157.ソフィアと差し入れ
「……何してんだ、ソフィア?」
「うひぃっ!?」
いやいや……。「うひぃっ」って。どんな反応だよ。
びくりと体を震わせたソフィアは、動揺から手に持っていたバスケットを落としそうになりつつも、なんとか堪えているようだ。
先日とはうって変わり、オレンジ色のツインテールとフルメイクを決め込んだ魔道士は、華やかな装いに身を包み、バツの悪そうな表情を浮かべている。
「た、た、たぁくんこそ、な、なに、してんのよっ!」
「クラウスへ差し入れに来ただけだけど」
「ふ、ふ〜ん。そ、そう……」
さっきからずっとそわそわしているし、清々しいほどの挙動不審っぷりだな。
「ああ。もしかしてソフィアも差し入れに来たのか?」
「……っ!!」
何気なく尋ねたつもりだったのだが、ソフィアにとっては核心を突かれた問いかけだったようで。
「べべべべべべ別にぃ!? そそそそそそんなんじゃないしぃ!!」
顔を真っ赤にして反論してくるんだもんな。差し入れに来た意図がバレバレだっての。
「それにしても、クラウスがここにいるってよくわかったな」
あまり動揺させてもかわいそうだと、オレはワンクッション置いて、ソフィアの様子を伺うことにする。
「……お花見の場所、探していないんだもん……。カミラに聞いたらぁ、こっちにいるってぇ……」
「なるほど」
「ごちそういっぱいあったのにぃ、食べないのはもったいないでしょぉ?」
バスケットの中から、ほんのりとスパイシーな香りが漂う。中にカレー風味のから揚げでも入っているのだろうか。
「持っていってあげたらクラウスも喜ぶさ」
「そ、そうかなぁ?」
「ワインばっかり飲んでるみたいだしな。何かしら食べ物を持ってきてやろうと思ってたんだ。ソフィアが来てくれてよかったよ」
まんざらでも無さそうに照れ笑いを浮かべた後、ソフィアは表情を曇らせる。
「でもさ、あんなことがあったからぁ……。恥ずかしいっていうかぁ」
「あんなこと?」
「ほらぁ、ついこの間、たぁくんの家でやっちゃったじゃない」
「それは自作のBLを目の前で熟読されたことか? それともすっぴんを見られたことか?」
「悪かったわねぇ! 両方よ、両方っ! どっちも恥ずかしかったのぉ!」
「さいですか」
ムキになって言い返すソフィアをなだめながら、オレは続けた。
「クラウスはそんなこと気にするようなヤツじゃないし、堂々としてればいいんだよ」
「そんなこと言われてもぉ……」
「っていうかさ、らしくないじゃんか。気になる相手に、攻めの姿勢でぐいぐいいくってのが売りじゃなかったのか?」
「たぁくんてば、アタシのことどんな風に思って……まあ、あってるケドさぁ」
アルフレッドへ迫っていた頃とは異なる、恋する乙女の顔でソフィアは呟く。
「ああいうことがあっても、普通に接してくれる人なんて初めてだったんだもん。急に迫って、嫌われるようなことがあったらどうしようとか考えちゃうよぅ……」
「大丈夫だって。知り合って間もないけど、裏表のない気持ちのいいヤツだってことはわかってるしさ。心配すんなよ」
「そ、そうかなあ」
誰からも好かれるような爽やかさだしな、クラウスは。少年マンガで言うなら、王道系主人公タイプってやつ? しかもハイエルフの前国王ときたもんだ。さぞかしモテるんだろうね。
……あれ? そういやクラウスって、結婚してるのか? 世界中を旅して回ってるってことは聞いたけど、家庭環境のことについてはまったく知らないな。
後押ししたところで、結局のところ、奥さんが何人もいましたっていう結末の可能性も捨てきれないけど……。新たな恋へ踏み出そうとしているソフィアに諦めとけなんて言えるわけがないし。
さんざん悩んだ挙げ句、オレはこんな言葉でツインテールの魔道士を送り出すことにした。
「とにかく当たって砕けてくりゃいいじゃん。骨は拾ってやるからさ」
「ちょっとぉ、たぁくん酷くない? まだ砕けるかどうかわかんないじゃん!」
「いいから行ってこいって。それだけ言い返せる元気があるなら上手くいくだろ」
わかってますよぉとベロを出し、足音を立てながらソフィアは階段を上っていく。恋心の結果がどうであれ、悔いが残らないよう健闘を祈るばかりだ。
***
そんな心がキュンキュンするような、少女マンガ的ひとコマはさておいて。
花見会場に戻ったオレを待っていたのは、異様の一言に尽きる宴会の光景だった。
上半身裸のハンスとワーウルフたちが繰り広げるボディビル大会を筆頭に、酒に酔った戦闘メイドたちによる、華麗な空中戦が展開されているプロレスとか。
これまた酔っているであろうファビアンが甘い言葉を囁いている相手が桜の木で、フローラはフローラでお構いなしにしらたまの背にまたがっては、ロデオもどきな遊びに興じていたり。
暑いから脱ぐとおもむろに服を脱ぎだそうとするクラーラを必死に止めていたカミラが、突如、「クラーラ様に服を脱がせるわけには参りません! ここは私が!」なんて叫んで、メイド服を脱ごうとしているのをリアが止めたり。
かと思えば宴会初参加のハイエルフとダークエルフたちが、肩を組み、陽気に歌って踊っていたり。
あまりの収拾のつかなさっぷりは、この場に留まるのを本能が拒否するレベルだ。
……クラウスのところで静かに飲んでたほうがいいかもな。そんな考えが頭をよぎり、踵を返そうとした瞬間。背中に飛びつく謎の人物が。
「たぁすくぅ……、どこにいっておったのじゃぁ? ずぅぅっと、さがしておったというのにぃぃぃぃ」
両手両足をオレの体に絡ませて、アイラはアルコール混じりの吐息を漏らした。
「よめをほうりだして……ヒック……あちこちうろつきまわるとはぁぁぁ……。ていしゅのかざかみにもおけんっ……ック……やつじゃのぉぉ」
「いや、誤解だっての。オレはただ」
「もんどうむようっ!!!」
手足を外したアイラはオレの前に回り込んだかと思いきや、目を座らせたまま、猛烈な勢いで胸元へダイブしてくる。
「ぬふふふふふぅ……。もう、はなしはせんぞぅ……。た〜っぷりあまえさせてもらうからのぅ……」
そう言って、猫耳をぴょこぴょこ動かしながら、体ごと擦り寄せるアイラ。……普段からこのぐらい可愛いといいのになあ。
満足げな猫人族の頭を撫でてやっていると、今度は別の叫び声が。
「ああああああ!!! タックンとアイラっちがいちゃついてるっ☆」
ウチもウチもと声を上げつつ駆け寄ってくるベル。こうなると、いつもと同じような展開が待っているんだろうなあ。
その予感は正しかったようで、ベルの後ろからやってくるエリーゼとリアの姿が次々と視界に入る。
(もはや風流とか、桜で花見とか、一切関係ないな、コレ……)
ため息混じりにそんなことを思いつつ、遠慮なしで飛び込んでくる奥さんたちを、オレは全身で受け止めるのだった。