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158.来賓邸でのマンガ談義

 その日の夜。


 来賓邸の応接室では、エリーゼの書いた将棋マンガのプロットを肴にして、いつもの面々がワインを楽しんでいた。


(よくもまあ、平然と飲めるもんだな……)


 クラウスはどうだかわからないが、ジークフリートとゲオルクは、花見をしながら、合わせて二十本以上のワイン瓶を空けていたはずなのだ。


 にも関わらず、酔っ払っている様子など微塵も感じられない。……化物なのか?


 とてもじゃないけれど付き合いきれないので、オレはひとり紅茶をちびちび飲みながら、五十年物だという白ワインを嗜む三人と向かい合っている。


「ふぅむ、将棋の普及にこういった手法を用いるのか。実に興味深いな」

「こういった手法の絵をマンガと呼ぶのか。これについてはハヤトからも聞いたことがなかったな」


 プロットに目を通しながらジークフリートとゲオルクが感心したように口を開き、それにクラウスが応じる。


「いやいや、ゲオルクのおっさん。これはマンガのプロット、設計図みたいなもんさ。これを元にしてマンガが作られるんだ。なあ、タスク?」


 得意げに知識をひけらかすハイエルフの前国王。数日前まではマンガについて知らなかったのにな。


 ちなみにエリーゼが作ってくれたプロットがどのようなものかというと。


 『龍人族の少年が将棋を通じて、友人と出会い、ライバルと切磋琢磨しながら成長していく』という、往年の週刊少年○ャンプを彷彿とさせるような『努力・友情・勝利』をテーマにしたもので。


 オレが何もアドバイスをしなかったのにも関わらず、王道系少年マンガを考え出す発想力は流石だなと思わざるを得ない。


 クラウスもこのプロットには満足しているらしく、この方向でマンガ制作のスタートが切られると思っていたのだが。


「気に入らんな」


 しかめっ面で白ワインをあおり、ジークフリートは呟いた。


「気に入らないって、何がです?」

「決まっておろう。このプロットとかいうやつだ」


 変なことはなにひとつ書いてないはずなんだけどなと首を傾げた直後、テーブルにプロットを投げ置き、ジークフリートは続ける。


「登場人物の中にワシがおらんではないか!!」

「突然何を言い出すかと思ったら……。あったり前だろ? いいか、おっさん。マンガってのはフィクションなんだ。実在の人物が登場するわきゃねえんだよ」

「何を言うか! そなたそっくりの人物が描かれておるではないか!!」


 ジークフリートが指し示した先には『主人公の将棋の師匠』として描かれているキャラクターがいたのだが。


 このキャラクターがクラウスに似ているハイエルフだったことが気に入らないらしい。


「偶然だよ、偶然。気にすんなって」

「そうですよ、義父さん。そんなムキにならなくても……」

「うるさいぞ、タスク! この主人公の少年とやらも、そなたにそっくりではないか!?」


 ……ああ、それについてはね。オレも気になってはいたんですよ。


 どことなくオレに似ている主人公だなあとは考えていたんだけど、いや、龍人族の少年だっていうし、気のせいだろって思い込んでいたんだよなあ。


「いや? タスクに激似だぞ、コイツ。人間族は顔が幼いし、エリーゼも描きやすかったんじゃね?」


 即答するクラウス。むー、やっぱりそうか……。エリーゼもわざわざ身近な人物をモデルにしなくてもよかっただろうに。


「そなたらばかりズルいぞ!! ワシも登場させろ!!」

「大人げないぞジーク。我が儘をいうな」

「そうは言うがな、ゲオルクよ。お前もマンガに描かれたら嬉しかろう!?」

「……まあ、それについてはやぶさかではないが」


 まんざらでもなさそうに同意しないでくれよ、ゲオルク。こうなると、賢龍王も駄々をこねるだけの酔っぱらいになっちゃうからさ。


「やかましいぞ、おっさん。モデルにされたかったら、それ相応の人望を集めてから言えっての」

「なんだと、若造! 賢龍王と讃えられし、このワシに何たる口の聞き方か!?」

「あー、もう。二人共落ち着いて」


 何が悲しくて、二千歳を越える龍人族と九六〇歳のハイエルフの喧嘩を仲裁をしなきゃならんのだ。


 とりあえずジークフリートとゲオルクについては、マンガの中に登場させられないか、それとなくエリーゼに相談しておくことで場を収める。疲れるわ、ホント。


「……あ、そうだ。タスクに聞きたいことがあったんだけどよ」


 何事もなかったように、コロッと表情を変えたクラウスがオレに向き直る。


「オレンジ色の髪をした魔道士の嬢ちゃんいたろ?」

「ソフィアのことか」

「そうそう、ソフィアだ、ソフィア。一体、どんな娘なんだ?」


 ……質問の意味がよくわからず聞き返そうとした矢先、ニヤニヤとした表情を浮かべ、ジークフリートが口を開いた。


「なんだ、ついに独り身から脱却するつもりか?」

「アホ、そんなんじゃねえよ」

「……クラウス、結婚してなかったのか…?」


 もしかしてとぼんやり思っていたものの、やはり驚くことには変わりない。だってハイエルフの王様だった男だよ? モテないわけないじゃんか。


 ボリボリと後頭部をかきむしりながら、クラウスは呟く。


「王様って言ったって、好き勝手やってるだけだったからな。家にもほとんどいねえしさ。嫁さんがいたら振り回しちまうと思ってよ」

「いやいやいや。それでも受け入れる相手だっていたんじゃないのか?」

「あー? まあなあ。それでもいいっていう相手はいたけど、今度はオレが気を遣うしな……って、そんな話はどうでもいいんだよ」


 グラスに注がれた透明な液体を一気に流し込み、熱い吐息を漏らしてから、ハイエルフの前国王は話題を変える。


「昼間、ソフィアにから差し入れを貰ってな。その時いろいろ話してたんだが」


 知ってるよ、リビングで会ったからなと思ったものの、黙って頷いておく。


「マンガのことを話した途端、目の色を輝かせて、ぜひ手伝わせて欲しいと言われてさ」

「ああ、なるほどね」

「あの嬢ちゃんのことをよく知らねえし、そんな相手に手伝いを頼むのもどうかと思ってよ」


 BLの創作におけるソフィアの情熱は知っているし、人となりだって問題ない……多分だけど。


 そのようなことをオブラートに包んだ表現で伝え、ツインテールの魔道士を推薦すると、クラウスは何度も頷いてみせた。


「そうか。タスクがそこまでいうなら間違いねえな。エリーゼの描くマンガの手伝い、ソフィアにも頼むことにするか」


 それがいいと応じるオレに口を挟んだのはジークフリートで。


「バカなことを言うな。芸術家同士、意見が対立することもあろう。そのようなことになったら、マンガの完成が遅れる恐れもあるぞ?」


 言っていることはわかる。どうしても譲れない部分が出てくることもあるだろうしなあ。


「であろう? 芸術とはそのようなものだ。個人の我を通してこその芸術作品なのだよ」

「おっさんは手伝ってもらわないほうがいいって言うのか?」

「いやいや。そうは言っておらん」


 そう言うと、ジークフリートはニヤリと笑ってから、さらに続ける。


「単純な話だ。ソフィアにも別のマンガを描いてもらえばいいのだよ」

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