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228.移住希望者・ダークエルフの場合

 執務室へ姿を表したイヴァンは、端正な顔に疲労の色を滲ませ、開口一番、突然の来訪を詫びるのだった。


「申し訳ありません、義兄さん。事前の連絡もなく、大挙して押しかけてしまいまして……」

「それはいいけどさ。移住希望者ってどういうことだ? ここ最近、移住については話題にもしてなかったろ?」


 立ちっぱなしの義弟へ腰掛けるように薦めると、イヴァンは疲れきった身体をソファへ預け、躊躇いがちに口を開いた。


「事の始まりは、先日の披露宴まで遡るのですが――」


 移住希望者が訪れた理由、それはこういうことらしい。


 披露宴が終わり、マンガなどを手土産に国へ戻ったイヴァンは、まず長老会へ報告に向かった。


 商業都市フライハイトが開明的な法を制定したことや、それによってマンガなど独自の芸術分野が形成されつつあることなどを話し、今後、交易上の重要地としてますます発展していくだろうという展望を、長老たちへ伝えたそうだ。


 そこまではよかった。問題はここからで。


 オレが制定した三点の法のうち、『同性婚の認可』について感銘を受けた住民が、突如としてフライハイトへ移住すると宣言し。


 それに続けとばかりに、今度はマンガに感動したという住民が、自分たちもマンガを作りたいと、これまた移住を宣言した、と。


 ……で。先方と交渉するからしばらく待つようにというイヴァンの説得には耳を貸さず、勝手に国を抜け出して現在に至るらしい。


「段取りさえ整えば、遅くとも年初までには移住を実現させると伝えたのですが……。受け入れてはもらえず」

「どうして移住を急ぐ必要があったんだ?」

「それがですね、移住を申し出た住民の一部が自分は同性愛者だと告白しまして」


 なるほどねえ……。なんとなく理解はできる。自分を偽って生きるのは辛いよなあ。


 同性愛が普通と認められている土地があるなら、すぐにでも移り住みたいのが心情だろう。


「長年、その事実を隠していたそうなのですが、これ以上はどうしても耐えきれなかったと」

「そうだろうな。権力者の身内であるジゼルが厄介者扱いされてたんだ。そんな環境じゃ打ち明けようにも、打ち明けられないだろ」

「ええ。国政に携わる身としては、耳の痛い話ですが……」


 ドアをノックする音が響き渡り、執務室に現れたカミラが紅茶を淹れ始める。


 間もなく漂い始めた香気が鼻孔をくすぐる中、オレはソファの背もたれへ寄りかかり、苦渋の面持ちを浮かべる義弟に問いかけた。


「で? 今回の件、長老会はなんて言っているんだ?」

「怒りの声と困惑の声が半々と言ったところでしょうか」

「怒る気持ちはわかる。移住の手続きを踏まず、勝手に国を離れたんだからな。ただ、困惑するのはよくわからん」

「それがですね、同性愛者だと名乗り出たのは国でも指折りの鍛冶職人でして……」


 その人物は、ダークエルフの国において熟練の鍛冶職人にのみ与えられる、『名工』の称号を持つひとりだそうで。


 イヴァンの話では、この称号を持つ鍛冶職人は国でも五名しか存在していないらしい。


「周囲からの信頼も厚く、名声も高い人でした。さらに言えば、若手を指導育成する立場でもありましたので、長老会としてもどうしていいのか悩んでいるというのが正直なところです」

「なるほどねえ。移住を認めてしまえばタブーを認めたことになりかねない。かといって、処分を下せば、反発を招きかねないか。なかなかに厳しいな」

「はい。その人だけ特別扱いしては、他に示しが付きませんので……」


 うやうやと一礼し、カミラが執務室を立ち去っていく。ティーカップを口元へ運びつつ、オレは思考を巡らせた。


 そんなに偉い立場の人が移住すると言って聞かないぐらいだ。同性愛者の人が他にもいるなら、後へ続けとばかりに国を飛び出すに違いない。


 こちらとしても一方的に移住者を受け入れて、長老会との軋轢が生じるのはよろしくないからなあ。


「とりあえず、今回やってきた人たちを亡命者扱いにするのはどうだ」

「亡命者、ですか?」

「国と主義主張が異なった。亡命するのもやむなし! ……そんなところで手打ちにできないか?」

「本人たちが了承すれば問題ありません。追放処分よりも名分が立ちますし、長老会も承諾しやすいでしょう。しかし、よろしいのですか?」

「何が?」

「いきなり押し掛けてきたのです。ご迷惑をおかけするのではないのかと」

「なぁに、構わないよ。経緯はどうであれ、ここを頼ってきてくれたんだ。迷惑だなんて思わないさ」


 そうですかとため息を漏らし、安堵の表情を浮かべるイヴァンへねぎらいの言葉をかけつつ、オレは席を立つ。


 この分だと、当分の間、ダークエルフの国から移住希望者が続くかもしれない。


 ともあれ、今日は別の国からも移住希望者が押しかけているわけで。


 ハイエルフたちから話を聞くべく、オレは応接室へと足を運ぶのだった。

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