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121.使者とメイド

 仰々しいポージングと共に声を上げるファビアン。普通に話すことはできないのだろうか……。


「使者に赴くって、ツテはあるのか?」

「もちろんだとも! ハイエルフの国には僕が親しくしている友人たちがいるからねっ!」


 軽くウインクをした後に、ファビアンはその詳細を語り始めた。


 なんでも、事業とは別に、彼自身、ハイエルフの国へ足を運ぶことが多く、その都度色々な人たちと交流を重ねてきたそうで。


 その中でも懇意にしている数名は、役人や重臣のポストに就いており、ある程度は融通が利くだろうとのことらしい。


「そこでだ。僕が彼らへ会いに行って、この領地との交易を取り計らってもらうように頼むというのはどうだろう?」

「それは助かるけど……。そんなに上手くいくもんなのか?」

「問題ないよ、タスク君。彼らと僕は、同じ志の下に集まった友なのだからねっ!」


 つまりは『ズッ友』みたいなもんなんだろうかな。その時点で嫌な予感しかしないんだけど。


「ま、君は大船に乗ったつもりで、すべてを僕に任せればいい!」

「そこまでいうなら、お願いしようかな」

「うむ! 任せたまえ! このファビアン、記念すべき最初の仕事を華々しく決めてみせようではないか! 僕の雄姿をその目にしっかりと焼き付けてくれよ、フローラ!」


 高らかに笑うファビアンと、戸惑いの声を返すフローラ。何度も同じことを思ってしまうのは申し訳ないが、考え直したほうがいいんじゃないかな、結婚は。


「そうそう、タスク君。そんなわけだから、僕の邸宅も用意してくれたまえよ?」

「わかったよ。その代わり、交渉の件はよろしく頼む」


 承ったと返すファビアンは、それでは準備のために一旦帰るとするかなと言って席を立ち、考えつく限りの愛の言葉をフローラに伝えてから帰っていった。


 古龍種の血を引き継いでいるらしく、ドラゴンになった姿は、父親譲りの全身真紅に染まった見事なもので、その飛び去っていく様を眺めながら、オレは大きくため息をついた。


「……久しぶりにどっと疲れたな」

「そうですか?」


 並び立つリアはキョトンとした顔を浮かべている。


「ボクはファビアン兄様にお会いできて嬉しかったですけど」

「リアちゃんは特殊なのよ……」


 青白い顔のクラーラは、この短時間でゲッソリやつれてしまったと錯覚するほどに疲労困憊といった様子だ。


「あの兄様と普通に会話できるだけでおかしいもの」

「……? 小さい頃から仲良く遊んでもらってたって聞いたけど」

「冗談じゃないわよ」


 魂ごと抜け落ちていくような、ひときわ大きなため息がサキュバスの口から吐き出される。


「私のことを構い過ぎなのよ、兄様は。どんな時でもあんな調子でベッタリくっついてくるもんだから、私、気が狂いそうになったもの」

「そんなにか?」

「カワイイ妹って言ってくれるのは嬉しいけど、度が過ぎると考えものよ。ノイローゼになるわ」


 そう言うと、クラーラはうつろな目で遠くを眺めやった。確かに、あのノリを四六時中続けられたらたまったもんじゃないな。


「アンタ……。本気で兄様の邸宅を用意するつもり?」

「うん? まあ、しょうがないよなあ。交換条件みたいなもんだし」

「だったら、これだけは本当にお願いしたいんだけど」

「どうした?」

「兄様の邸宅は、私の家からずっっっっっっっっっっっっっっっと! 遠くへ離したところに建ててっ!」


 何でもするからと付け加え、涙ながらに頼み込むクラーラの姿はある意味貴重だ。そんなに嫌なのか……。


 クラーラの家の隣に建てようかなと考えていたんだけど、ここまで言われたら考え直した方がいいんだろうな。


 しかし、引っ越してくるって言ってたけど、あの様子だと生活力が無さそうだし、とてもじゃないけど一人暮らしとか難しいんじゃないのかね?


 これ以上の面倒ごとは勘弁願いたいんだけどなあなんてそんなことを思っていると、翌日、再びファビアンは姿を表した。


 大量の引っ越し荷物と、ひとりのメイドを連れて。


***


「やあやあ、タスク君。僕の邸宅はできたかな?」


 朝食の白パンを片手に出迎えたオレへ、開口一番ファビアンは切り出した。


「できるわけないだろ。昨日の今日だぞ?」

「おや? クラーラの話ではすぐに用意できると」

「土地選びや資材の準備だってあるんだ。そんな急にできるかっての」


 失望の色を滲ませるファビアン。それよりも、一歩後ろに佇んでいるメイド服の女性が気になるんだけど。


 艷やかな黒色のストレートヘアと、切れ長の瞳をしたメイド服の女性は、スラリと伸びた手足にベルと同じぐらいの高い背丈が印象的だ。


 十分に麗しく、その佇む姿からは知的さが伺え、一見するだけで優秀な人物なんだろうということがわかる。


「こちらの方は?」

「ああ、紹介しよう。僕の専属メイドであるカミラだよ。身の回りの世話を任せているんだ」


 カミラと紹介された女性は、スカートの裾を軽くつまみ、うやうやしく頭を下げた。


「カミラと申します。以後、お見知りおきの程よろしくお願いいたします」

「ああ、こちらこそ。オレは……」

「はい、タスク様のことはご当主であるゲオルク様から伺っております。大変に優秀なお方である、と」

「いや、そんなことは……」


 お世辞でも美人に褒められると嬉しいもんだなと、素直にそんなことを思っていると、カミラは更に言葉を続けてみせる。


「この度は、この勘違いバカがご迷惑をおかけして申し訳ありません」


 ……はい?


「何せ幼少期よりろくすっぽ考えもせず、直感的に行動する阿呆なものでして……。今更その性格を変える手立てもなく」


 えーっと……。淡々と口にする言葉の中に、明らかな罵詈雑言が混じってますけれど……?


「アッハッハ! いやあ、そんなに褒めないでくれよ、カミラ! 僕が情熱的な行動力の持ち主だなんて照れるじゃないか!」

「全く以てそのようなこと一語たりとも口にしておりませんが……。言葉を理解できないようなら、空っぽの頭の中で眠ったままの脳みそを刺激することもやぶさかではありませんよ?」

「いやあ、これは手厳しい! まったくカミラにはかなわないよ!」


 口にしながら肩に回そうとしたファビアンの手を、力いっぱいつねるカミラ。めっちゃ赤くなってますよ! 大丈夫なの、それ!?


 ……あれ? オレの中でのメイド像っていうのが音を立てて崩れていくような気がするんだけど。本来、メイドってこんなもんなの?


「カミラっ!」


 思考を巡らせている最中、メイドの名前を叫ぶ声が後方から響いた。オレが振り返るよりも早く、クラーラがカミラへ駆け寄っていく。


「まあ、クラーラ様っ!」

「カミラっ! 久しぶりね! 元気にしてた!?」

「ええ、ええ! もちろんですとも! クラーラ様もお元気そうで!」


 ファビアンの時とは対照的に、輝くような笑顔を浮かべたカミラは、抱き合ってクラーラとの再会を喜び合っている。


「クラーラも知っているのか?」

「もちろんよ。小さい頃からカミラにはよく遊んでもらっていたもの!」

「小さい頃から十分に愛らしいお姿でしたが。また一段と美しくなられたのではありませんか、クラーラ様」

「もう、カミラったらそんな事言って! カミラの方がよっぽど綺麗じゃない!」


 キャッキャウフフとはしゃぎあう光景は、ファビアンの時とはえらい違いだけど……。兄様は落ち込んでるんじゃないだろうかね?


「フフフ。久しぶりの再会を喜び合う……、なんて美しい光景じゃないか!」


 ……あ、大丈夫だった。ある意味尊敬するわ、そのメンタル。


「まだいたのですかファビアン様? とっくに消えてもらって構いませんのに」


 メイドなのにその態度マジでスゴイっすね、カミラさん。どうしてそんな雑な扱いなんだろうか……。


 ともあれ、ファビアンの邸宅が完成した暁には、住み込みでカミラが身の回りの世話をするそうだ。


「今から僕はハイエルフの国へ行ってくるからね。帰ってくるまでには住むところを用意しておいてくれよ?」


 わかったよと応じたオレに続き、カミラが口を開く。


「どうぞお気をつけていってらっしゃいませ。くれぐれも、アルフレッド様だけのご帰還を願っております」

「アッハッハ! まったく素直じゃないなあカミラは! 僕のことが恋しくてたまらないくせに」

「はぁっ?」


 凍てつく眼差しを向けられても、気にする素振りを見せないファビアン。輝く白い歯をのぞかせて、それじゃあいってくると軽やかな足取りで、そのまま立ち去っていくのだった。


 残されたカミラは再び穏やかな微笑みに戻り、クラーラに連れられて自宅へ入っていく。


「ねえねえ、私、久しぶりにカミラの淹れたお茶が飲みたいわ!」

「もう、仕方ないですねえ。甘えん坊なんですから、クラーラ様は」


 兄と妹で極端な対応をするメイドの姿に首を傾げながら、オレは朝食の続きを摂るべく、ふたりの後に続いて自宅へと戻るのだった。

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