123.シェーネ・オルガニザツィオーン
「やあやあ、タスク君。いま帰ってきたよ」
白馬にまたがり姿を表したファビアンは、赤色の長髪をかきあげながら、真っ白な歯を見せつけるように微笑んでいる。
あれ? 確か、往路はドラゴンの姿でハイエルフの国へ向かったはずだよな? その馬はどうしたんだ?
「友人たちが貸してくれたのさ。古来より、勇者が登場する際は白馬に乗って現れるのが習わしだろう?」
はあ、さいですか。もういちいちツッコむのも疲れてしまう。
すぐ後ろでは同じく白馬にまたがったアルフレッドが、やけに疲れ果てた顔をしてるし。さぞがし、道中大変だったんだろうなあ。
……で。問題はだね、アルフレッドの隣にいる見知らぬイケメン四人組で。これまたそれぞれ白馬へまたがり、整った顔立ちに静かな笑みをたたえているわけだ。
四人とも共通して耳が長く、長身でスタイルもいい。髪の色こそ違うものの、揃って長髪で、いかにも物語の世界に登場するエルフの姿そのまんまって感じである。
「紹介しよう、タスク君。僕の親友のハイエルフたち……、いや、心の友といっても過言ではないな。『シェーネ・オルガニザツィオーン』のメンバーだっ!」
高らかなフェビアンの声とともに、髪をかきあげたりウインクをしたり、思い思いにポージングを取る四人組。
あー……。しぇーね……??? なんだって?
「『シェーネ・オルガニザツィオーン』だよ。僕が直々に命名したんだ。どうだい? 素晴らしい名前だと思わないか?」
そんな事言われてもなあ……。なんといいましょうか、言葉の響きが厨二病感漂って仕方ないといいますか。
オレの隣にいるカミラは、聞き飽きているのか、冷淡な眼差しをファビアンへ向けているけどね。
「なあカミラ。その、しぇーね、なんとかってどういう意味なんだ?」
「『シェーネ・オルガニザツィオーン』とは、龍人族語で『美しい組織』という意味です」
「美しい組織?」
「ええ。なぜそういう名前なのかは、そのうち嫌でもわかると思います」
指先を額へ当てて、軽く頭を振るカミラ。そんなメイドの様子を眺めやりながら、ファビアンは声を立てて笑った。
「アッハッハ! たった数日離れていただけだというのに、その態度。よほど僕のことが恋しかったようだね、カミラ!」
「ええ、そうですねー。とてもとてもー」
氷のような眼差しとセリフが少しも合っていませんよ、カミラさん。そして、すっごい棒読みですけど、それはいいんですかね。
「そうだろう、そうだろう!! しかし、もう寂しい思いはさせないぞ! さ、みんなも早く入りたまえ!」
そんなメイドの態度を平然と受け流すファビアン。あんたすげえよ。その返事を聞いたカミラなんて、思いっきり舌打ちしてるもん。
ともあれ、ファビアンに続き、アルフレッドの案内で集会所へ向かう四人組を眺めやっていたのだが。
「フフ……。発展途上と聞いていたが、なかなか美しい場所ではないか?」
「ああ。この花々など、特に見事だ。冬に咲き乱れる花のなんと美しいことか」
「しかし、我らの美しさには到底叶うまい」
「然り。我らほど美しい存在など、他にあるまい。そんな自分の美しさに、時折、虚しさを感じてしまうがな……」
風に消えるような笑い声を交わし合う四人の姿に、何故『美しい組織』という名前なのか、わかったような気がした。
***
嫌な予感こそしたものの、ハイエルフの四人自体、地位も能力も揃って高いらしい。
断言できなかった理由は、集会所に入ってからもちょっとした騒動があったせいである。
なにせ、お茶を用意するカミラの手を取って、
「やあカミラ、久しぶりだね(キラッ)。相変わらず美しい手をしているな(キラキラッ)」
「ええ、お久しぶりですわ。本当、できれば二度と会いたくなかったのですけれど」
「フフ、つれないなカミラ。君のような美しい女性に嫌われてしまうとは……(キラッ)。いや、しかし、そんな傷心に暮れる、僕の姿もまた美しいのではないのだろうかっ(キラキラッ)!?」
なんて話を繰り広げていたり。あ、キラッっていうのは、その都度、白い歯を見せつけていたので、思わず付けたオレなりの効果音ですのでお気になさらず。
はたまたエリーゼが茶菓子を持ってきた時なんて、
「う、美しいっ!!」
「はぇっ!?」
「な、なんて美しい瞳なんだっ!!」
「あ、あのぅ……」
「そして、そんな美しい瞳の中に映る、私の姿がひときわ美しいっ!!」
「は、はぁ……」
「こんな美しい女性の美しい瞳にすら勝ってしまう、自分の美しさの罪深さよ……」
と、人の嫁さんを捕まえて、よくわからない言動をする始末。ヘンに手を出そうとするんだったら、遠慮なく追い出せたんだけどな。
そんな調子で会談を始めるまで、持参した手鏡を離すことなく、いろんな角度から自分自身を眺めやっていたハイエルフたちなんですが。
聞けば、その『シェーネ・オルガニザツィオーン』――覚えたオレ、偉くないか?――のリーダーがファビアンだそうで。
なるほど、類は友を呼ぶといったところだろうかと、カミラの大きなため息の理由がわかったわけだ。
できることなら、ハイエルフ族が揃いも揃ってこんな連中ばかりでないことを願いつつ、兎にも角にも会談は始まった。
ナルシスト的な一面ばかり見えていたので、不安こそあったものの、話し合いはスムーズに行われていく。
四人組はハイエルフの国の中でも、そこそこ偉い人たちだそうで、ある程度の権限を持っており、交易の内容が次々に決まっていった。
主な内容としては、ハイエルフの国から鉱石類、薬草類と金銭が。こちらからはハーバリウムなどの装飾品と食料が、それぞれ取引されることになる。
嬉しかったのは、交易品の薬草類の中に「メープルシロップ」と「コーヒー豆」が含まれていたことだ。
どちらも嗜好品というよりか、栄養補助食品的扱いになっているそうで、久しぶりに味わえるかと思うと楽しみで仕方ない。
一方、こちらから送る交易品についてなのだが。ハイエルフの首都方面に装飾品を、南方の村々へ食料品を送ることで一旦まとまりかけたものの、四人組の中のひとりが声を上げた。
「できればなのだが……。もう少し、食料を出していただくわけにはいかないかな?」
聞けば、南方の村々だけでなく、東方の村々も備蓄が危ういと報告をうけているそうだ。
できればそちらの方へも回したい。その分、金銭は上乗せするからということだったんだけど……。
「厳しいですね」
アルフレッドが即答する。
「タスクさんの能力を使えば、短期間で作物は収穫できますが……。圧倒的に人手が足りません」
オレのチートスキル、構築と再構築で作った種子からは、季節に関係なく三日間で作物を収穫できる。
とは言うものの、栽培と収穫は別の話だ。量を増やしたかったら畑の面積を広げる必要があるし、それだけ人手も必要になる。
正直、個人的にはダークエルフの国との交易だけでいっぱいいっぱいだったんだけど。それを踏まえた上で、アルフレッドは出荷できる食料を計算したらしい。
ということは、どうあがいてもこれ以上はムリという話で、大変申し訳ないんだけど、諦めてもらうしかないななんて伝えたところ、ハイエルフたちはこんな提案を持ちかけてきたのだった。
「では、こういうのはどうだろうか」
「?」
「我がハイエルフ国から、この領地に同胞たちを移住させよう。さすれば、人手不足も解消するのでは?」