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190.学校の相談

 クラウスたちが出発してから数日後。


 オレは差し入れを片手に、街道整備と防壁建設を監督しているヴァイオレットの元へ向かっていた。


 住宅地や養殖池を通り抜け、さらに北東部へ進んでいくと、活発な声と工事の音が聞こえてくるのがわかる。


 新たに設けられる獣人族の国へ続く道と、それに伴う防壁作りは、どうやら順調のようだ。


 厳しい眼差しで作業を見守る女騎士はこちらに気付くなり、一瞬だけ顔をほころばせ、こほんと咳払いをした後、凛々しい表情で、みんなに休憩を取るよう声を上げた。


「だ、旦那様っ。ど、どうしたんだっ? 作業中に顔を見せるなんて珍しいな。……いやっ! その、なんだ? 決して、嬉しくないとかそういうわけではないのだが……」


 子犬を思わせる足取りで駆け寄ってきたヴァイオレットは、ブロンド色の美しい髪を片手でくるくると弄んでいる。


 うん、カワイイ。普段は凛としているヴァイオレットが、すっかりとデレているのだ。これはもう、満点を差し上げたい可愛らしさである。


「いや、たまには外で休憩しようと思ってさ。よかったら一緒にどうだ?」


 照れくさそうに赤面し、こくりと頷く女騎士。


 しかしながら、周囲から好奇の眼差しを向けられていることにも気付いたらしい。ふたりきりではいたたまれないと、ヴァイオレットはフローラを呼びに向かったのだった。


***


 休憩の場にはフローラだけでなく、作業の応援にきていたエリーゼとソフィア、さらにグレイスが加わることとなり、オレはそこらにあった木材を使い、構築(ビルド)のスキルで、人数分の椅子を作り上げた。


 輪を描くように腰を下ろし、持参したバスケットに詰め込まれた焼き菓子を分けていく横では、簡易的なコンロでフローラがお茶を沸かしている。


 やがて辺りには香気が漂い始め、それを楽しむようにヴァイオレットは目を細めた。


 絵になる美しさに見惚れつつ、オレはあることを尋ねるため、ヴァイオレットへ声をかけた。


「……学校? 勉学を修める、あの学校のことか?」

「うん。人間族の学校のことを教えてくれないか? 何歳から通うとか、どういったことを学ぶのかとか知りたいんだ」


 事の発端は、先日、リアからお願いされた学校建設まで遡る。考えてみれば、学校なんてあって当然、ないのが不思議なぐらいだったんだけど。


 領民の中に子供が居ないから特に必要ないよなと思っていたわけで、決して学校建設を失念していたとかそういうわけではないのだ。いや、マジでマジで。


 現に今まで、アルフレッドやクラウスたちからも、そういった指摘を受けてこなかったし……。


 じゃあどうして、このタイミングでリアが要望を伝えてきたかというと、これから移住してくる獣人族を思ってのことらしい。


「移住してくる人たちの中には子供がいると聞きました。その子たちのためにも教育の場は必要かなって」


 朗らかな表情から一転、真剣な眼差しを向けながらリアは続ける。


「それに、領地が発展すれば、自然と人は増えるものです。これから産まれてくる子どもたちのためにも、学校は用意しておくべきだと思います」


 リアの言う通りだ。教育なくして明るい未来は描けない。知識が広まることで文化も技術も発展していくし、病院と併せて、早急に設ける必要があるだろう。


「……そ、それに」


 再度、表情を一転させ、甘えるような声を上げたリアは、もじもじと手を動かしながら、上目遣いでオレの顔を捉えた。


「タスクさんとボクの間に赤ちゃんができたら、その子のためにも、早いうちに学校は建てておかなきゃって思って……」


 “赤ちゃん”という言葉を強調し、脳裏へ描いた未来予想図に興奮したのか、「キャー!」と一際高い声を上げるリア。


 もっとも、その言葉を聞いていたクラーラも別の意味で興奮を覚えたらしく。


「ダメよ、リアちゃん! 赤ちゃんならっ! 赤ちゃんなら私が産んであげるからっ! 男の子でも女の子でも構わないわ! リアちゃんとの子供だったら私何人でも産んであげるからっていうか、もう待てない! 今すぐっ、今すぐに子作り゛を゛っ゛ぉ゛ぉ゛っ゛!!!!?」


 ……ふぅむ。こうやって頭上へチョップを放つのも久しぶりだな。懐かしさすら感じるね。


 しゃがみこんで頭を抑えるサキュバスに「とにかく落ち着け」と優しく一言。


「あと、オレの嫁さんに手を出さないように」

「いいじゃない! カワイイものはみんなの共有財産のはずよ!! 独リ占メ、ヨクナイ!」

「なんで片言なんだよ。っていうか、人妻に手を出すほうがどう考えても悪い」

「人妻……、なんていやらしい響きなの!? リアちゃんの可愛らしさに妖艶さが加わるのよ!? まさに完璧な存在ねっ! 女神といっても過言じゃないわ!」


 うーん。最近なりを潜めてた発作なんだけど、久しぶりに発症するとタチが悪いな。


 そのままうっとりとした眼差しで遠くを見やるクラーラ。このまま置いていってもいいんだけど……。


「あー。その、妄想にふけっているところ悪いんだが」

「?」

「一番弟子がきたぞ」


 言い終えると同時に、クラーラの横腹目掛けて、ダークエルフの少女が飛びついた。うむ、何という既視感。


「げぼぁっ……!」

「お姉さまっ! 赤ちゃんが欲しいのでしたら、私が! 私が生みますからっ!」

「ジゼル……! アンタ、いつから話を聞いて……」

「そんなのどうだっていいじゃないですか! 子作りですよね! 任せてくださいっ! 私、初めてですけど、お姉さまが相手だったらどんなことでも耐えますので!!!」

「離しなさい! あっ、コラっ! 服を、服を脱がそうとしなっ、あっ、ちょっと待ってっ! アンタ、リアちゃん連れてどこ行くのよ!」


 いつも通り収拾がつかなそうなので、リアを連れて大人しく退散することにする。


 楽しそうですねえと、微笑ましい表情でふたりを見やるリアの言葉に同意しながら、残りの準備を手伝うためにも、オレたちは領主亭へ向かうのだった。


***


 そんなやり取りはさておき。


 この世界の教育制度がどんなものなのかを知るべく、いろんな人に聞いて回ろうと、ヴァイオレットへ質問してみたんだけど。


 こちらの予想に反し、女騎士から返ってきたのは意外な言葉だった。


「……と、言われてもな。私はいわゆる普通の学校というものには通っていないし……」

「……え゛? そうなの?」

「うむ。幼年学校に通っていたのだ。軍事教練を兼ねた学校だな」


 帝国では上流階級や貴族たちが通うための学校と、士官を育成するための軍学校のふたつがあり、貴族の出ながら、ヴァイオレットは後者へ通っていたそうだ。


「帝国では庶民のための教育機関がないのです。ヴァイオレット様が融通してくださったおかげで、私は幼年学校に通えましたが」


 お茶を配りながら、フローラが口を挟んだ。……そ、そういうもんなのか?


「魔導国もぉ、同じだったよぉ。貴族じゃないと学校には通えなかったしぃ」

「そうですね。知識は特権階だけのものという認識が一般的でしたから」


 ソフィアとグレイスが同意する。大陸的にそれが常識なのかと思いきや、ハイエルフの国では少し事情が異なるらしい。


「読み書きや簡単な計算は、村の大人たちから教わります。特に優秀な子供は、大きな街にある学校へ通うことができますけど……」

「特に階級とか関係なく通えるんだ?」

「ええ。でも……」


 焼き菓子を頬張りつつエリーゼが応じる。


「長老の推薦が必要な上、入学には試験もあるので、いずれにせよ狭き門には変わりないですね……」


 龍人族の国とダークエルフの国も似たような感じだと思います。ふくよかなハイエルフはそう続けてお茶を口元へ運んだ。


 続けて教えてもらった授業の内容についても、国によってバラバラだし。


 魔導国には帝王学があって、帝国幼年学校には戦略学があるそうだけど、普通の学校には必要ない授業だもんな。


 しかし参ったね……。ばらつきがありすぎて基準がわからん。むしろ一から基準を作った方が早い感じだ。


 かといって、日本と同じような教育制度を導入するのは現実味がない。第一、教えられることに限界がある。


 これはもうちょっと相談を重ねながら、学校のあり方を検討していく必要があるなと考えつつ、悩ましいことがもうひとつ。


 クラーラに頼まれた病院建設だ。


 病院を建てるのはいい。アルフレッドに頼めば内部設備も整うだろう。肝心なのは医者をどこで確保するかってことで。


 クラーラを邪険にしていたことから、龍人族の国は厳しいし。同様にジゼルを厄介者として扱っていた、ダークエルフの国も望み薄だろう。


 となると、残ったハイエルフの国が有力になるんだけど……。


 クラウスが戻ってきてからの対応になるかな……てなことを、ぼんやり考えている最中、エリーゼが躊躇いがちに口を開いた。


「た、タスクさん……」

「どうした?」

「そ、その。お医者さんだったら、ワタシに心当たりが……」

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