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224.祝宴(前編)

 結婚式は領地の中央へ設けられた特設会場で執り行われた。


 人口が増えるに伴って、集会所で大きな催しを開くことが難しくなってしまい、それならばとオレが構築(ビルド)したんだけど。


 無意識のうちにクラフト欲が高まっていたのか、完成した会場は実に芸術的な出来栄えの代物となった。


 白色で統一された貝殻のような扇形の舞台へ、細部にまでこだわった装飾を施し、さらには彫刻まで備え付けるという徹底ぶりだ。


 挙式が終われば再構築(リビルド)能力(スキル)で解体してしまうのにも関わらず、なんでこんなにこだわったモノを作ってしまったのだろうか?


「あまりに見事ですからな。式が終わった後、どこかへ移設しましょう」


 ハンスはこう言ってくれるけど、他に使いみちが無さそうだからなあ。移設は慎重に検討しよう。


 ……で。


 挙式を催すにはピッタリの特設会場の最前列で、いままさに友人たちの晴れ舞台を目の当たりにしているんだけど。


 自分の時とは違い、参列者として臨む結婚式はなかなかにいいもんだね。


 緊張してロクに見ることができなかった、立会人であるゲオルクの堂々とした姿とか、ベル特製のスーツとドレスに身をまとった三組の夫婦とか、落ち着いて眺められるのが素晴らしい。


 新郎として冷静な立ち振る舞いのクラウスとは対照的に、アルフレッドはアワアワしているし、あのファビアンですら動きがぎこちない。


 一方の新婦側では、フローラが静かに嬉し涙を流している。


 その様子を見やりつつ、声を上げて号泣しているのはヴァイオレットだ。


「お゛っ! お゛っ! お゛め゛でどう゛ぅぅぅぅっ!! ふ、ふ、ふろ゛ぉぉら゛ぁぁぁ!!」


 気持ちは痛いほどよくわかる。とはいえ、泣きすぎるとかえってフローラに心配かけちゃうからな? ちょっとだけ、ちょっとだけ抑えめにしようか?


「ゔん゛っ! ゔん゛っ!! がっ、がっ、がま゛ん゛っ!! ずる゛ぅぅぅぅ!!」


 よーしよし、いい子だ。さっきからフローラちょいちょいこっち見ちゃってるからね? とりあえず鼻水は拭こう、な?


 ……と、ハンカチを差し出して女騎士をなだめている間、ソフィアとグレイスには魔道士たちから温かな眼差しが向けられていた。


 朗らかなふたりの表情に、目頭を押さえる人が続出している。魔導国から行動を共にしてきただけに感慨深いものがあるだろう。


 感慨深いといえば、意外なことにハンスとカミラもしみじみとファビアン・フローラ夫妻を見つめている。


「奥方様を泣かせるようなことがあれば、このカミラ、問答無用にファビアン様のアレをねじ切ってやる所存でございます」


 数日前、真顔で恐ろしいことを呟いていた戦闘メイドだけど、カミラなりに思うところがあるのかもな。……アレが何なのかは怖くて確認できなかったけどさ。


 ハンスは引き続きファビアン家の執事として仕えるそうだ。伝説の戦闘執事がいれば、フローラが悲しむようなことも起きないだろう。


 生活能力に疑問符が付くクラウス・ソフィア家には新たにメイドを雇い入れることが決まった。


 本人たちはいらないと言っていたけど、塵と埃を同居人とさせるわけにもいかない。新婚早々、不健康な生活は勘弁してもらいたいからな。


 とにもかくにも。


 それぞれがそれぞれなりの形で新たな門出を祝う中、精霊の加護の下、三組の男女がめでたく婚姻を結ぶことになったのだった。


***


 歓声と歌声が混じり合って湧き上がり、あちらこちらで笑顔が弾けている。


 三組の新婚夫婦は早くも散り散りとなり、至るところで酒の肴とされていた。


 できることならその中に加わって、話に花を咲かせたいところ……なんだけど。


 いまのところ、イケメンハイエルフ集団『美しい(シェーネ・)組織(オルガニザツィオーン)』の面々がオレを取り囲んで離そうとしないので、どうにも難しい状況である。


 昨晩、ファビアン宅で新郎を思う存分祝ったそうで、新婚夫婦よりも商業都市フライハイトに興味の対象が移ったらしい。


 大陸各地の食材を調理して作った、さながら物産展を彷彿とさせるごちそうを前に、料理の説明を求められたり。


 先日ファビアンがお土産として持っていった『セクシーマンドラゴラ』が非常に素晴らしく、今回も譲ってもらえないかと相談を受けたり……などなど。


 話を切り上げようにも次から次へと話題を振られ、まったくといっていいほど終わる兆しが見えないのだ。


 こうも一方的だとこっちも疲れちゃうよなあ。……ちなみにまた話題が変わって、いまは稲作のことを聞かれております。


「――なるほどなるほど。細麦に取って代わる穀物ですか。味もいいですし、栄養も豊富。非常に魅力的ですな」

「しかし、この土地以外で栽培できるかどうかは試してみないことにはわかりませんね。領主殿のご許可さえいただければ、ハイエルフの国でも試験的に栽培してみたいものです」

「それはもちろん。大陸中へ普及させる目的もあるのでね。後日、種籾を融通しよう」


 いやはや、さっきから圧がスゴイ。


 見た目麗しいハイエルフに取り囲まれての質問攻めは、クラクラする以外に感想が思いつかないもんだね。


 というか、よくもまあ、次から次に話題を思いつくもんだと感心するよ。オレにこれだけのコミュ力があったら、サラリーマン時代、さぞかし営業へ活かせただろうな。


 そんなことを考えていた矢先、この短時間に何十回も耳にした、「ところで」という単語がハイエルフの口から発せられた。また話題が変わるんかい。


「聞いた話によると、領主殿はこの都市だけの新たな法を制定されたとか」


 金髪のイケメンハイエルフが穏やかな微笑みをたたえて問いかける。


 ……あー。この前、お義父さん(ジークフリート)に認めてもらった法のことか。


 今回、国王の名に於いて成立した法は、以下の三点になる。


***


■婚姻制度の自由化

 本人同士の合意があれば、領主の同意なく婚姻を結ぶことができる。ただし、未成年の場合、後見人が必要。


■同性婚の認可

 種族、民族問わず、同性同士の結婚を認める。


■表現の自由化

 文芸・芸術など創作分野において、作家の表現する自由を認める。ただし、作品の公開に際しては、内容を考慮して、常識と良識に従い判断すること。


***


 同性婚については前々から相談していたので、ようやく認められたなと一安心。


 個人的に良かったと思うのは『表現の自由化』が認められたことだ。


 これが成立したおかげで、この領地内でも同人誌即売会を開催できる。


 すなわち、近い将来、エッチな同人誌が入手できるようになったのだっ!!


 ……ゴホン。


 ……えっと……ですね……。チガウンデスヨ……?


 なんといいますか、ここではマンガの出版事業を手掛けていますからね? 作家先生の創作意欲を燃やすためにも表現を規制してしまうは良くないっていうか。


 それに芸術や文化を発展させるためにも、新たな考え方や表現方法は不可欠だと思うわけですよ、(ぼか)ぁ。


 そんなわけでね、領主としてあくまで後押ししてあげられる環境を整えてやりたい、あくまで、その一心で、この法を成立させたのでね。


 薄い同人誌が見たいがために情熱を燃やしたとか、そういうことでは、決してっ! 決してありませんので! ええ! そこは声を大にして主張したいっ!!


 ……ま、実際にはそんなこと言えるはずもないんだけど。


 ハイエルフの面々には「そうなんだよ、芸術面でも後押ししたくてね」なんて具合に、ゴニョゴニョとお茶を濁しておく。


 世の中には知らなくてもいい真実っていうのがあるからな……(遠い目)。


 しかしながら、そんな受け答えでもイケメンハイエルフたちはいたく感動したみたいだ。


「素晴らしい! 我が国でも成立させたいものですな!」

「領民の自由と権利を認めるとは、領主殿も度量が広い」

「国にいる同胞たちが聞いたら、さぞ羨ましいと思うでしょう!」


 こんな感じで絶賛の嵐。褒められて悪い気はしないけどさ……。


 こちらの世界の常識からすれば、反発を招きかねない法でもあるので、お世辞程度で受け取っておくのが妥当なところだろう。


 ……って、この時は冷静に考えていたんだけどなあ。


 この認識はどうやら間違っていたようだと、オレは後日思い知らされることになるのだった。

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