134.新居お披露目(前編)
二週間後。
ようやく完成した新居を眺めやりながら、オレは感慨深さよりも、作業を終えたことへの安堵感に浸っていた。
カフェの建設が数日間で終わったこともあり、今度の新居建設もさほど時間はかからないだろう。
作業に取り掛かる前はそんなことを考えていたのだが、実にその三倍以上の時間を費やすこととなった。
(そりゃ、そうなるよなあ……)
腕組みしながら、建設途中のことをしみじみと振り返る。
完成まで時間がかかった理由、それは領民みんなからのおせっかいが原因だった。
例えば……。
他の施設はおいおい作るとあれほど言っていたにも関わらず、目を離したすきに、設計図に描かれていない部屋を作ろうとしたり。
理由はわからないけれど、装飾の腕前を競い合う大会が自然発生。それぞれの技術力がいかんなく発揮された結果、外装と内装工事が終わる気配を見せなかったり。
他にも挙げればキリがないんだけど。……いや、みんなの気持ちは嬉しいよ? オレの新居のため、よかれと思ってやってくれているんだなっていうのは十分伝わるんだ。
でもほら、やりすぎはよくないっていうかさ。物事には限度があるわけで……。
ウキウキしながら「隠し部屋作りましょう、隠し部屋!」とか言われても、必要ないからね、それ。忍者屋敷じゃないんだぞ?
しまいにはダークエルフの国から帰ってきたソフィアが、ニマニマしながら近寄ってきてだね。
「ねえ、たぁくん。新婚のたぁくんのためにぃ、寝室へ防音の魔法掛けといてあげよっかぁ?」
なんてことを言う始末。余計なお世話だ。下世話にも程があるだろう……ったく、ぜひぜひよろしくお願いしますよ!
……ゴホン。ま、それはさておき。
とにもかくにも無事に新居は完成。旧家屋に比べると、実に三倍以上の広さを誇る、立派な邸宅になった。
一階の玄関を入るとエントランスがあり、左側に大小ふたつの応接室、右側に風呂場とトイレ、キッチン、リビングダイニングが設けられている。
エントランス奥の階段から二階へ上がった先には、計八部屋の寝室が。ハンスやカミラ、クラーラたちの部屋だったのだが、
「ファビアン様のご自宅に住まわせてもらっておりますので、私の部屋は無用ですぞ?」
……と、ハンスから丁重に断られてしまったため、二階はクラーラ、カミラ、ヴァイオレット、フローラの四人だけが暮らすことに。空き部屋は当面、別の用途で使えばいいだろう。
三階は執務室や作業をするための部屋を集めた階層になる。
「領主たるもの、仕事をするための部屋は別に設けておくべきです」
なんて具合に、顔を近付ける戦闘執事からのプレッシャーに耐えきれず、執務室をこしらえてしまったんだけど。
オレとしてはリビングで作業する程度で問題ないんだよなあ。後が怖いから口には出さないけど。
他にベルの衣服裁縫部屋、リアとクラーラの薬学研究室、エリーゼの雑貨製作を兼ねた同人誌製作室、ハーバリウム製作室、執事室があり、合計六部屋で構成されている。
仕事内容を考えて、それぞれの部屋を広めに設計しておいたのだが、ここでちょっとした問題が一点。
表面上は雑貨製作、実際のところは同人誌製作室となっているエリーゼ専用の部屋に気付いたソフィアとグレイスが抗議してきたのだ。
***
「ちょっと、たぁくん。エリエリに自宅で原稿をやらせるつもりぃ?」
プンスカと声を荒げるソフィアに、何か問題でもあるのか聞き返す。
「クリエイティブっていうものをわかってないのよ、たぁくんはぁ。自宅にこもってばかりじゃ、いいアイディアも浮かばないでしょう?」
「そんなもんか?」
「そうよぅ。環境を変えてこそ、いいネタも思い浮かぶし、いいネームだって切れるわ! 外に出て気分を変えれば、筆も進むってものなのよぅ」
「部屋の中だとなかなか集中できないですからね。参考資料を探すつもりが、ついつい過去の名作を読みふけったりとか」
ソフィアの言葉にグレイスが続くけど、それって単に誘惑に負けてるだけって話じゃ……?
「シャラーップ!」
人差し指をオレの口元へ向けてから、ソフィアは声を上げる。
「せっかくカフェができたのよぅ? 頭を使った分、糖分で栄養補給もできるしぃ、原稿をやるならそこでいいじゃない」
「……あのなあ。それが問題だっていうの」
オレはソフィアの人差し指を払い除けてから、ロルフからそれとなく伝えられた苦情を言ってやることにした。
カフェで原稿をやるのは構わない。しかしながら、創作に没頭するあまり、奇声を発するのは止めてもらえないか。端的に言えばそういうことらしい。
なんでも、不気味に笑っていたかと思えば、時折、公共の場にはふさわしくない会話を繰り広げる魔道士があとを絶たないそうで……。
具体例を聞いたところ、ああ、それは完全にアウトですねっていう発言のオンパレードだったので、注意せざるを得なかったのである。
なんだよ、「心のチン(自主規制)が、勃(自主規制)しゅるぅ!」って。どう考えてもヤバイやつだろ。
「そんなわけで、これからはエリーゼと一緒に作業すること。創作仲間が一緒なら、原稿も捗るだろう?」
「おっ、横暴よぅ! 権力の横暴だわっ! エリエリもなんか言ってやりなさい!」
「わ、ワタシは自宅で作業していたほうが、集中しやすいっていうか……、むしろ外だと、ちょっと恥ずかしいというか……」
それまで押し黙っていたエリーゼが口を開く。
「そ、それに。おふたりは毎回、締切間際に追い込まれているみたいですので。一緒にやればそんなこともなくなるかなあって」
ぱぁっと明るく微笑むエリーゼに対し、優秀な魔道士ふたりの表情は暗い。
「締切……。フフ、それを言われてしまうと……」
「ええ……。何も言い返せなくなるわね……」
遠くを眺めやるソフィアとグレイスを見やって、何か悪いことでも言ったのかと戸惑いの表情を浮かべるエリーゼ。
そっとしておくと同時に、カフェの環境が多少改善されることを願うばかりである。
***
魔道士たちとのちょっとした騒動は置いておき、新居の紹介を続けよう。最後は四階だ。
最上階となる四階はオレと奥さんたちの寝室がある。この階層は合計五部屋で、左奥の一番大きな部屋がオレの寝室になる。
そこから通路沿いへ向かい合わせになるよう、二部屋ずつ寝室が設けられているのだが、誰がオレの部屋に近い寝室を取るのか、奥さんたちはくじ引きをしていたらしい。
結果、アイラとリアが当たりを引いて、オレの寝室近くの二部屋に決まり、エリーゼとベルは右奥の二部屋となったそうだ。引っ越し作業の途中、散々ベルから愚痴られたけど、こればっかりは運だししょうがない。
あ、そうそう。庭園を作りたいという要望があった広い敷地には、しらたまとあんこの家を建てておいた。
できるだけ長く一緒に住みたいけど、二匹の今後の成長のことを考えると、体格的にどうしてもムリが生じてしまう。
ならばせめて住みよい環境を整えてやりたいと、可愛らしくログハウスっぽい家を建てたのだが、どうやら気に入ってくれたらしく、みゅーみゅー可愛らしい声を上げながら、中ではしゃいでいる姿を見るようになった。
ああ、それと。旧家屋のことも話したいんだけど、ちょっと時間がなくなってきちゃったな……。
みなさんもお気づきだとは思いますが、家を増改築した時は、例の曲に合わせて、匠の手によるビフォーアフターっぷりを紹介してるじゃないですか。
今回、それができなかったのは、この後の予定が詰まっていて、時間が足りなかったわけで……。
「何をぼーっと突っ立っておるんじゃ、タスク」
振り向いた先には、両手に料理の皿を抱えたアイラの姿が。
「もうみんなやってくるぞ。宴の主賓は大人しく中で待っておるがいい」
猫耳をぴょこぴょこと動かしながら、アイラは新居の中へと消えていく。
そう、これから新築祝いと領主邸お披露目を兼ねて、大宴会が始まるのだ。