168.クラーラと謎の植物
「……呼び出された理由はわかったわ」
不満とも納得とも受け取れる表情でクラーラは呟いた。
白藍色をしたショートヘアのサキュバスは、いつも通りに白衣をまとい、両ポケットに手を突っ込んでいる。
「確かに水道技術を売り込みたいってアンタに話したわよ。でもまだ改善の余地がある段階だもの。そんな状態のものを売りつけていいの?」
「売りつけるんじゃなくて、技術供与。今回は『こういう技術があるけどいかがですか?』って聞いてくるだけでいいから」
イヴァンへ交換条件を持ちかけたところ、長老たちに水道設備について説明する人物にも同行して欲しいと頼まれ、それならばとクラーラを呼び出したんだけど。
未完成の技術をお披露目することに抵抗があるようで、クラーラは首を縦に振ってくれないのだった。
「それに……」
「それに?」
「なんでリアちゃんを一緒じゃないのよ!? 水道の共同研究者なのよ? 一緒に行くのが筋じゃない!?」
露骨なまでに憤慨し、早口でまくしたてるクラーラ。……首を縦に振らない理由はそっちかい。
「諦めろ。リアの同行は向こうから丁重に断られた」
「なんでなんで!? なんでっ????」
「オレの嫁さんっていう立場だけならともかく、龍人族の王女だからな。外交的な問題があるんだよ」
いくら研究者とはいえ、そこへ王族が加わってしまうと、長老たちは外圧的なものを感じ取るでしょう。今後のことを考えると、それは避けるべきかと……。
イヴァンの指摘はまさにその通りで、オレとしても過度に圧力をかけるようなことはしたくない。交渉は対等な立場で行うべきだ。
「や〜ぁだ〜! リアちゃんと一緒に行くったらいくのぉ!!」
手足をジタバタさせて抗議を続けるサキュバスに、オレは思わず頭を抱えた。
「子供みたいに地団駄踏んでも無理なもんは無理だし、ダメなもんはダメなの」
「うぅ……」
「護衛としてハンスについていってもらうから、それで我慢してくれよ。な?」
後方に控える戦闘執事が一礼するのを涙目で眺めやりながら、クラーラは口を尖らせている。
「ハンスじゃリアちゃんの代わりにならないもん……。お風呂で背中を流しあったり、同じベッドでお互いの匂いに包まれながら眠ったりもできないじゃない……」
「ご要望とあらば、この爺めがお相手しますが……」
「ハンスは黙ってて!!」
くわっと目を見開きながら、キレッキレのいいツッコミを炸裂させるクラーラ。
一方、ものすごい剣幕で迫られたハンスは、微動だにすることもなく、これは失礼と静かに微笑んでいる。さすが伝説の執事、お嬢様の扱いには慣れているな。
「……もういいわよ。私が行けばいいんでしょぉ、行けばぁ……」
怒気が収まったのか拗ねるように呟きながら、クラーラはオレに向き直った。
「水道技術の説明をしてくるのはいいわよ。でも、相手からいらないって言われたらどうするの?」
「どうするって?」
「単なる技術供与ってわけじゃないんでしょ? 水道技術を受け入れなかったら、アンタもこの先困るんじゃないの?」
……確かにね。水道技術の提供は、人間族との交易を前向きに考えてもらうために申し出たことだけど。
「そうなったら仕方ない」
「仕方ないって」
「その時はその時ってことさ。何か別の方法を考えるよ」
そう応じると、何か言おうとしたのか、クラーラは何度か口をパクパクと動かし、それから大きくため息をついた。
「……はあ。アンタと話してると、時々深刻に考える自分が馬鹿らしくなるわね」
「そいつはなにより」
「開き直ってるんじゃないわよ、まったく……。わかったわ、やるだけやってくるから。ダメだったとしても恨まないでよね」
クラーラは身体を翻し、新居へ足を向ける。恐らくは出立の準備を整えるためだろう。その後ろをハンスが付き従っている。
「あ、そうだ。言い忘れてたけど」
くるりと振り返ったサキュバス族の研究者は、念を押すような口調で続けた。
「私が留守の間、“例の植物”を枯らしたら承知しないわよ?」
「リアがいるんだ。枯らすわけないだろ」
「どうだか。変な真似をしたら、アンタの鼓膜が破れる呪いをかけるからね」
ぷぃっとそっぽを向いて、クラーラは再び歩き出す。やれやれ、いちいち世話が焼けるなあ。
とはいえ、“例の植物”については興味がある。
生育状況を確認するため、オレは実験用の畑へ足を運ぶことにした。
***
畑の前には白衣姿のリアがいて、植物の成長具合を確認している。
忙しく視線を動かしながら、熱心にメモを取る対象は例の植物で、オレはどんな様子かと声を掛けた。
「あっ、タスクさん! ちょうどよかった。いま収穫したばかりのものがあるんです。見てもらえますか?」
太陽のような笑顔のリアから差し出されたのは、一見すると大根のようにも思える。
しかしながら、それはあくまでパッと見た印象にしか過ぎず、その造形は非常に特殊なもので。
ほのぼのニュースとしてたまに取り上げられる、『セクシー大根』よろしく、二本の足が絡み合っているように見える根っこの部分と、能面を思わせる表情を備えているのだ。
「どうです? 可愛いでしょう?」
エヘヘと笑うリア。愛しい奥さんの言葉には極力同意したいところだけど、どうしても慣れることができない。
これこそが例の植物で、いわゆるマンドラゴラと呼ばれているものである。
なぜ、領地でマンドラゴラを栽培しているのか?
これから交易を拡大していくにあたり、特産品を増やせないかとリアたちへ相談を持ちかけた所、マンドラゴラの栽培を薦められたことが、そもそものきっかけだった。
「マンドラゴラって、アレだよな? 引き抜いた瞬間絶叫されて、それを聞いたら死ぬっていう」
「そうです!」
一点の曇りもなく即答するリア。いや、ダメだろ、それ。
「でも、お薬としての需要はかなりあるんですよ。魔術の媒体としてだけでなく、マナの回復薬としても使われますし」
「へえ〜」
「マンドラゴラをお酒に漬け込んだものは、滋養強壮にも良くて、お父様もよく飲まれてました!」
まるっきり養命酒じゃん。
兎にも角にも身体にいいということはわかった。でもさ、育てるのはやっぱり危険じゃない?
「そこでタスクさんの能力を使えないかと!」
「オレの?」
「アンタの構築を使えば、他の種子と合成ができるでしょ? もしかしたら叫び声の出ないマンドラゴラが作れるかもしれないじゃない」
クラーラの言葉に、ですです! と、力強く頷くリア。うーん、そんなに上手いこといくかなあ?
「ものは試しにやってみましょうよ!」
……と、そんなふたりにのせられて、以前クラウスがくれた種子と、リアとクラーラが採取してきた野生のマンドラゴラを構築していくこと数回。
試験畑で育てては、防音の結界をかけて収穫し、その都度、どのぐらいの叫び声が出るか、検証を重ねてきたのである。
面白いことに、マンドラゴラの絶叫度合いは見た目と比例しているらしい。
生姜のようにゴツゴツした形状と、絵画でいうところのムンクの叫びを彷彿とさせる表情の頃は、特殊な耳栓をつけて収穫しなればならないほどに、地獄のような雑音だったものの。
丸みを帯び、穏やかな顔つきへ変化していくにつれ、次第にボリュームは小さくなっていき。
今日の能面のようなマンドラゴラに至っては、「ソプラノでハーモニーを奏でているみたいでした!」と、リアが力説していたほどだ。
「まだまだ改良できるでしょうけれど、この状態なら出荷できますよ!」
白衣をまとった龍人族の王女は胸を張るものの、果たしてこれがマンドラゴラと受け入れられるのか、若干の不安がある。
「野生のものと違って、見た目が全然違うじゃん。信じてもらえるかな?」
「放出されているマナの量は変わりませんし、問題ありませんよ。味も良くなってますから、受け入れられるに決まってます!」
リアとクラーラが言うには、改良を重ねていくごとに独特の匂いや苦味がなくなり、薬としての使い勝手もよくなったそうだ。
「生のままでもエグみがありませんし、お野菜としてサラダに使ってもいいかもしれませんね」
ニコニコしながら続けるリア。……食べるの? これを? 生で? マジで?
「マジもマジです。大マジです」
「……お腹壊したりしない?」
「大丈夫ですよぉ!」
「ホントかなあ?」
リアのことは信用してるし、優秀な薬学者だということも理解している。でもなあ、見た目がこれだよ? 食べていいものか心配になるじゃん。
「そんなに不安なら、ボクが今から調理してあげます!」
そう言うと、リアは片手にマンドラゴラ、片手にオレを捕まえ、引きずるようにして新居に向かっていく。
……程なくして、可愛らしいエプロンに身を包んだ奥さんが、自分のために料理を作ってくれるという僥倖を得られたものの。
まな板の上で、能面のような顔を縦半分、真っ二つに切られるマンドラゴラを見てしまうと、完成したサラダがどんなに素晴らしいものでも食欲がわかず。
「はい、タスクさん! あーんしてください♪ あーん……」
なんて具合に、リアから食べさせてもらうことでようやくマンドラゴラを味わうことができたのだった。
味は……。うん、瑞々しくて、あっさりしていて美味しかったよ。クセもなかったし。
なにより、最高の調味料として愛情が加わっていたからね(ヤケクソ)!
……なにはともあれ。
こうして優秀な研究者たちの手により、新たな特産品がまたひとつ誕生したのだった。
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