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115.ゲオルクの来訪

 試作の日からしばらくの間、領地内の女性陣の間ではハーバリウム作りが流行した。


 一種の娯楽として、冬の夜を過ごすのにピッタリだったらしい。以前に購入したリバーシと、いまや人気を二分する勢いだ。


 作ったものは商品として出荷するだけではなく、気に入ったものは自分の部屋に飾っていいと伝えたこともあってか、花畑や薬草畑の世話をする人数も増えた気がする。


 そのおかげもあってか、ヴァイオレットやフローラがみんなと一緒にドライフラワー作りをしている光景をよく見るようになった。


 談笑しながら仲良く作業をしている姿から察するに、思っていたより早く、みんなと打ち解けられたのかもしれない。ハーバリウムがその助けになったのなら何よりだ。


 ハーバリウム作りにある程度慣れてきたのだろうか、女性陣からインテリアとして飾る以外に、何か利用方法がないかという質問が出てきた。


 それならばと、応用編としてハーバリウムランプの作り方も教えることに。


 原理はアルコールランプと同じで、綿ロープを瓶の中へ差し込み、蓋の部分に口金を取り付ければ完成だ。


 着火すると、オレンジ色の光に照らされ、ドライフラワーの印象がガラッと変わる。これも女性陣へ大いにウケた。


 気を良くしたオレは、ハーブ類や香辛料をオリーブオイルに漬け込んだ、「食べるハーバリウム」も作ることに。


 異世界でも食料の保存を目的としたオイル漬けは珍しくない。ただし、調味料だけをオイルに漬けたものは見たことがなかったのだ。


 鑑賞するだけでなく、実際に料理へ使えるのなら実用性もある。ハーブソルトも売れていることだし、試す価値はあるだろう。


 というわけで、リアやエリーゼにアドバイスをもらいながら、相性のいいハーブ類や香辛料を組み合わせて、見た目に鮮やかなオリーブオイル漬けが完成。


 香りがちゃんとつくまで数日間はかかるだろうし、試食はそれからだなあなんて考えていた矢先のこと。


 ゲオルクが、珍しいことにひとりだけで自宅を尋ねてきたのだった。


***


 ハーブティーをお土産に持ってきたゲオルクは、突然の訪問を詫びつつ、リビングの椅子へ腰掛けた。


「お義父さんがいないので、少し驚きましたよ」

「ジークもくると言って聞かなかったんだが……。あいつはいま来客攻めにあっていてね。年末年始に溜まったツケを払っているところなのさ」

「ツケ、ですか?」

「ここのところ、しばらく荒れていたこともあってか、人前に出ることを拒んでいてな。奴め、王としての自覚が足りんのだ」


 賢龍王と呼ばれるほどの名君にもかかわらず、ジークフリートが荒れるというのは相当な出来事があったのだろうか。


 その原因は帝国が起こした戦争の理由にあると、ゲオルクは話してくれた。


 ハイエルフの国が仲介し、帝国と連合王国とに講和が成立した数日後のこと。戦争の詳細が書かれた報告書に目を通したジークフリートは、烈火の如く怒り狂ったらしい。


 帝国が偽りの異邦人を仕立て上げたという一文が、王の逆鱗に触れたそうだ。


「ワシの戦友、ハヤトの名誉に泥を塗ろうとする低能どもが……! その命をもって罪を償わせてくれようぞ……!!」


 ……と、一時は、本気で出兵を考えていたようで、ゲオルクを始め重臣たちが必死に思い留まるよう説得したと。それも力尽くで。


「あのバカ、相変わらず加減というものを知らんようでな。私も久しぶりに骨が折れたよ」

「……えっと、それは拳と拳を交えて闘ったという意味で合ってるんですかね?」

「ただのケンカさ。まったく、お互い、いい年なのにみっともない」


 かつて大陸に平和と繁栄を取り戻した勇者たちが本気でやりあったのか……。想像するだけで恐ろしいけど、少しだけ見てみたい気もするな。


「ある程度発散したら冷静になったようでな。溜まっていた執務をまとめてこなしているところなのだよ」

「大変ですね……」

「なぁに、自業自得さ。宮中も静かだし、他の者たちの仕事も捗る。いいこと尽くめだよ」


 ゲオルクは微かに笑いながら、ティーカップに口をつけた。


「それで本題なのだが……」


 空中へカバンを出現させ、中から見覚えのある小瓶を取り出すと、ゲオルクはテーブルの上にそれを置いた。


「先日いただいた、コレなんだがね」

「ああ、ハーバリウムですね。試しに作ってみたので、よかったらと思ったんですが……。お気に召しませんでしたか?」

「いやいや、違うんだ。その逆なのさ。妻たちがいたく気に入ってな」

「それは良かった」

「うん。揃ってガーデニングが趣味だからなのか、俄然、興味が湧いたらしい。自分たちも作りたいと言い出して聞かないのだよ」

「そうでしたか。ハーバリウムは作り方も簡単ですし、きっと上手くいくと思いますよ」

「それなんだがね……」


 苦悶の表情を浮かべ、ゲオルクは口を開いた。


「こんなことを言うのは恥ずかしいのだが、妻たちは皆不器用なのだよ。ガーデニングが趣味といっても鑑賞中心でね。庭園の世話と手入れは、私や使用人たちがやっているのさ」

「はあ……」

「いくら君が簡単といったところで、ハーバリウム作りに苦戦する姿が目に見えてわかるわけだ」


 ゲオルクは大きなため息をひとつつくと、予想だにしない言葉を続けるのだった。


「そこで頼みがあるのだが……。私の家で妻たちに、ハーバリウムの講習会を開いてもらえないだろうか?」

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