183.イヴァンとの協議
ヴァイオレットを妻に迎える経緯について耳を傾けていたイヴァンは、「過程はどうであれ、めでたいではないですか」と、前置きした上で続けた。
「お相手が人間族というのも、連合王国との交易を始める上ではよろしいかと」
取引先の領主の妻が、同じ人間族であることがわかれば、連合王国側の心象も良いものとなる。
会ったことがないとしても、自分たちに理解のある相手なのではないかと、ある程度の安堵感を抱かせることができるだろう。
「遠く離れた場所で暮らしていても、同族には変わりないですからね。親近感もわくというものですよ」
「ヴァイオレットは元帝国軍人、連合王国の敵国だった人間だぞ? そんなに都合よくいくとは思えないけどな」
「この際、出身がどこかというのは大した問題ではないのです。身内に同族がいる相手なら、自分たちと近い考えを持ち、それを尊重してくれるだろう。そう思わせることこそ重要なのですから」
理解は出来るけど、なんというか生々しい話だなあ、おい。
「そうですか? 良好な関係の継続、または関係改善を目的とした異種族間での婚姻は珍しくない話ですよ?」
「いわゆる政略結婚ってやつだろ? 馬鹿馬鹿しい。そんなことで好印象を与えられるんだったら、すべての種族と婚姻関係を結ばなきゃならん」
「歴史上、そういった為政者も少なからずいたようです。効果のほどは定かではありませんが……」
オレは椅子へもたれかかり、穏やかな表情の義弟を見やりつつ、肩をすくめた。
「見習いたくはないもんだね。第一、そんなつもりでヴァイオレットを妻に迎えるわけじゃない」
「もちろん。義兄さんにそんな器用な真似ができるだなんて、少しも思ってませんとも」
「褒められている気がしないな」
「一応は褒めているつもりですよ。不器用さとうっかり具合が義兄さんの魅力だと思ってますし」
……うん、間違いなく褒め言葉じゃないよな、それ。
愉快そうに笑う義弟へ、この日、何度目かわからない大きなため息で応じる。まったく、こっちはこっちで不器用なりに大変なんだぞ?
「式はいつ挙げられるのですか?」
「わからん。クラウスが張り切ってるから近日中だとは思うけど、獣人族の国から移住者を迎える前にやるんじゃないかな」
「お祝いを用意しますので、ご希望のものがあれば遠慮なく仰ってください」
「いやいや、気にしないでくれ。……っていうか、そもそもだな」
のんびりと結婚話をしている場合じゃないのだ。
イヴァンがここに来たのは、そもそも仕事の話をしにきたのであって。
強引に話を切り上げたオレは、水道の技術供与と交易路について問題がないかを尋ねた。
「水道の導入について、長老会は全面的に賛成しています。近日中に職人たちを送り、クラーラさんの下で講習を受ける予定です」
ただし、技術供与で便宜を図ったとはいえ、人間族の通行に関しては意見が割れているそうだ。
「有力な長老のひとりが賛成の意向を示したため、反対する者は限られていますが」
「有力な長老?」
「ジゼルの祖父ですよ。断りもなく身内を押し付けたことに、負い目を感じているんでしょうね」
同性愛者のジゼルは、身内の中でも厄介者扱いされてるって話だったけど……。
「そんなつもりで受け入れたわけじゃないんだけどなあ」
「わかっています。国にいた頃と違い、ここでのジゼルはとても活き活きしていますし。何より楽しそうです」
初々しく白衣をまとったダークエルフの少女は、日々、懸命に薬学へ取り組んでいるようだ。
クラーラやリアの後を追いかけ、任された仕事を真面目にこなしている。
「一人前の薬学者になって見返してやればいいんだ」
「仰る通りです。ジゼルなら立派な学者になるでしょう」
妹を見守るような暖かい眼差しのイヴァン。彼なりに思うところがあるのだろう。
おっと、いけない。また話が脱線し始めたな。
「長老会は条件付きで、人間族の通行を認めるんじゃないかって話を聞いたけど」
ハンスからの報告を確認するべく、義弟へ問いかける。表情を改めたイヴァンはこちらへ向き直り、仰る通りですと応じた。
「いくつか提案はありましたが、『一定の通行税を課すこと』、『武器類・禁止薬物の持ち込み不可』は前提条件になりそうですね」
「後者はわかるけど、前者はいただけないな。一定の通行税っていくらになるんだよ」
「そこまでは……。恐らく、取引する商品の合計金額の何割かだと思いますが」
ボッタクリにも程がある。ついこの間まで敵対していた国っていうのはわかるけど、いくらなんでもやりすぎだろ?
「それが少し、事情が異なりまして……。終戦によって、連合王国との交易はむしろ活発になっているのですよ」
聞けば、人間族の国は木材資源がほぼ枯渇し、伐採しようにも禿げ山だらけ。潤沢な木材資源を抱えたダークエルフの国としては、この機会に利益を出しておきたいそうだ。
「なるほどね。他国に利益を分け与えたくないと」
「そんなところです」
「考えすぎだろ? 輸送の手間を考えたら、近場で取引した方が圧倒的に楽だぞ? ここまで来て、わざわざ重量のある資材なんか買うやつの気が知れん」
「商人というのは、たとえ銅貨一枚であったとしても、儲けを出したい性分なのですよ。ここで取引したほうが得なら、ダークエルフの国での取引を止めるとも限りません」
うーん。この場にアルフレッドがいたら、その通りですと熱心に頷くんだろうか?
とはいえ、このまま手をこまねいているわけにもいかないのだ。なにせ、豚肉が食べられるかどうかがかかっているからな!
兎にも角にも、以前より考えていた、交易通行に関しての条件案をイヴァンに提示することに。
その内容は以下の通りだ。
***
・人間族が当領地で取引を行う際は、『許可証』を持参しなければならない
・許可証の発行はダークエルフの国と、龍人族の国で行える。その際、取引する目録を明確にしておくこと
・目録以外の商品については取引を行えない
・当領地で取引を行う際は、ダークエルフの国からのみ通行を認め、それ以外の国からの来訪は禁じる
・ダークエルフの国を往来する際は、通行税として銅貨十枚を納める
・当領地は交易の合計に応じた一定の金額を、協力費として、三年間、毎月ダークエルフの国へ支払う
***
さらに、『この土地において、一年間、人間族との木材取引を禁止する』という項目を付け足し、書類に記載する。
手渡された書類とオレを交互に見やった後、イヴァンは目を丸くして、躊躇いがちに口を開いた。
「……いくらなんでも太っ腹すぎやしませんか?」
「そうか?」
「通行税に関しては議論の余地がありますが、協力費というのは……」
「言ったろ? 別に儲けるのが目的じゃないんだ。大陸中に物流と文化を行き渡らせる。そのための拠点にしたいんだよ」
むしろ、この土地がモデルケースとなって、他の土地にも商業都市ができればいい。
その際、そこが利益を独占するようなことのないよう、ある程度の手本を示さないといけないのだ。
「それに加え、木材取引の禁止、しかも一年間ですか。ウチとしては助かりますが……」
「それは特に問題視してない。別に、人間族がダークエルフの国だけと取引するわけじゃないだろうしな」
今後、この土地でも、木材資源が豊富な獣人族の国との取引が始まる。
完成した市場で人間族と獣人族との交流が行われれば、人間族としても取引先が増えるだろう。
「獣人族の国も連合王国と隣接してるんだろ? 同じ木材なら、ダークエルフの国だけを相手にする必要はなくなるし」
「競争相手が増える分、我が国としては慢心してはならないということですね」
「そういうこと。この土地に来て、誼を結ぶことまで禁止したわけじゃないしね」
むしろ、ここを利用して、どんどん交流を持ってもらいたい。そうすれば、経済も循環するし、ひいてはそれぞれの国が豊かになっていく。
庶民の生活水準が向上すれば飢えもなくなるだろうし、余裕ができれば文化も発展していくだろう。
そんな願望とも思える未来予想図を話しながら、とりあえず三年周期で条件の見直しを図りたいと続けていると、イヴァンから好奇の視線を向けられていることに気がついた。
「義兄さん……」
「ど、どうした?」
「やっぱり義兄さんは変な人ですね」
「……はあ?」
「いえいえ。決して悪い意味ではなく……」
悪い意味じゃない変な人ってどういうことだ? 問い詰める間もなく、声を上げて笑うイヴァンは朗らかな顔で続けた。
「わかりました。長老たちを説得できるよう、私も全力を尽くします」
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