249.名物
大根を彷彿とさせるフォルムに、能面を思わせる表現し難い表情。
特産品でもあるマンドラゴラの形状を忠実に再現した金型を手に、オレは製紙工房へと足を向けた。
ランベールへ金型を変更するよう指示を出した、クラウスを問い詰めるためである。
そもそも、だ。丸い形をしているからこそ、『今川焼き』として成立し、手頃なおやつとして親しまれるのであってだな。
奇妙な植物を模した焼き菓子なんぞ、気味悪がって誰も手に取らないだろう。こどもが泣き出したとしてもおかしくない。
言いたいことは山ほどあるけど、とりあえず、「何を勝手な真似をしてくれてたんだコラ」という文句だけは伝えなければっ!
そんな思いで製紙工房に乗り込んだオレを、ハイエルフの前国王は怪訝な面持ちで迎え入れた。
「なんだ、タスクじゃねえか? どうしたよ、そんなおっかない顔して……って、おっ! 頼んでたやつ出来たんだな!」
持参した『マンドラゴラ焼き』の金型へ視線を転じ、クラウスは満足そうに頷く。
「ウンウン。俺の注文通り、いい出来に仕上がったじゃねえの。どうだよ、タスク。ウチのマンドラゴラが再現されて最高だろ!?」
「最高だろ、じゃないって! なんでこんな形にしたんだよっ!」
大きな声に、工房内で作業中の領民たちが振り返る。……悪い悪い、こっちの話だから、気にしないでくれ。
「いきなり怒鳴るなよ。びっくりするだろが」
耳の穴をほじりながら、クラウスは顔をしかめる。
「お前が怒鳴られるような真似をするのがいけないんだろ?」
みんなの作業する手を止めないように、今度は小声で。必要以上に気を遣ってしまった結果、ヒソヒソ声になってしまったけど。
ともあれ、金型の形が気に食わないという意図は伝わったようで、話はわかったと言わんばかりに、クラウスはオレの肩をぐっと引き寄せた。
「勝手に変更したのは悪かったよ。でもな、タスク。これも立派な戦略なんだって」
「戦略だぁ?」
「おうよ。市場が開いた後のことを色々考えた結果、この領地には致命的に足りないものがあるって気付いたのさ。……何だと思う?」
「……さあ?」
「ったく、少しは考えてくれよ。お前さん、領主だろうが」
肩を離し、ハイエルフの前国王は仰々しく頭を振ってみせる。もったいぶらずに教えろって。
「いいか、よく聞けよ。それはな……」
「それは?」
「名物だよ、め・い・ぶ・つ!」
「はぁ?」
遠方からやって来る人々にとって、行く先々で味わえる料理は、長旅の楽しみといっても過言ではない。
にも関わらず、多種多様で豊富な食材の産地でもある商業都市フライハイトは、これといった名物料理がない。
長旅から帰った後、フライハイトで食べたあの名物が美味しかったなど、口コミで評判が広がれば、商人ばかりでなく、いずれは観光客の来訪も期待できるだろう。
人が多く集まれば、それだけ都市は発展する。そのための準備として、名物を打ち出しておく必要があるのだ。
……と、こんな具合に力説するクラウス。考え方としては、ヴァイオレットたちのぬいぐるみに近いな。
とはいえ、だ。
根本的かつ重大な疑問が残るワケで……。
「だからって、マンドラゴラを推す理由はどこにもないだろ? ここにはチョコレートもワインもあるんだし……」
「チョコレートの原材料はダークエルフの国から仕入れてるだろ? 品質は別として、ワインも大陸中で飲めるしよ」
「から揚げはどうなんだ? 一応はこの土地が発祥だぞ?」
「バカ言うな。から揚げを名物にして、レシピを独占しておくつもりか? 大陸中に広まってもらわないと、オレが旅先で食えなくなるだろうが」
いや、それはお前の都合じゃんか。至って普通の料理だし、広まってくれるのは大歓迎だけどさ。
「それに比べてマンドラゴラはいいぞ? なにせこの土地で栽培している代物は、形も質も一味違うからな! 一度手に取れば、記憶に残ること間違いなしって寸法よ」
マンドラゴラ愛好会の会長をも兼任しているハイエルフは、自信満々に言い放つ。
言ってることはなんとなく理解できるけど……。でもさ、この形だよ? 名物だとしても、食欲を減退させるフォルムだと思うんだよなあ?
オレが懸念を口にすると、安心しろよと言わんばかりにクラウスは胸を張った。
「そのへんは抜かりねえよ。すでにロルフに話を通してあるからな。食欲を刺激して、なおかつ滋養強壮にもいい代物を菓子工房で開発中さ」
聞けば、マンドラゴラの粉末を混ぜた生地で、冷めても美味しく、日持ちもするよう、翼人族たちが鋭意研究を進めているそうだ。仕事が早いな、おい。
「マンドラゴラ入りの菓子なんぞ、大陸中どこを探したって無えぞ? 一口食えばマナも漲るっ! 大ヒット間違いなしだな!」
「ホントかよ……? 今川焼きみたいな丸い形が無難でいいと思うんだけどなあ」
「丸い形の焼き菓子なんざ、面白くもなんともねえだろ? 名物ってのは見た目のインパクトで惹きつけねえとダメなんだよ」
とにかく試しに売ってみようぜという言葉に押され、市場横へ『マンドラゴラ焼き』の売店を建設し、しばらくの間、売れ行きを見守る方針に決めたんだけど……。
後日、市場が開業してからというものの、ミュコランのぬいぐるみとともに『マンドラゴラ焼き』は大ヒット。
評判が評判を呼び、『気軽にマナを摂取できる焼き菓子』は、連日、長蛇の列ができるほどの盛況ぶりだった。
中に何も入っていないプレーンだけでなく、あんこ、カスタード、チョコレート、チーズといった具材の他、タルタルソースとから揚げの入ったマンドラゴラ焼きも人気だ。
これに気を良くしたクラウスが、「色んな形のマンドラゴラ焼きを作ろうぜ!」と、例の『セクシーマンドラゴラ』を寸分の狂いなく忠実に再現した金型を製作。これまたひと騒動を巻き起こすことになるのだが。
それはもう少しだけ、未来の話……。