189.移住者の送迎
移住者たちの送迎については、クラウスを代表として、その日のうちにチームが編成された。
医療担当としてリア、クラーラ、ジゼルの三人。護衛兼輸送担当としてガイアたち『黒い三連星』と、ハイエルフ、ダークエルフからそれぞれ八名ずつ。総勢二十三名での出発になる。
往路に六日間、移住者を伴う復路に二十日前後。
クラウスが立案した行程計画を耳にしながら、オレは護衛の人数が少ないことに首を傾げた。
「いいんだよ。あんまり多すぎても向こうに怪しまれるだけだしな」
「とはいっても、樹海の中を行き来するんだ。六十人もの移住者を連れてたら、何かあった時に困るだろ?」
個人的には、満月熊とかスピアボアといった魔獣が出たら大変だという思いからの発言だったんだけど。
どうやらクラウスは魔獣よりも、獣人族が襲ってくる可能性を考えていたらしい。
「向こうにしてみりゃ、移住の準備を終えた時点で責任を果たしたわけだからな。こっちにくる道中、移住者が襲われようが殺されようが知ったこっちゃねえって思ってるだろうよ」
「……差別の対象だったとはいえ、そこまでするか?」
「国にとって都合の悪いことを、移住者がペラペラ喋るようだと厄介だろ? 今回は手を出してこないだろうけど、場合によっては、野盗を装って襲撃ってのもありえない話じゃないぜ」
「そこまで考えておきながら、どうして今回は手を出してこないって断言できるんだ?」
「単純な話さ。連中にとってメリットがない」
秘密が漏れたところで、せいぜい迫害があるという事実だけ。それよりも外交と交易で、国内の厳しい現状を打破したいのだろう。
だからこそ、労働力でもある忌み子たちの移住を承諾したのさ。そう付け加えて、クラウスは肩をすくめた。
「なによりだ。樹海の中に魔獣はいても、野盗はいねえ。襲ってきたら誰の犯行か一発でわかる。バレバレってやつだな」
むしろ、現れたら現れたで返り討ちにしてやると、ハイエルフの前国王は笑ってみせる。
「ガイアたちの力量なら、フリーハンドで二〜三十人は相手に出来るだろ。まあ、俺なら片手で、その十倍は余裕だけど」
「次元が違いすぎて凄さがわかんないな……。いや、話の内容自体はわかったんだけど」
気になったのは一点、メンバーにアイラが入っていないということだ。
「樹海にも詳しいし、なにより同じ猫人族だ。一緒に連れて行ったら、移住者たちへ安心感を与えることができるんじゃないか?」
「それなあ……。俺も悩んだんだけどさ、むしろ逆効果なんじゃねえかって思ってよ」
「なんで?」
「考えてもみろ。移住者たちが食うに困るようなガリガリの身体で、ボロボロの服をまとってるような状況だった時に、アイラの嬢ちゃんが冷静でいられると思うか?」
きっとブチ切れて、獣人族の国で暴れまくるぞと続けて、クラウスは眉間へシワを寄せた。
「もしもそうなった場合、俺が止める以外に手がない。嬢ちゃんも無傷じゃ済まねえぞ」
「……そうだな。止めておこう」
「理解が早くて助かる。俺としてもだ、お前さんのカワイイ嫁さんへ手を上げるってのは御免こうむりたいからな」
背中を叩きながら応じるクラウス。気を遣わせてしまって申し訳ないなと思いつつ、オレは出発する日取りについて尋ねた。
「準備が整い次第、すぐにだな。食料に水、医薬品や衣服等々、結構な量が必要になるし。アルが調整してるけど、少なくとも二、三日はかかるだろう」
長旅になるんだ。出発までの間、リアには存分に甘えさせてやれよ?
そう言い残し、ひときわ力強く背中を叩いてから、クラウスは踵を返した。
痛ってえな、あの馬鹿力……。加減ができないのかよ、ったく。第一、そんなこと言われなくても重々承知なのだ。
それにクラーラへ確認したいこともある。
ヒリヒリと痛む背中をさすりながら、オレは準備に奔走しているであろう薬学者たちの元へ向かうことにした。
***
薬学研究所の中はしんと静まり返り、誰もいないように思える。
こっちで荷造りしてるかなと思っていたんだけど、どうやら領主邸の方で準備を進めているみたいだ。
仕方ない。一旦戻るかと外に出た瞬間、白衣姿のクラーラが、大きな木箱を抱えてこちらへ向かってくるのがわかった。
「……暇そうにしてるわねえ、アンタ」
開口一番、ため息混じりにそれかい。まったくコイツは……。暇なのは否定しないけどさ。
「悪かったな。リアとジゼルはどうしたんだ?」
「ふたりならすぐに戻ってくるわよ。……もっとも? 用があるのはリアちゃんだけなんでしょうけど」
「なんだよ、今日は随分トゲがあるじゃんか。ジゼルを同行させることがそんなに気に入らなかったのか?」
「当たり前じゃない。過酷な現場を前にして、貴重な弟子が挫折でもしたらどうしてくれんのよ?」
……へえ? なんだかんだ、ジゼルを大事に思ってるじゃないか。ここに来た当初は、渋々弟子にしたって感じだったのに。
「……何よ、ニヤニヤしちゃって」
「べっつにぃ」
「フン……。まあいいわ。とにかく、リアちゃんも忙しいんだから、手短に済ませてよね」
「いや、実はクラーラにも確認したいことがあってさ」
地面へ木箱を置いたクラーラは、意外そうな眼差しでオレを見やった。
「私に?」
「うん。前にダークエルフの国へ水道の技術講習へいっただろ?」
研修のため、近日中に技術者が訪れるそうだし、クラーラが不在となったら無駄足に終わってしまうのではないか?
戻ってくるまで待っていてもらうのも悪いし、いっそのこと日程を調整しようと考えたのだ。
「それなら心配いらないわ」
風で乱れた白藍色のショートヘアを手櫛で整えながら、クラーラは口を開いた。
「技術については翼人族たちも知っているし、私が居ない間、ロルフが研修を担当してくれるわよ」
「ロルフが?」
「ええ。新しい知識を身につけたいって相談されてね。事あるごとに教えていたの」
水道設備のノウハウを持っている翼人族だ。未知の技術へ興味を示すのも当然だろう。
「……そうだ。ちょうどよかった。私もアンタに頼みたいことがあったのよ」
話の途中で何かを思い出したらしい。こちらの懸念を解消してから、白衣姿のサキュバスは続ける。
「薬学研究所も手狭になってきたし、そろそろ病院を建てて欲しいなって」
「病院か……。領地も人が増えてきたもんなあ」
「でしょ? それに私とリアちゃんのふたりだけじゃ、診察するにも限界があるわ。医学の心得がある治癒術師も増やしてほしいし……」
クラーラの話では、治癒魔法で治せるのは肉体の怪我だけ。傷が塞がったとしても神経の痛みは残るそうだ。
さらにいえば内臓の病巣は魔法で取り除くことができず、そういった体内の治療に薬学を用いるらしい。
……なるほど、ファンタジーな世界とはいえ、魔法も万能じゃないのかと妙な感心を覚える。
「感心してる場合じゃないのよ。今回みたいなことがあったら、領地には医師が不在になるでしょ? 万が一、怪我人や病人が出たら困るじゃない」
「確かに」
「そうならないためにも、医師の増員と病院設備を整えるのは必須せ」
「タぁ〜スぅ〜クぅ〜さぁ〜んっ!!」
真面目なやりとりを遮ったのは弾むような声で、振り返るよりも早く、小柄な身体がオレの横腹めがけて飛び込んでくるのがわかった。
肋骨が何本か、それに内臓が数個えぐられたんじゃないかという激しい衝撃が全身を駆け巡る中、飛びついてきた本人は、抱きついたまま、顔をグリグリと押し付けている。
「タスクさんっ、タスクさんっ! こんなところでどうしたんですかっ!? あっ!? もしかしてボクに会いにきてくれたんですかっ!?」
上機嫌のリア。オレは腹部に残る鈍い痛みを紛らわせるように、太陽を彷彿とさせる、その眩しい笑顔を眺めやった。
「ナイスタックルだ、リア……。さすがは龍人族の王女だけあるな……」
「エヘヘへへ! それほどでもぉ!」
少しも力を弱めようとせず、さらに密着度合いを強めようとするリア。
「リ、リアちゃん……。そ、そんなにくっつく必要はないんじゃない? コイツとは普段から一緒にいるんだし……」
「ん〜……? だって、これからしばらく離れ離れになっちゃうし。今のうちに全身で、タスクさんを補給しておかないと!」
リアの気持ちもわかるし、オレもできるだけ一緒にいようと思ってここに来たからいいんだけどさ。
なんといいますか、目の前にいるサキュバスさんの険しい表情に、このまま耐えられる自信がないわけで……。
しがみつく身体を引き離し、名残惜しさをにじませるリアの頭を撫でてから、オレは改めてクラーラを眺めやった。
「とにかく。要望はわかった。そっちの準備も進めていくことにするよ」
「要望? 準備? 何の話です?」
今度は腕に絡みつき、リアは小首を傾げてみせる。
「ああ。クラーラから言われたんだよ。人も増えてきたし、病院を建てたほうがいいってね」
「あっ! それならボクもタスクさんにお願いがあるんですけど!」
「お願い?」
「はいっ! この土地に学校を建てて欲しいんです!」