160.獣人族の使者との面会
雑務や家事全般を戦闘メイドたちへ任せたことで、水流式回転テーブルを製作できる余裕ができたこともあり、それならばとファビアンを呼び出したんだけど。
そのことを話す間もなくやってきた突然の客に困惑しながら、どのような用件で獣人族がやってきたのか、オレはハンスに尋ねた。
「使者曰く、交易をするため話し合いにきたと。紹介状を持参してましたな」
そうして手渡された紹介状は、龍人族の国の大臣という肩書と署名のなされたもので、「獣人族の国との交易をくれぐれも丁重に行うべし」といったようなことが長々と書かれている。
「ちょっと失礼」
紹介状を受け取ったファビアンは、無感動に書類へ目を通し、それから感想を呟いた。
「確かに。大臣の中のひとりだ。署名も見たことがあるし本物だろう。しかしなんというか、慇懃無礼のお手本みたいな文面だね」
「オレ、悪いけどその人のこと知らないんだよなあ」
「アッハッハ! 無理もないさ! 宮中に来なければ知り合う機会もないだろうからねえ」
愉快に笑うファビアンはさておき、とりあえず対応はしないとな。
「使者の一行は何人ぐらい来てるんだ?」
「二十五名です」
「随分と多いな……」
「私が見た限り、交渉を行う使者は三名ほど。残りは武装しておりましたので、使者の護衛といったところでしょうな」
それだけ大人数だと新居の応接室にも入りきらないか。
「わかった。集会所へ案内しておいてくれ。それと、戻る際にアルフレッドを呼んでくれないか?」
「かしこまりました」
うやうやしく一礼して去っていくハンス。テーブルのティーカップを手に取ったファビアンは、執務室のドアが閉まると同時に口を開いた。
「ハンスはああ言ってたけど、護衛というのは方便だろうねえ。もっとも獣人族の連中は認めないだろうケド」
「どういうことだ?」
「獣人族の交渉のやり口さ。最初に強気な姿勢を見せて、優位に立とうとするのは彼らの常套手段だよ」
ファビアンが言うには、獣人族がよく行う交渉の手法として、武力をちらつかせ、優位に立とうとする傾向があるそうだ。
「恫喝まがいのことをしても、利のある内容を引き出したいってことなのさ」
「嫌なやり口だなあ」
「古典的だろ? 辺境の領地が相手だし、それが通じると思っているんだろうね」
今回やってきたのは、あくまで意志確認のための使者で、こちらの態度を見定めながら、次回以降、本格的な交渉へ乗り出すだろう。
「そういった意味では、次回以降のために、こちらも強気でいく姿勢が必要なんだけど」
「問題があるのか?」
「紹介状持参っていうのがねえ? 一応、大臣の署名があるからさ。無碍に扱うと、彼の顔に泥を塗ってしまうだろ」
手に持ったティーカップを口元まで運び、一息入れてからファビアンは続ける。
「そこでだね。大臣にはボクらを相手にしないほうが得策だと思わせてしまおうじゃないか。『紹介はした、あとは君たちで勝手によろしく』っていう体裁なら、メンツが潰されたとは思わないだろ?」
「そんなに上手くいくかな?」
「問題ないよ。ボクに任せて」
前髪をかきあげ、ファビアンは微笑んだ。
***
集会所の長テーブルの前に三人の獣人族が佇んでいた。
中央に犬、右が兎、左は猫と、それぞれ異なる形の耳が頭上にあることから、獣人族の中にもいろいろな種族がいるんだなと実感する。
後ろにいる武装した兵たちも、犬なのか狼なのかわからない耳をしているし、外に控える連中も姿形に統一感がなかったからな。多民族国家なのだろう。
使者と対面するように腰を下ろしたオレに続き、両隣のファビアンとアルフレッド、それに獣人族の使者たちが椅子へ腰掛けた。
「使者の方々、お待たせしました。こちらがタスク子爵であらせられます」
アルフレッドの紹介に使者たちが一礼する。
「お目にかかれて光栄です。獣人族の国より使者としてやってまいりました」
「楽にしたまえ」
オレの一言に頭を上げる使者たち。……うーむ、使い慣れてない口調はやっぱり緊張するなあ。
おっと、いかんいかん。気を緩めないようにしないとな。ファビアンから“演技”をするよう言われていることだし。
あとはアルフレッドとふたりで上手く進めてくれるって言ってたけど、どうなることやら。
「さて、本日やってきましたのは他でもありません。我が国と子爵の領地とで交易を結べればと思い、参上した次第」
オレを真っ直ぐに見据えたまま、犬耳の使者は早速とばかりに用件を切り出した。
「なお、交易につきましては、龍人族の国の大臣よりよろしく取り計らうよう紹介状を頂戴しております。今後につきましては、その事をご一考いただければ幸いかと」
後ろ盾ついてんだぞ、わかってんだろうなという意味合いのセリフを遠回しに伝えてくるじゃないか。
不敵に笑っている様子も正直気に入らない。なるほど、強気にくるっていうのはこういうことか。
「ああ、その件なのですが……」
わざとらしく残念そうな表情を浮かべ、アルフレッドは額に手を当てた。オレが台詞を言うサインだ。
「悪いが、貴殿らの国と交易をするつもりはない」
芝居のつもりだったけど、結構ムカついてたらしい。演技ではなく本気で伝えてしまった。
しかしながら、相手にはむしろ効果的だったようで、使者たちは動揺を隠せない様子だ。
「なっ! ど、どういうことです!?」
「子爵が述べられた以上、理由をお伝えする必要はございません。我々はこれにて……」
アルフレッドの言葉に続き、席を立とうとするオレを犬耳の使者が引き止める。
「こちらは大臣の紹介状を持ってきたのです! にも関わらず、その対応はあまりにも心外! 子爵殿は大臣の面子をどうお考えなのですか!?」
「黙りなさい! 大臣の紹介状を持参してきたからこそ、子爵は貴殿らの前に姿を見せられたのだ! 本来であれば我々だけで十分だというのに、そのご配慮もわからぬか!?」
「なんだと!」
「逆に問うが、貴殿らは子爵をなんと心得られる。賢龍王ジークフリート陛下のご息女リア様と結ばれ、王位継承権所有者でもあらせられるお方であるのだぞ」
アルフレッドの気迫に使者たちが気圧されているのがわかる。
「それにこの領地は、陛下から直々にタスク様へ治めるよう申し伝えられた土地である。辺境の地なれど、陛下の直轄である領地へ武装して乗り込むとは。貴殿らこそ無礼だと考えないのか!?」
「そ、それは……。道中、樹海の魔獣対策に護衛をつける必要があり……」
「ほう。貴殿らは樹海を治めし子爵の統治能力を疑われるのか? そのような大人数でなければ来ることのできない危険な場所だと。そう申されたいのかな?」
「いえ、決してそのような……」
……うわぁ、龍人族の商人怖ぇ……。本気を出したアルフレッドの凄みおっかないなあ。普段と言葉遣いなんか全然違うしさ。使者の人たちなんか、めちゃくちゃ引いてるもん。
「大臣の紹介状を持参して来られたと言うが。陛下の直轄地に対し、いち大臣がよろしく取り計らえというのは、いささか不釣り合いな気がしてならないが……」
「……」
「まあそれはこの際、良しとしましょう。ところで使者殿はいかなる権限があってここへお越しですか? 交易品の内容や、予算の面などは、当然、決定権をお持ちで?」
犬耳の使者は忙しく左右に首を振りつつ、ヒソヒソ声で両隣の使者と話し合っている。
額に浮かび上がる汗を拭い取り、そして、入ってきた頃とは異なる余裕のない顔で、申し訳なさそうに口を開いた。
「それが……、我々は、その、子爵に交渉する意志があるかどうかの確認を……」
「は? なんですか?」
「その、子爵に交渉する意志があるか確認するためにやってきただけですので……。交渉の権限というのは」
「お持ちではない。そう仰るのですか?」
力なく頷く犬耳の使者へ、呆れ顔を向けるアルフレッド。
「困りましたね。交易の権限もなく、意志の確認をするためだけに、このような仰々しい集団で来られたと」
「い、いえ、そのような」
「武装を固められておいでなのです。場合によっては外交問題と受け取られかねませんよ? そうなっては紹介状を書いた大臣の責任問題も追及しなければなりません」
「……」
「そうなれば、我が国の大臣へ口利きを頼んだであろう、貴殿らの上役にも、少なからず影響はあるかと思いますが」
「そ、それは……」
「まあまあ。そのぐらいで止めておきましょう」
穏やかな口調で間に入ったのは、ここまでの流れを企画立案したファビアンだ。
「獣人族のご使者も悪気があってやってきたわけではないでしょう。いわば上からの命令に従っているだけ。そうではありませんか?」
「そ、そうなのです!」
思わぬ助け舟に即答する犬耳の使者。
「で、あれば、こういうのはいかがでしょうか? 一度、我らが領地の特産品を持ち帰っていただき、交易の内容を決める目安としてもらっては」
「ファビアン殿。それはいくらなんでも甘いのでは」
「いえいえ、獣人族の方々も、そのほうが取引する品を決めやすいでしょう。それに、交易をするかしないかのご判断をされるのは子爵です。権限をお持ちの方にご来訪いただき、それから改めて話をされてみては?」
慣れた手付きで前髪を書き上げるファビアン。オレへのサインのはずなんだけど、いつものクセと変わらないから混乱するな。
「うむ。私はそれで構わない」
ゆっくりと頷いて、使者たちの反応を待つ。
「我々もそれで構いません。ですので、穏便に事を運んでいただけると……」
「わかっております。次回以降は有意義な交渉ができることを願っていますよ」
微笑むファビアンにすっかり恐縮する獣人族の使者たち。いやはや、若干気の毒に思ってしまうね。
(子爵……)
おっといけない。目配せするアルフレッドに、表情を引き締める。獣人族が帰るまでは演技を続けないとな。
ほうほうの体で退散していく獣人族たちを眺めやりながら、ファビアン作の脚本と演出が上手くハマったことに、オレは心から安堵を覚えるのだった。
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