135.新居お披露目(後編)
領民と共に宴を催しましょうと提案したのはハンスだった。
曰く、新たに赴任した領主は、顔見せを兼ねて、領民へ食事を振る舞うというのが習慣になっているそうだ。
「領主となられて随分と日が経っておりますが、新居建築の労をねぎらう意味でも、宴席を設けるのがよろしいかと」
うやうやしく頭を下げる戦闘執事。もちろん、大賛成だ。お礼の意味も込めて、盛大にやろうじゃないか。
「子爵ならそう申されると思っておりました。早速、手筈を整えます」
「そうしてくれ。しかし、なんだな。結婚式とか、年越しの時も思ったんだけど、みんなお祭り騒ぎが好きなんだな」
「娯楽が少ないですからな。皆、楽しめる機会を欲しているのですよ」
年間を通しても祭りは一度きり、秋に収穫祭があるぐらいで、一般庶民はほとんど働き詰めらしい。
「そのような環境がほとんどの中、領民がゆったりと暮らすこの土地は極めて特殊と申し上げていいでしょう。領主の新居建築を率先して手伝う領民など、ありえない話ですからな」
「ホント、ありがたい話だよ」
時折、いじられている場面があったり、雑に扱われている感があるのは拭えないけどさ。
付き合いも長いし、家族みたいなもんだからしょうがないか。
ともあれ、ハンスの指示の下、新居の一階と外の敷地部分を使って、みんなでパーティをしようということになったのだが。
前もってやることを知ってたんじゃないかって勢いで、豪勢な料理が次々と運ばれてくるのだ。
「お館様なら、派手に新居祝い開くだろうなって思ってよ!」
「その通りです。皆、完成に合わせて準備していたのですよ」
ワイン瓶の入った木箱を両手に抱え、ダリルとアレックスが笑いながら応じる。
そのまま忙しく駆け回るハーフフットたちを眺めやりながら、何か手伝うことはないかとうろついているオレに、ロルフが声を掛けてきた。
「どうされましたか、タスク様」
「あ、ロルフ。いやさ、みんなに任せっきりなのが申し訳なくてさ、何か手伝うことはないかなって」
「領主にお手伝いを頼むなんてとんでもない話です。邪魔なのでどこかで休んでいてください」
ニッコリと微笑んで言い残し、その場を立ち去っていく翼人族。文脈の前半と後半で態度が違うのは気のせいだろうか……?
やっぱり雑に扱われる機会の方が多いのかも知れないなと感じつつ、領主という立場にも関わらず、そこはかとなく漂う疎外感を紛らわせるため、オレはしらたまとあんこと一緒に遊びながら時間を潰すのだった。
***
それからしばらく経って呼び出されたオレと二匹のミュコランを待っていたものは、豪華な料理の数々とヴァイオレットの羨ましそうな眼差しで。
後半は無視することにしておいて、バリエーション豊富な料理にオレは目を見張った。
ローストチキン、ガーリックシュリンプ、カキフライ、じゃがいものパンケーキ、ザワークラウト、十角鹿と根菜のトマト煮、石窯でこんがり焼かれた白パン……などなど。
目にも楽しい数々の品を前に、待ちきれないといった感じで、みんなソワソワしている。
うんうん。その気持ちは十分理解できるぞ。こういう時にオレができることと言えば、乾杯のスピーチを早々に済ませることぐらいなワケで。
「お疲れ様。これからもよろしく。楽しんでくれ。」といった具合に、五秒も掛からず挨拶を終えると、宴の会場は瞬時に賑やかなものへと変わるのだった。
場のあちこちで「乾杯!」という掛け声と共に、笑顔の泡が弾けていく。
真っ先に駆け寄ってきたヴァイオレットとフローラも、オレへの挨拶はそこそこに切り上げ、しらたまとあんこに身体を預けて恍惚の表情を浮かべているし。ま、いいか。楽しんでいるなら。
せっかくだったらアルフレッドやファビアンがいる時にやりたかったななんて考えている最中、ワイン瓶を差し出すたくましい腕に気がついた。
「子爵。どうぞ一杯」
ハンスがグラスに注いだそれは、ほのかに色づいた透明に近い液体で、無数の細かい気泡が見える。
「フェーダーヴァイサーです。私もこの季節に飲めるとは思いませんでしたが」
なんだそれ? と思うよりも早く、腰の辺りから見上げている双子のハーフフットが声を上げた。
「白い品種の海ぶどうを使った若いワインですよ」
「発酵させている途中でしか飲めないから、結構貴重なんだぜ?」
聞けば、秋の終わりに楽しめる旬の味だそうだ。季節関係なく作物を収穫できるこの土地だったら、真冬の今でも味わえるってことか。
要はスパークリングワインみたいなものだろうか。想像しながら、グラスを口元へと運んだものの、その予想は見事に裏切られた。
「甘っ! 何これ、すげえ甘い!!」
味がワインのそれじゃないのだ。簡単に言っちゃえば、微炭酸のものすごく甘い白ぶどうジュース。
いやいやいや、コレ、すっごく美味しいぞ! そういえば久しぶりに炭酸飲むなあと、喉元を駆け巡る快感にたまらずグラスを空にする。
「お! いけるじゃねえか、お館様!」
「赤いものもありますよ。フェーダーローターというのですが」
かがんだオレのグラスに、アレックスが赤い液体を注ぐ。こちらも美味い! グレープジュースの炭酸だな。微かな渋みと爽やかな甘み。
いやあ、ホント美味いな。こんな美味い飲み物があったなんて知らなかったよ。
「子爵。お楽しみいただくのは結構ですが、そのワイン……」
「おお! タスク殿、楽しんでおられますかな! ささ、一献!」
ハンスの声に割って入ったのは、ワーウルフたち『黒い三連星』で、豪快な笑い声と共に、オレのグラスへワインを注いでいく。
「ハーフフットたちの作ったワインは見事なものですな! 我々、このように美味なワインは飲んだことがないですぞ!」
「お! わかってるじゃねえか、ガイアのおっちゃん! 気に入った! ガンガン飲んでくれ!」
「おうさ! 樽ごと飲み干してくれよう!」
意気投合しているふたりをよそに、オレはオレで、グラスへ注がれる液体を、休むことなく喉元へと流し込んでいく。
いやー……。本当にジュースみたいなワインだな、こりゃ。もしかしてみんな騙してるんじゃね? 炭酸飲料をワインって言ってるだけとかさ。
だってこんなに甘いし、アルコールっぽさが全然ないもんな。うん、きっとそうだ。これはノンアルコールに違いないっ!
そうとわかれば気軽に飲めるな。めでたい席だし遠慮なくいただくことにしよう!
代わる代わる挨拶に訪れる人たちからジュースを注がれ、それらを美味しくいただいていく。
それで、確か八杯目、だったかな……?
オレの意識がなくなったのは。