果たしている他、領民たちの生活路となる道がそれぞれの方角に張り巡らされているのだ。


 唯一の例外は『C』の文字の底辺、つまり領内でいう南部にあたる場所で、海辺に面したこの土地だけは故意に他からのアクセスが悪くなっている。


 なんでまたそんな風になっているのかと聞かれれば、南部周辺の土地はオレがこの世界にやってきて開拓を始めた場所であり、領主邸だけでなく、外部との接触を嫌がる妖精たちが生活を送る空間で、ガイアなどに言わせれば、


「無用なトラブルの種など避けておくに越したことはありません。防犯上、隔離しておくのが一番ですな」


 ということらしい。


 まあ、もっともな話だし、オレ自身、静かな生活を邪魔されたくないという気持ちもあって、とりあえずはアクセスが悪くてもいいかなあと思ってはいたんだけど。


 裏を返せば、どこへ行くのも不自由極まりないという事実に直面するわけで……。市場付近へ建設した行政府へ足を運ぶのも、いちいち億劫だったりする。


 ましてや、新たに開拓する場所へ足を伸ばすとなるのは大変の一言で、北西部へ設けた牧場の拡張予定地へ辿り着くのも一苦労なのだ。


 そんなオレの気持ちを察したのか、しらたまとあんこ、二匹のミュコランが「自分にまたがって移動すればいい」とせついてくれる。いやあ、いい子たちだなあ。


 ……うん、いい子たちなんだけど。


 想像以上に脚が速いんだよね、しらたまもあんこも。乗ってるだけでめちゃくちゃ怖いんだわ。マジで乗用車レベル。体感で時速三〇キロは出てるんじゃないの?


 ただ、ここで終わらないのがしらたまとあんこの良いところで、「みゅっ!」という鳴き声とともに、スピードの加減を覚えるようになってくれた。いやあ、二匹とも賢いわ。


 そういったわけで、女騎士からの羨望の眼差しを受けながら、ミュコランたちにまたがったオレとアイラは、いざ開拓へと出かける日々なのだ。


 領地北西部、つまり『C』でいうところの左上を少し越えた付近が新しい牧場の建設場所になる。エリーゼの精霊魔法で周辺を切り拓いてもらったあとは、構築(ビルド)再構築(リビルド)のスキルを駆使して整地や資材の確保に奔走し、ようやく本格的な作業に取りかかることが出来た。


 以前、乳牛用の牛舎を建てた経験もあり、今回はそれの規模を大きくしただけなので作業自体は簡単……なんだけど。広大な敷地へ柵を設けたりするのはやっぱり手間がかかるもので、しらたまとあんこが資材を乗せた荷車を引いてくれなければ途方に暮れるところだった。


 同行しているアイラはといえば、「おぬしを護衛する役目があるから」と言って、早々に労働を拒否すると、日当たりのよい場所を確保しては座り込んで、あくび交じりに頭上の猫耳をぴょこぴょこ動かしている。気楽なもんだなあ。


 本来ならガイアたちに護衛を頼みたかったんだけど、警察機関を束ねるワーウルフは急拡大する都市の治安維持に奔走していて、とてもじゃないけれど無理はいえない状況なのだった。そちらの方面も人員を確保しないといけないな。


「そもそもじゃ、いまさら牛など育てんでもよかろう?」


 草原へ横向きにごろんと寝そべったアイラは片肘を立てて手のひらへ頬を乗せると、だらんと尻尾を横たわらせて、つまらなそうにこちらを見やっている。


「肉が欲しければ、私が狩りをしてくるというに。その方が手っ取り早いではないか」

「それだよ、まさにそれが問題でな」


 狩猟や養鶏だけでは急増した領民すべてに肉を供給するのは、現状、厳しい。そもそも冬場は狩りが出来ないし、羊は羊毛という副産物があるので食卓へ並ぶ機会も少ない。


 さらに言えば、今後、継続的に狩猟を行ったとして、樹海の生態系がそれに耐えられるかどうかも定かではない。


 乱獲の結果、悲惨な結末が待っているとも限らないしな。スピアボアや十角鹿ですら、樹海の豊かな恵みに一役買ってくれているわけだし。


「それにだ。そもそも、そういった害獣の狩猟には大人が数十人必要だっていうじゃないか」

「私やガイアであれば、ひとりでも十分じゃがの」

「誰もが誰も、お前らと一緒だと思うなよ」


 そうなのだ。アイラのような武芸に秀でた達人が身近にいるせいか、ついつい忘れてしまいそうになるけれど、本来狩猟にはある程度の人員を確保しなければならないのである。


 単独で不用意に樹海を歩き回るのは自殺行為に等しく、ましてや魔獣などに対面したとあっては命がいくらあっても足りないのだ。


 ……とまあ、もっともらしい口上を垂れたところで、私情を挟ませてもらえば、今後、アイラには狩りへ出て欲しくないといった気持ちもある。


 そう漏らしたオレに不審の眼差しを向けて、猫人族の妻は異を唱えた。


「なんじゃと。おぬし、まさか、私の技倆に疑いを持ったわけではあるまいな?」

「違う違う、そうじゃなくて」

「だったらなんじゃというんじゃ」

「これから先、お前が身ごもるようなことがあったら、狩りに出るのは危ないだろう?」

「…………」

「リアが妊娠したんだ。アイラだってその可能性はあるんだし、そういった意味でも側にいてもらわないと困るというか」


 言い終えるよりも早く、翡翠色の大きな瞳をキラキラと輝かせ、アイラがオレに飛びついてくる。


「うわっ! いきなり危ないな!」

「ぬふふふふ~。そうかそうか、私が側にいないと困るか。仕方のないやつじゃのう」


 ご機嫌な口調で猫耳をぴょこぴょこ動かすアイラ。しっかりとしがみついて離れない、妻の長く美しい栗色の髪を撫でながら、オレは息を吐いた。


「ま、そういったわけなので、牧場の拡張は必要なんですよ、アイラさん。ご理解いただけましたかね?」

「よかろう! 私もしかと理解した! そうとなったらとっとと作業に取りかかるのじゃ」

「……少しは手伝ってくれてもいいんだぞ?」

「それは断るっ」


 キッパリと断言し、アイラはなおも身体から離れようとしない。このままじゃ作業が出来ないんですけど、それはいいんですかねと思いつつ、諦めがちに空へと視線を向けたその時だった。


 真紅の体躯を筆頭に、数頭のドラゴンが領主邸へ向かっていくのを視界に捉えたのだ。

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