179.説得
「商業都市を機能させる上で、交易市場の建設は理に適っておる。しかしだ、それと同性同士の婚姻を認めよというのは脈絡がないではないか」
ジークフリートが呟いた『同性同士の婚姻』という言葉に、誰よりも反応したのはゲオルクで、オレはそれに気付かないふりを装いながら口を開いた。
「他国と交易を行うということは、異文化との交流を図るということでもあります。自分たちとは異なる主義主張、考えを尊重し、受け入れる。そういった理念が大切かと」
顎に手を当て考え込むジークフリートへ、オレはなおも続ける。
「そもそも同性愛は禁断のものや異常なもの、ましては病気などではありません。ごくごく当たり前のことです。そうであれば認めるべきではないでしょうか?」
「そなたはそう言うが、龍人族の法の話だけでなく、大陸中で同性愛は禁じられておる。禁じられているものを、一部の地域だけ認めよというのは現実的に厳しいと思わんか?」
ジークフリートの言葉に反応したのはクラウスで、テーブルに肩肘を付きながら、呆れがちに龍人族の王を見やった。
「よく言うぜ。俺ん所もオッサンの所も例外なく、歴代王族や貴族連中に同性愛者はいたはずだろ? そいつらのことはなかったことになってるのか、それとも法の適用外なのかい?」
一瞬、言葉に詰まったのか、ジークフリートはたじろいだ様子を見せたものの、ごほんと咳払いをしてから改めて見解を述べた。
「確かに……。そういった者たちがいたことは事実だ。その昔、ハヤトからも教えてもらったことがある。ここと異なる世界では、同性愛が少なからず認められていると。偏見の目で見ないほうがいいと。ワシもそう思う」
「だったら話は早いんじゃねえか。な、オッサンよ?」
「しかし、だ」
苦渋の面持ちを浮かべながら、龍人族の王はオレとクラウスを交互に眺めやった。
「生まれたからには結婚し、繁栄のため、家族の幸せのため、子孫を残していかねばならないという、保守的な考えの者が国の大勢を占めていることも事実なのだ」
重い息を吐いて、ジークフリートは続けた。
「ワシとしても、子を生すべしという考えは理解できる。子は国の宝であると同時に、未来への希望だからな」
「お気持ちはわかります。国王としてのお考えも。しかしながら、世の中には子供がいない夫婦も少なからず存在するのが事実です。そういった人たちは不幸なのでしょうか?」
四人の奥さんたちへ視線を走らせながら、オレは義父へ問いかける。
「例えばですが、オレとリアとの間に子供が出来なかったとします」
「えっ!? 出来ないんですかっ!?」
驚きと悲しみの感情を込めて、リアが呟いた。
「いや……。例え話だから、ね?」
「そうですか……。はぁ……、ビックリしました……」
ほっと胸をなでおろすリア。例え話で引き合いに出したことを詫びながら、オレはなおも続ける。
「異種族間の身体の構造上、子が出来ないとなった場合、オレやリアは不幸になってしまうのでしょうか? 絶望しなければならないのでしょうか?」
「それは……」
「同性同士の婚姻により、子を生さないことが罪になるのであれば、子供のいない夫婦も罪を問われるのでしょうか?」
「……」
「親愛の形や価値観は様々です。結局の所、同性愛を禁じるというのは、単なる無理解と未知への恐怖による固定概念でしかありません」
「……言いたいことをズバズバと言いよるな」
「息子からの苦言なら、お義父さんも耳を傾けやすいでしょう?」
こやつめと静かに笑い、ジークフリートは真剣な表情を浮かべた。
「話はわかった。だが、それでも例外として認めさせるのは難しいだろうな」
宮中を占める大半は保守層の上、同性愛を汚れたものとしている宗教を信仰している者も多い。
辺境の一地域であったとしても、法を覆すことは容易ではないだろう。
「その者たちを説得し、合意を取り付ける必要がある。いくら国王といえども、法を犯す判断を認めるようでは示しがつかん。それが誤った法であったとしてもだ」
「固いこと言うなよ、オッサン。『賢龍王』って呼ばれてんだろぉ? 法のひとつやふたつ、チョチョイのチョイって変えちまえばいいじゃねえか」
「大馬鹿者。都合よく法を変える王など独裁に過ぎん。皆が納得した上で、合意を得ることが大事なのだ」
「つまんねーなー。いいじゃねえか、ノリと勢いでやっちまえば」
「お前はノリと勢いで執務をやっていたのか、クラウスよ……? ほとほと呆れて何も言えんわ」
龍人族の国王とハイエルフの前国王のやり取りに耳を傾けながら、オレは躊躇いがちに口を挟んだ。
「それについては手を考えたのですが……」
「へえ?」
「ほう?」
「個人的に、汚い方法だなとは思うんですけど……」
関心の眼差しをふたりから向けられ、微笑み返そうとして失敗したオレは、苦笑混じりで考えを述べた。
***
この領地で作られたものを、貴族や上流階級の人たちが愛用している――。
アルフレッドからそんな話を聞いたのは、つい先日のことだった。
主要な作物である『遥麦』『七色糖』『いちご』、それにハーバリウムなどの装飾品、ベルのデザインした衣服などなど……。
当初、宮中のごく一部だった販路も、いまやそのほとんどを網羅し、貴族たちの生活必需品として欠かせないものとなっているそうだ。
「おかげさまで僕も大忙しですよ。御用聞きへ伺えば、なかなか離してもらえません。嬉しい悲鳴というやつですね」
嬉しそうに笑うアルフレッドの顔を見やりながら、オレは冗談混じりに応じた。
「交易先が順調に増えれば、貴族たちへ卸すものがなくなるかもな」
「とんでもない。もしそうなるようなら、貴族の方たちは穏やかではいられませんよ」
こちらとしては軽い気持ちだったんだけど、アルフレッドの返事は、思いの外、大真面目なものだった。
「言い方は悪いですが、貴族の方たちは、この領地の物資に依存していますので」
「依存?」
「ええ。生活水準を上げてしまったといいますか。より贅沢なものに慣れてしまったといいますか」
今まで食べていた料理、身につけていた衣服よりもグレードの高い物を供給された結果、うちの領地から物資が滞ることになると、彼らの生活は途端に成り立たなくなる。
「そんな大げさな……」
「大げさなものですか」
真剣な眼差しをオレに向けるアルフレッド。……本当かよ?
「一度上げてしまった生活水準を下げることは、貴族の方たちにとってこれ以上ない苦痛なのですよ」
「えー……?」
「今日まで食べていた白パンが、明日から黒パンに変わりますといったところで、受け入れられる人はどこにもいないのです」
「厄介な人たちだなあ」
「ええ。そういったわけで、タスクさんには今後もますます頑張って働いていただきませんと」
ニコニコとした顔に変わった龍人族の商人へ、ため息で応じながら、オレはせいぜい努力を続けようと心に誓うのだった。
***
「……なるほどね。同性愛を認めないようなら、領地からの供給を止めるぞ。宮中の連中へ脅しをかけるんだな?」
意図を理解したのか、ニヤリと笑うクラウス。
「そこまで露骨なものではないけどな。この際、依存していることを逆手に取ろうかなって。黙認してもらえるようにね」
「いいじゃねえか。アルの言い分は間違いねえからな。貴族ってやつは贅沢に慣れると元に戻せなくなる性質だからよ。悪くない手だと思うぜ?」
愉快そうに笑うクラウス。オレは思案顔のジークフリートへと視線を動かした。
「さらに言えば、協力してくれた見返りとして、新たに作った装飾品や作物などを優先的に卸そうと思っています」
魔法石、二重水晶球、ワイン……。出していないだけで、領地にはまだまだ自慢できるものがいっぱいある。
「賄賂とも思えるやり口なので、どうかとは思うんですけれどね……」
「いや、直接の贈賄ではないし、気にする必要はないだろう。むしろ、有用な手段だな」
賢龍王はそう応じ、ううむと唸ってから決意を込めた瞳でオレを見やった。
「……わかった。法を変えるのは難しいだろうが、何とか認められるように手を尽くそう」