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129.ファビアンの事業計画

「何でベルがここにいるんだ?」


 ファビアン宅のリビングで、ちょこんと椅子に腰掛けているダークエルフは、オレを見るなり得意げな顔を浮かべた。


「何でって、お仕事頼まれたからに決まってるし☆」

「仕事ぉ?」

「うん♪ あのね、およーふくのデザインっ!」


 アハッ★と、ウインクするベルの隣へ腰掛けつつ、一体、何のデザインをしたのか聞き返そうとした矢先、仰々しいポージングとともにファビアンがその姿を見せた。


「やあやあ、諸君。待たせたかなっ!? だがしかしっ! 得てして主役というのは最後に登場する運命(さだめ)にあるからねっ! 多少は待ってもらわないと困るというものなのだよっ!」


 ……いちいち前置きが長いんだよなあ。後ろに控えるカミラなんて、氷点下の眼差しを向けてるし。一緒にいて疲れないのかね?


 一歩進むごとにバラの花びらでも舞っているんじゃないかと錯覚するような足取りで、こちらへと足を運ぶイケメンを眺めやりつつ、オレは早々にため息をついた。


「どうでもいいがな。お前の怪しいビジネスとやらに、オレの奥さんまで巻き込むなよ」

「おや、怪しいとは心外だな。まだ断片すら話していないだろう?」

「やかましい。回るテーブルを譲ってくれって言ったきり、突然姿を消された挙げ句、いきなり呼び出しを食らった身にもなってみろ」

「いやいや、そうか。これは失礼したね。何も君を放置していたわけではないのだよ、タスク君。準備に奔走していたのさ」


 ファビアンはテーブルへ書類を差し出して、それを読むように促す。


「回転式テーブルを用いた酒場の出店計画……?」

「そうさ、それこそ、ボクが閃いたアイデぃアを具現化したものっ! 画期的かつ、華麗なビジネぇスっ!」


 ペラペラと書類をめくり、内容に目を通していく。要約すると、書かれていることは次のようなことで。


・新しいスタイルの酒場を出店する。

・客層は中流階級以上をターゲットに。

・注文を取るのは酒類のみ。

・料理やつまみ類などは小皿へ乗せて、ベルト上へ流す。

・客は気に入った皿をその場で取り、自由に飲食する。

・ベルトを流れる料理は均一価格にして、会計をしやすいように配慮。


 ……どこからどう見ても、日本の回転寿司とほぼ変わらない営業スタイルです。本当にありがとうございました。


 とはいえ、この世界では革新的な外食形態なんだろうな。ファビアンがいつも以上にドヤ顔を決め込んで、こっちの様子を窺っているし。


「どうだい? 素晴らしい案だと思わないかい?」


 こちらの反応を待ちきれないといった具合で、ファビアンが口を開く。


「タスク君が作ったあの装置を見た時、ボクの脳裏には金貨の降り注ぐ音が聞こえたんだ……。この新形態の酒場は間違いなく大繁盛するだろうってね」

「うん、まあ、そうだろうなあ」


 日本の回転寿司も盛んだし、海外だと回転チーズバーみたいなところもあるそうだから、間違いなく受けるとは思うけど。


「前にアルフレッドから聞いた時、酒場で提供される蜂蜜酒(ミード)やエールの価格を聞いたんだけど。あれって一杯あたり銅貨二枚程度なんだろう?」

「そうだね。それがどうかしたかい?」

「この書類に書かれている想定客単価が銅貨三十〜四十枚ってなってるからさ。そんなにお金を使う客がいるのかって」


 客単価とか回転率なんて文字を久しぶりに見たなと思いつつ、気になっていたことを尋ねると、ファビアンは軽く前髪をかきあげた。


「心配いらないさ。そこに書いてある通り、想定する客層は中流階級以上。金銭的に余裕のある人たちがターゲットだからね」

「そううまいこと来てくれるもんかね?」

「来るね、必ず来る」


 強い口調でファビアンは断言する。


「ゆとりのある人たちは娯楽に飢えているのさ。新しいものには必ず飛びつくものだよ。母上たちがハーバリウムに飛びついたようにね」


 店には高級感を演出するため、ドアマンを用意し、店員の制服も最先端のものを取り入れるそうだ。


「そこでお願いしたのが、君の奥方であるベル嬢さ」

「ベルに? 何でさ?」

「ベル嬢はいまや、龍人族の首都では知らないものはいないほどのデザイナーだからねっ!」


 振り向いた先には、ピースサインを向けるベルの笑顔が。そういえば、アルフレッドからちょくちょく服の依頼を受けているって前に聞いていたけど。


「彼女がデザインした『ベルマーク』ブランドは、上流階級のトレンドになっているのだよっ!」


 ……そのブランド名は止めなさいって何度も言ったんだがな。


 ともあれ、ベルがデザインした制服なら相当に格があり、来店する客も上品でユニークな店に来たと思うだろう、と。


 高級路線を打ち出しつつ、飲食店として成功を収めるために色々考えているんだななんて感心していると、ファビアンは更に続ける。


「実はもう、店舗の契約も済ませていてね」

「行動が早すぎだろ」

「善は急げさ。おかげで最高の立地を押さえることができたよ」


 アッハッハと高らかに笑う赤色の長髪をしたイケメンは、突如、真剣な顔つきへ変わり、テーブルへ身を乗り出した。


「そしてここからが重要なんだが」

「まだあるのか」

「必ずこの形態は大繁盛する。それは間違いないんだ。問題はここから先のことでね」


 繁盛すれば繁盛するほど、二番煎じとして、似たような商売を始める者が続出するだろう。


「その際、元祖といえる僕たちがどう打って出るかなんだが」

「訴えでもするのか?」

「いやいや。むしろ認めてしまえばいいのさ」


 ニヤリと笑うファビアン。


「我々と同じ商売をやりたいという人たちを、こちらから募ってしまえばいいんだよ」


 つまりはこういうことらしい。


 二番煎じで始めようとしても、装置やノウハウがなく、結局のところ失敗するのは明らかだ。


 そういった人たちを集め、こちらからノウハウを提供する代わりに金銭を支払ってもらい、回転酒場の支店として営業する権利を認める。


 出店したい側は回転酒場としてのブランド名を使えるだけでなく、装置やノウハウを入手できるので、経営を軌道に乗せやすくなるというメリットが。


 一方こちらは、引き続き最初の店舗だけを経営していればいい。支店は他の人が運営してくれるので、労力は掛からず、権利使用料だけが懐へ納まる。


「経営状態に関わらず、契約している期間内は必ず使用料を支払ってもらうとか、材料の仕入れはタスク君の領地から行わなければならないなどを付け加えれば、更に収支もアップするだろう。素晴らしい考えだとは思わないかっ!?」


 興奮気味にまくしたてるファビアンの顔を眺めやりつつ、オレはファビアンが革新的な考えの持ち主だということに合点がいった。


 だって、どう考えてもフランチャイズ的発想だもんな、その商売のやり方って。しかもかなり、悪徳なやつ。


 経営状況に関わらず、契約期間内は使用料支払うとか、お前いくら金絞り取る気だよ。最悪、相手が潰れたところで、こっちは「知らんがな。引き続き金だけは払えよ」って話なわけだろう?


 確かにこの世界では斬新な商売の方法かも知れないだろうけどさ、もっとまともなやり方だってあると思うわけだよ、オレは。


 頭を抱えながら耳を傾けているこちらの様子もお構いなしに、ファビアンはさっさと「それじゃあ早速だけど、契約書を作成しようか」なんて切り出すものだから、ますます頭が痛い。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。せめてもう少し内容を考え直そう。財務担当のアルフレッドからも意見を聞きたいし」

「なんだいなんだい、タスク君? 僕の考えたエレガントでパーフェクトな計画書に不備があるとでも?」

「違うって。そうじゃないけど、違う人の考えも聞きながら、より良い計画を立てたほうがいいんじゃないかって」

「……ご心配には及びません」


 それまで口を閉ざしていた戦闘メイドが、間に割って入った。


「こうなることを見越して、あるお方をお招きしました」

「あるお方?」

「はい。ご当主様が直々にお願いされたそうです」


 聞いていないとばかりに戸惑いの色を滲ませるファビアン。……そういえば、この前、ゲオルクが言ってたなあ。息子が迷惑をかけないよう、できるだけのことはしようって。


 お呼びしてもよろしいですかと尋ねるカミラに、オレは頷いて応じる。


 程なくしてリビングへ姿を表したのは、穏やかな顔に不釣り合いの、隆々とした体躯が特徴的な執事服の男性だった。

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