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166.アイラへの頼み事

「な、なんじゃ? みんなして、私を見おってからに……」


 一斉に注がれた視線に気付いたのか、アイラは戸惑いの表情を浮かべている。


 そして、指先についたビスケットのかすを舐め取りながら、はっと我に返ったようにして続けた。


「……あっ!? や、焼き菓子ならやらんぞ! おぬしが食べていいというたからには、これは私のモノじゃ!」

「いらんわ。っていうか、お前だけのものじゃないからな? エリーゼたちの分も残しておいてやれよ」


 猫耳を伏せたアイラは、机に並ぶ焼き菓子の数々へ名残惜しそうな眼差しを向けている。相変わらずの食いしん坊め。


「菓子なら他のを作ってやるから話を聞け。頼みがあるんだ」

「ほぇ?」

「次回以降、獣人族と交渉する際には、アイラにも居て欲しいんだ」


 首を傾げるアイラとは対照的に、その意図を理解したのか、アルフレッドとクラウスは声を上げた。


「なるほど。アイラさんがこの土地で厚遇されていることがわかれば、これ以上ない説得力になりますからね」

「その上、領主であるタスクの嫁さんだからな。差別や偏見とは無縁っていうことをアピールできる」


 ふたりから感心の眼差しを向けられたものの、個人的には若干の抵抗があることも事実だ。


「忌み子っていう立場を、都合よく使うことは拭えないからな。アイラが嫌なら断ってくれても構わないんだけど」


 アイラ自身、嫌な記憶を掘り起こす真似はしたくないだろう。三毛猫というだけで蔑まれ、長い間、疎まれて暮らしてきたのだ。


「別に構わんぞ?」


 ……深刻に考え込んでいたオレがバカみたいじゃないかと思えるほどに、アイラはあっさりと応じてみせた。


「交渉の席に同席すればいいんじゃろ? 問題ないぞ」

「いいのか?」

「私を舐めるなよ、タスク? そんなことで忌み子がどうとか考え込むわけがなかろう」

「そうか」

「それにじゃ。私はおぬしの妻じゃからなっ! 夫に頼られて応えない妻などおるものかっ!」


 連中の前で存分に幸せエピソードを披露してくれるわ、と続けて、アイラはぬふふふふと心から愉快そうに笑った。


「いやはや、お熱いことで」


 わざとらしく手で顔を仰ぐクラウスに、アルフレッドが力強く頷いている。くそう、返す言葉がない。


 とはいえ、だ。心の何処かでアイラなら引き受けてくれるはずだと信じていたのもまた事実なわけで。


 素直に応じてくれたことへ感謝しながら、オレはもうひとつの頼み事をアイラへ伝えることにした。


 ……ただし。こっちは断られる可能性が高いので、予め逃げ道を塞いでおく。


「当日は、領主の妻の代表として交渉の席についてもらうけど。その点についても大丈夫か?」

「なんじゃ、タスク? 私が妻の代表では心もとないと、そういうことを言いたいのかえ?」

「そういうわけじゃないよ。ただほら、立ち振る舞いとかさ、堂々としてなきゃいけないから」

「ふふん、誰に物を申しておるのじゃ? 伊達に二百年生きておらんわ。完璧な淑女(レディ)っぷりを見せつけてくれようぞ!」

「そりゃ安心だ。そうだよな、アイラなら完璧な妻として振る舞ってくれるよな?」

「ぬふふふふ! 当然であろう! 私は完璧じゃからな!」

「淑女たるもの、振る舞いだけじゃなくて、服装も完璧にしないといけないな?」

「そうじゃな! なにせ完璧じゃからな! それはもう当然であろう!」

「それを聞いて安心したよ」

「そうじゃろうそうじゃろう! 何の心配もいらん!」

「そうだな。それじゃあ早速、ドレスの採寸をしてくれるかな」

「……はぇ?」


 最後の一言が理解できなかったのか、気の抜けた返事をするアイラ。


 途中から勢いよく立ち上がり、自信満々の表情を見せていただけに、間抜けな感じになっているのは否めない。


「やほやほ、タックン☆ 呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーンッ! 愛しのベルちゃん、ただいま参上だヨ!」


 勢いよく執務室のドアが開くと同時に、部屋の中へ飛び込んできたのは、ギャルギャルしい格好をした褐色のダークエルフで、アイラは困惑の顔を向けている。


「な、なんじゃ、ベル? 何をしに来た?」

「アイラっちのドレスを作ってくれって、タックンからお願いされたの!」

「は? ドレスじゃと?」

「そういうことだ。まさか普段の服装で交渉の席についてもらうわけにもいかないからな」


 栗色の長い髪、透き通るような白い肌、翡翠色の大きい瞳が印象的な美しい顔立ち……と、元がいいのにも関わらず、服装には無頓着だからな、アイラのやつ。


 いつも着用している動きやすそうな忍者っぽい服も、公の場では遠慮してもらいたい。


 とはいえ、可愛らしい服装を極端に嫌がることは重々承知していたので、予めベルを呼んでくるようカミラへ頼んでおき、アイラの退路を塞ごうと手を打っておいたのだ。


「ホイっ★ つーかまーえたっ♪」


 期待通り、ガッチリとアイラの身体を掴んで離さないベル。腕の中でジタバタと抵抗するアイラだが、身長差もあって抵抗は難しいようだ。


「は、図ったなタスク!!」

「さっきドレスの採寸するっていったじゃん。大人しくベルに身を委ねろ」

「い、嫌じゃ! 私はドレスなど着とうない!」

「もうっ☆ 暴れちゃダメだよ、アイラっちぃ♪ 心配しなくても、ウチがちゃーんと、可愛らしいドレス作ってあげるからっ★」

「そんなこと頼んでおらん! いいから離せ! 離さんかっ!」

「は〜い、採寸終わったら離してあげるねえ☆ ところでアイラっち、おっぱい大きくなってない? もみ心地が違うっていうか……」

「ど、どこを触っておる!! んっ……。そ、そこは……、へ、変なところを触るなぁ!!」

「じゃ、タックン☆ アイラっちは預かっておくねえ♪」


 ウインクを残し、猫人族を引きずりながら、ベルは執務室を後にする。覚えておれという残響音が廊下へ響き渡っていたような気がするけど、多分、幻聴だな。


「賑やかで何よりです。相変わらず仲がよろしいようで」


 騒動を微笑ましく見守っていたアルフレッドが口を開く。


「まあね。おかげさまで楽しい夫婦生活を送らせてもらってるよ」

「羨ましい限りです」

「お前だって相手はいるだろ。遠くない未来には似たような感じになっているんじゃないか?」

「いやあ、僕なんかはまだまだですよ。どうなるかなんてわかりませんし」


 アルフレッドが気恥ずかしそうに頭をかきむしる中、クラウスはポツリと呟いた。


「結婚ねえ? 俺にはとんと縁がないもんだと思ってたけど、こういう光景を見ると、案外悪くねえかもな」

「お。クラウスにもいい相手がいるのか?」

「いねえよ、そんな相手。だいたい、俺、九六〇歳のジジイだぞ? よほどのモノ好きじゃなきゃ相手にもしてくれねえだろうな」


 少年のような若々しいルックスと端正な顔に苦笑いを浮かべて、ハイエルフの前国王は反論する。


 十代といっても通用する見た目なだけに、時折、発言の内容に混乱するんだよなあ。


 ていうか、ソフィアはクラウスの実年齢知ってるのかな? ソフィアのことだから、知っていたとしても関係ないとか言いそうだけど。


「わかんないぞ? 意外と近くにいるかもしれないじゃんか」


 具体的な名前を出したところで、クラウスに引かれてしまっては元も子もない。この場ではソフィアの名前を伏せておき、様子を探ることにしたんだけど。


「へいへい。慰めの言葉なら間に合ってるっつーの。それより、仕事の話をしようぜ」


 ……なんて具合に一蹴されてしまった。むぅ、手助けできず、申し訳ない、ソフィア。


 結局その後は真面目な打ち合わけに終始し、マンガの件とあわせて、収穫物を増産していく方向で決着した。移住者を受け入れていけば食料の消費も増えるし、当然の話だろう。


 そして最後に、ここ最近ずっと考えていた将来の展望について、ふたりへ切り出すことにした。


 この領地をどうしていきたいか、目指すべきところはなにか、漠然と抱いていたイメージがようやく固まったのだ。


 ――途方もないけど面白い。アルフレッドとクラウスが賛同を示してくれたことで、その計画を実行に移す覚悟もできた。


 すなわち。


 大陸を横断する交易路を敷き、その中心地として、この領地を経済貿易都市へと発展させるのだ。

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