114.ハーバリウム作り
後日、ヴァイオレットとフローラのふたりが自作したドライフラワーを持って集会所に現れた。
よく見ると足元にはココとロロ、ララといった妖精たちを背中へ乗せた、しらたまとあんこの二匹も一緒だ。
「タスクが何かを企んでいるって聞いたのよ。追求しないわけにいかないじゃない?」
いたずらっぽく口を開いたココは、オレの右肩へと飛び移る。企むとは酷い言われようだな。
「人聞きの悪いこと言うなよ。領地の交易品を試作しようとしてたんだからさ」
「しかしタスク殿。言われた通り、比較的、色鮮やかな草花でドライフラワーを作ってきたのだが……。一体これで何を作ろうというのか?」
首を傾げるヴァイオレットとフローラへ、オレはとある液体の入った大きな瓶を取り出した。
「これは……。何ですか?」
「ジェムプラントオイルといって、ダークエルフの国の特産品だそうだ。ついこの間、大量にもらってね」
無色透明で粘度がある『ジェムプラントオイル』は、ダークエルフの国でひび割れや保湿など肌のケアに使われている代物だ。
つい先日、年末の挨拶に訪れたイヴァンがお土産として置いていってくれたのである。
イヴァンの話によると、色鉱石の採掘場近くへ自生する植物から採れる油、というのがその名前の由来らしい。
「ジェムなんて名前が付いているから高級品だと思ったんだけど……」
「いえいえ。昔の人が名付けただけですので。今は栽培技術も確立してますし、日用品として使われていますよ」
姉さんを始め、奥様方のお肌ケアに使ってくださいと続けるイヴァン。乾燥する季節だし、ありがたく使わせてもらうよと受け取ったまでは良かったんだけど。
イヴァンが置いていったオイルの多いこと多いこと。領地のみんなへおすそ分けをしても、まだまだ大樽ひとつ分が残っている状態だったのだ。
何か他のことに使えないかなあと考えていた矢先、ドライフラワーで作る、とあるインテリアのことを思い出したのである。
「このオイルを使って、ハーバリウムを作れないかと思ってさ」
***
ハーバリウムとは、ドライフラワーを詰めた透明なガラス瓶に、専用のオイルを注いで作る装飾雑貨のことだ。瓶詰めされているので手入れの必要もなく、彩り豊かな花々を一年中眺めることができる。
日本にいた頃、ロ○トやハ○ズといった雑貨店で見ることがあり、会社勤めで疲れ切っていた心を癒やしてくれたのを思い出したのだ。
花がある生活っていいなあと、「手作りハーバリウムライフ」って本を買おうとしちゃったもんな。立ち読みで思い留まったけどさ。
それでも機会があればやってみたいと考えていた矢先、ここには材料が揃っているじゃないかと気付いたのである。これはもう作るしかないんじゃないかと。
透明なガラス瓶はダークエルフの国から仕入れることができる。草花は領地内で育てられるので問題はない。
ジェムプラントオイルを使って長期保存ができるなら、インテリアとして交易品にもなるだろう。透明なガラスは高価だけど、それを差し引いても、それなりの価格で売れるはず!
オレの話に耳を傾けていたヴァイオレットとフローラは、興味津々といった様子で何度も頷き、そして胸を張って応じてみせる。
「話はよくわかった。そういうことであれば、このヴァイオレット、微力なれどハーバリウム作りに協力させてもらおう」
「不慣れですが私もお手伝いします!」
ありがとうと礼を述べ、木材で構築したピンセットと透明な小瓶を取り出し、間もなくハーバリウム作りは始まった。
好奇心旺盛な妖精たちは、初めて見る装飾雑貨に胸の高鳴りを覚えたのか、作業へ加わろうと口を挟んでくる。
具体的に言うと、オレの作業をいちいち止めては、やかましく文句……じゃなかった、アドバイスをしてくるのだ。
「ダメよ、タスク。その花の色に、この花の色が合うわけないじゃない。もっと色彩を考えなさいな!」
「ご主人、もっとふんわり盛り付けないと、草花本来の魅力が活かされないッスよ?」
「……タスク……センス……ない……」
が~っ!!! うっさいっ!!! そんなに言うならお前らがやらんかい!!!
……と、ブチ切れそうになる心を大人の余裕で堪えつつ。ああでもないこうでもないと助言をする妖精たちの指示に従いながら、初めてのハーバリウムが何とか完成。
で。肝心の出来栄えなんですがね。
「酷いわ」
「酷いッスね」
「…センス……ない……」
「みゅー」
「待てやコラ」
お前らの言うことを忠実に守って作ったっていうのに、その言い草は何なんだ一体っ!?
……まあ、確かにね。それぞれの意見を取り入れた結果、統一感のない、けばけばしく、心がざわつくような一品が出来上がったわけですよ……。
はあ、癒やしを提供するインテリアを作っているはずだったんだけどと肩を落としつつ、顔を上げた先ではヴァイオレットとフローラが揃ってハーバリウムを完成させていたところで。
可憐さと優美さを兼ね備えた見事な出来栄えに、オレたちは揃って声を上げるのだった。
「これはスゴイな……! ひと目で惹きつけられるっていうか」
「ええ! タスクのブサイクなものとは大違いね」
「やかましい。いや、でも本当に見事だなあ。こういうの得意なのか?」
ひとしきり称賛を浴びたヴァイオレットは、恐縮と照れを半分半分にしたような表情を浮かべている。
「い、いや……。得意、というわけではないのだが……」
「ヴァイオレット様はリース作りも得意でして。ご自宅でもよく作られるのですよ」
謙遜する女騎士の横でフローラが暴露する。
「ふ、フローラっ! 余計なことを言うなっ!」
「なるほどなあ。普段からそういうのを作っているだけあって、美的センスが備わっているんだな」
「せ、センスなどないっ……!」
「いやいや。もはや芸術品に近いぞ、これは。売るのがもったいないぐらいだ。さすがは花の騎士だな」
謙遜する間もなく褒め称えられるヴァイオレットは、瞬時に顔を真っ赤にさせ、ブロンド色のロングヘアからは蒸気が立ち昇っていくようにも思える。
やはりというか、なんというか自分が褒められることになれていないらしい。しばらくうつむいていたかと思えば、ようやく顔を上げ、そして誤魔化すようにこう叫ぶのだった。
「くっ……! こ、殺せぇぇぇ!! こんな辱めを受けるぐらいなら、いっそのこと殺してくれぇぇぇ!!」
「落ち着けっ! 誰も辱めてないから、落ち着けって!!」
今にも泣き出しそうなヴァイオレットをみんなでなだめ、最終的にしらたまとあんこを抱きしめさせることで、女騎士はようやく我を取り戻すのだった。
オレの領地の住民、揃いも揃ってクセが強すぎるのは何でだろうかと頭を悩ませたものの、その後は落ち着いて製作に取り掛かれたので一安心。
結果、八個の鮮やかなハーバリウムと、一個のけばけばしいハーバリウムが完成し、そのうちいくつかは、翌日やってきたアルフレッドへ商品見本として手渡すことに。
(あ。そういえば、ゲオルクはガーデニングが趣味だって言ってたな……)
ゲオルクからは紅茶などをもらっていることもあり、そのお礼ではないけど、ハーバリウムをお土産として手渡してもらえないかと、アルフレッドに頼んでおく。
日頃お世話になっていることに比べればささやかな代物だ。気持ち程度だけど、喜んでもらえればいいなあとか、あまり深く考えずプレゼントを決めたわけなんだけど。
お約束のように、このハーバリウムのプレゼントが、ある騒動を引き起こしてしまうのだった。