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162.桜の木、その後

 翌日。


 龍人国の首都へ出発するアルフレッドとファビアンを見送ろうと思っていたのだが、ふたりからは丁重に断られてしまった。


 ひとりはグレイスに、もうひとりはフローラに用事があるそうで、つまるところ「邪魔をするな」と、そういうことらしい。


 なんだかんだ順調にいっているようで何よりだけど、このまま結婚とかになったらどうするんだろうな?


 ここに留まってくれるのが一番嬉しいんだけど、ふたりとも首都に別の拠点があるしなあ。新居を設けて引き止め工作でもするか。


 ま、それは追々考えるとして。とりあえず、今やるべきことをやっておかなければ。


 とはいえ、昨日の堅苦しい出来事に辟易していたのか、どうにも心を休めたかったらしい。


 何気なく足を向けた先は満開の花畑で、咲き誇る花々をぼんやり眺めていると、ひらひらと宙を舞う一体の妖精を視界に捉えた。


「あら、タスクじゃない。こんなところで何してるの?」


 可愛らしいウェイトレス服に身を包んだココは、背中の羽をパタパタと動かし、目の前に漂っている。


「単なる息抜きだよ。そっちはこれから仕事か?」

「ええ、そうよ。……あ、そうだ」


 思い出したように両手を合わせ、ココはオレの右肩へ腰を下ろした。


「タイミングがよかったわ。このまま桜の木まで行きましょう?」

「桜はもう散っただろ? 行ったところで花は見れないと思うけど」

「ところがね。面白いものが実っているのよ」

「なんだそりゃ」

「とにかく、実際に見て!」


 そうして促されるまま、渋々桜の木へ足を運んだわけなのだが。


 豊かな緑葉の隙間から見える薄黄色の球体に、オレは目を丸くするのだった。


***


「……何だ、これ?」


 桜の枝のあちこちに実る薄黄色の球体は、果実としてはなかなかのサイズで、野球ボールぐらいの大きさをしている。


 一見するとグレープフルーツっぽく見えるけど。桜の木にグレープフルーツが実るわけないし。


「アナタのいた世界では、桜の木に果実は実らないの?」

「いや、実るけどさ。こういうものじゃなくて、もっと赤くて小さいヤツなんだよなあ」


 脳裏にさくらんぼをイメージしながら、眼前の果実をもぎ取ってみる。


 この見た目で、香りや味がさくらんぼそのまんまだったら笑うんだけどなあと、一瞬そんな事を思っていたものの、実際にはそんなことがあろうはずもなく。


 手に取った果実からは、ごくごく馴染みのある、爽やかな柑橘系の香りが鼻腔をくすぐるのだった。


 日本人であればすぐに思い出せる、やや特徴のある香り……。そう、紛れもなく柚子そのものだ。


 ……はぁ? 柚子? なんで?


 桜から柚子が実るなんて聞いたことないし、第一、柚子にしたって、形が大きすぎるだろ!?


「日本って場所じゃ、これが普通なんじゃないの?」


 その問いかけを全力で否定したものの、ココは落ち着いた様子で続けてみせる。


「ふぅん。でも、普通じゃなくても仕方ないわよ」

「なんで?」

「だって、ここはアナタのいた世界とは違うのだし、この桜だって、異邦人であるアナタの能力で作り出されたのよ。変だったとしてもおかしくないわ」


 ……一括に変人扱いされているような気がするんだけど、オレの被害妄想だろうか?


 とはいえ、実ってしまったからにはしょうがないしなあ。あとはこの果実を有効活用する以外にないわけで。


「ね。どうやって食べるの?」


 ワクワクした様子でココが尋ねてきたものの、柚子ってこのまま食べるにはちょっと厳しいんだよな。苦味だけじゃなくて酸味もあるし。


 皮が剥きやすかったので、日本のそれとは違うかなと一瞬期待したものの、中の可食部分はやはり苦く、そのまま食べるには少し厳しい。


 襲いかかる苦味と酸味に、顔をしかめて耐えるオレだったが、ココにとっては美味しい果実だったようで。


 キラキラとした瞳で、頬を紅潮させながら「美味しい!」を連呼するのだった。……マジですか?


「今までに味わったことのない酸味ね! とっても美味しいわ!」

「苦くないのか?」

「少しだけね。でもそんなに気にする必要もないと思うけれど」


 主食が木の実とか果物だから反応が違うのか? 日本じゃジャムとかスイーツ、あとはお茶とかにして楽しむもんなんだけどね。


「それも素敵ね! ぜひ食べてみたいわ!」

「オッケー。それじゃ、これを持ち帰って作るとするよ」

「さっすがタスク! それでこそ私が見込んだ紳士ね! 楽しみにしてるわ、ダーリン!」


 頬に軽く口づけをしてから飛び去っていくココ。誰がダーリンだ、まったく。


 ま。喜んでくれているようだし、桜の木から柚子が実ったのもひとまずヨシとすることにしよう。


 この世界に来て一年。変な物を作り出すことにすっかりと慣れてしまった感があるというか、キテレツなことが起きたとして受け入れられる自分がいるというか……。


 いやはや、慣れというものは恐ろしい。


 となるとだ。もしかしてこれも育てていくうちに、愉快なことになるんじゃないだろうか?


 そんなことを考えながら、ズボンのポケットへしまっておいた小袋を取り出して中を覗き込む。


 そこには、クラウスから貰った種籾が詰まっていた。

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