133.新居建設(後編)
閑話休題。改めて辺りを見渡して思ったんだが、みんな、とんでもなく広めに整地してるんじゃないだろうか?
だって、これ、来賓邸が三棟ぐらい収まるほどの広さだもん。整地が全然進まないはずだよ。
事前に伝えたはずの指示は、この半分程度の敷地で十分だって言ってたのにさ。他に何か建てたいものでもあるのかね?
「何をおっしゃいますか、タスク様。領主の邸宅といえば、広々とした庭園に噴水は絶対ですよ? そのための敷地を押さえておかなければ」
ロルフが胸を張ると、ガイアが続ける。
「我らが交代交代で番をしますので、詰め所も不可欠ですな」
「オレはやっぱりバーが欲しいよな! お館様に自慢の酒を飲んで貰いたいからよぉ!」
「私はやっぱりダンスルームね! レディの嗜みだもの。そのぐらいは用意してもらいたいわ!」
ダリルにアレックス、ココまでもが次々に声を上げ、次第に互いの意見を主張しあう騒動へと発展していく。
……住むのはオレなんだけど、この疎外感はなんだろう。しかしそうか、それらを一緒に建てるため、あえて広めに整地してたのか。うーむ、完全に予想外だ。
個人的には新居だけで十分だというのに、みんなのこの盛り上がりようは、正直戸惑うばかりである。
「良いではないですか。ここまで民に慕われる領主もなかなかおりませんぞ」
微笑ましい面持ちで騒ぎを見守るハンス。っていわれてもな。
「わからんぞ? 好き勝手に盛り上がっているだけかもしれん」
「領主のため、積極的に手を挙げて意見する。誇らしいことではありませんか」
……庭園だバーだダンスホールだと、お互い譲ることなく、今まさに取っ組み合いが始まりそうな雰囲気ですが、それでもいいんでしょうか?
とりあえず、一旦みんなに集まってもらい、必要最低限のもの以外は作らないことを明言することに。
途端に「ケチ!」とか「もっと派手にいきましょうよー!」なんて具合で、ものすごいブーイングを浴びせられたんだけどさ。
冷静に考えて欲しい。オレの新居なのに、どうしてこんなに文句を言われなきゃいけないんだ?
とーにーかーくーだっ!
整地した分の土地は、新居の敷地としてありがたく使わせてもらうことにして、庭園などの施設は、必要に合わせて後から用意しようということで何とか決着。
まったく。家を建てる前から、何でこんな苦労をしなきゃいけないんだと不思議に思いながら、初日の作業は終了するのだった。
***
翌日。事前に用意した設計図のもと、いよいよ新居作りはスタートした。
今まで培った建築技術を発展させるべく、今回は新たな挑戦をしようと思う。
地上四階建ての邸宅及び、地下室の設置がそれだ。
……実を言うと、本当は三階建てで良かったのに、「もう一声いきましょう!」というみんなの声に後押しされ、それならばと四階建てに計画を変更したのである。
いま考えてみても、階層ひとつ増やすのに「もう一声!」っていう掛け声は本当におかしいと思う。了承するオレもオレだけどさ。
地下室は前々から欲しかったものだ。地中なら温度も低く、魔法石に頼らずとも冷蔵保存ができる。
他の工房で魔法石をかなり消費していることもあり、自宅で使うことはなるべく避けたい。ただし、こたつは除くっ!
こたつのない冬場なんてタコの入っていないたこ焼きのようなもんだし、緑色をしていないメロンソーダみたいなものだ。……後半の例え話は自分でもよくわかんないな。
とにかく、冬場のこたつは必須なのだっ! なくなったら泣くね。間違いなく。
……話がすっかり逸れてしまった。とにもかくにも、まずは地下室用の空洞を掘り進め、家屋が建っても崩れないよう土地を安定させてから、地上部分の建築を進めていくことに。
ここでしみじみ実感したのは、何事も経験というのは積み重ねておくものだなっていうことで。
貯水池作りで培ったノウハウが、そのまま地下室作りに活かされ、順調に作業が進んでいったのは非常に助かった。
……穴を掘り進めていくごとに、音の反響が大きくなり、筋肉を褒め称えるワーウルフたちの叫び声がうるさかったのだけは難点だけど。
そもそもだね?
「暗闇でも映えるお前の広背筋!」
「お前の両肩、モグラが固まって寝てんのかい!」
……とか、もうどこからどう突っ込んでいいものなのか。それ褒め言葉なの? と、頭をかしげたくなるようなワードがてんこ盛りなんだもん。マッチョ道は奥が深すぎる。
ま、つつがなく地下室は完成したので何も問題はないですけどね。むしろ、地上の邸宅作りではどんな言葉が飛び出すのか楽しみですらあるからな。
「ちょっといい?」
資材の運搬途中、声を掛けてきたのは白衣姿のクラーラとリアだった。
「どうしたんだ、二人とも?」
「タスクさんにお願いがあって」
聞けば、薬学研究所に置いてある荷物の一部を、事前に地下室へ運んでしまいたいということらしい。
温度を一定に保たなければいけない薬草類などがあるそうで、いまの家ではそれに苦労しているそうだ。
「言ってくれたら、そっちにも地下室用意したのに」
「冬場の気温を見誤っていたのよ。わかってたら事前に相談してたわ」
「この冬は例年になく冷え込んでますから。まだ地下のほうが温度が安定してるんじゃないかって」
ふむ、事情はわかった。それなら先に引っ越しさせてしまおうと、一緒に荷運びを手伝うことに。
貴重な薬品や薬草類などはリアとクラーラへ任せ、オレは重たい荷物を担当しようと、二十個近くある木製の中樽へ手を掛けた。
「あ。それ、見た目以上に重いから気をつけてくださいね?」
そんなリアの一言がなかったら危ないところだった。予想以上の重さに驚いて、持った瞬間、足元へ落としそうになったからだ。
嘘だろっ? 何でこんな重たいものがあるんだよっ。薬草類ばっかりじゃなかったのか!?
苦悶の表情を浮かべるオレを見やって、クラーラがため息をつく。
「それ。アンタのリクエストで研究してる、味噌と醤油の樽。中に大豆なんかがびっちり詰まってるもの。重いはずよ」
落として割ったら承知しないからねと言い残し、すたこらさっさと立ち去っていくクラーラ。リアはオレを気遣うように、休みつつゆっくり来てくださいと声を掛けてくれる。
うう、奥さんの優しさが身に染みるなあと思っていたのもつかの間。オレの苦労を知らない連中が乱入してきた。
「あ、ご主人! これ何スか!? 何運んでるんスか!?」
「……たる……。……たるといえば……おさけ……。…ワイン……?」
「何、ワイン運んでるの!? ちょっと、タスク。レディたる私に奢らせてあげるから感謝なさい!」
わーわーとうるさく飛び回るココ、ララ、ロロの妖精トリオは、辺りを舞うだけならまだしも、運んでいる樽に乗り出す始末。
「ちょ、乗るなよっ! 重いんだからさ!」
「はぁ? レディに対して重いとか、失礼じゃないの?」
「ご主人マジ最低ッス」
「タスク……キライ……」
「ちがーう! お前らのことじゃなーい! この樽が重っ、ちょっ、君たち聞いてます!?」
ツーンとそっぽを向いた三人は、他の妖精たちを呼び寄せ、次から次へ運んでいる樽に乗るよう声を掛けていく。待たんかいコラ。
気がつけば十人以上の妖精が樽に乗り、ヨロヨロとよろめくオレの両肩と頭上へ、更に数人の妖精が腰を落ち着かせている。
「モテモテなのは結構ですけど、早く運んでよね」
いつの間にか薬草を運び終えていたクラーラが、重たいはずの樽を両手に抱え、涼しい顔で後方から追い越していく。
……あれ? クラーラのヤツ、なんであんなに軽々持ち運べるんだ? 中身の少ない樽もあったのか?
「一応、クラーラはサキュバスですから。身体能力が高いんですよ」
リアは笑顔でそう言うと、ただでさえ重たい木樽をふたつも重ねて抱きかかえた。……そう言えば、リアも古龍の血を引いてたんだったな。
お先に失礼しますとオレを追い越し、スイスイと先へ進む奥さんの姿を呆然と眺めやる。やれやれ、どっちが手助けしているのかわかんないな。
「ほら、タスク。しゃんとしなさいな!」
「ご主人、ファイトっスよー」
「……タスク……がんばって……」
はいはい、わかってますよ。ったく、応援するぐらいなら、ここから降りてはもらえないかね?
深くため息をついた後、体勢をなんとか立て直し、オレは建設途中の新居へよろよろと足を運ぶのだった。