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112.年越し(後編)

 海岸へ近付くにつれて、波の音とともに喧騒が聞こえ始める。


「ああっ! アイラさんズルいですっ!」


 多くの人で賑わう中から飛び出してきたのはリアで、駆け寄ってきたかと思うと、頬を膨らませて抗議の声を上げた。


「ボクも一緒に行くって言ったのに、ひとりだけで先に行っちゃうんですもん!」


 年越しの準備が大変だし、こちらを手伝ってからオレを起こしに行こうということで話がついていたそうだが、リアが気付いた時に、アイラの姿は見えなかったらしい。


「しかもタスクさんと腕を組んで帰ってくるとか……。ホント、ズルいですっ!!」

「ぬふふふふー。悪く思うなよ? これも作戦のうちじゃからのぅ」

「いいですもん! 反対側は空いてますし!!」


 オレの右腕に自分の腕を絡ませて、リアはフフンと得意顔を見せた。


「あっ! コラ、リアよ! 両方からくっついてはタスクが動きにくいではないか!」

「じゃあアイラさんが離れればいいじゃないですか!」

「何を言うっ。おぬしは目上の者を敬う心を知らんのかっ!?」

「若者に譲る精神こそ、目上の者には必要だと思います!」


 三十歳のオレを挟んで、二百歳の猫人族と八十歳の龍人族が言い争っている姿は、奇妙を通り越して混乱を覚える。ふたりとも、外見は十代半ばから後半程度にしか思えないので尚更だ。


 いいから仲良く行こうぜなんて口に出そうとしていた矢先、喧騒の中から歩み寄ってくる人影が見える。


「もう……。ダメですよ、ふたりとも。タスクさん、困ってるじゃありませんか」

「そうだよ☆ みんなでハッピーに新年を迎えないとネッ♪」


 しらたまとあんこをそれぞれ抱きかかえたエリーゼとベルが声に出すと、それに呼応するように二匹が「みゅー!」と元気のいい鳴き声を上げた。


「ほら。みんな仲良くって、しらたまとあんこも言ってるぞ?」

「……おぬし、こやつらの言葉がわかるのか?」

「いや? 今のは適当に言っただけ。もしかして合ってたのか?」


 アイラからの返事は聞こえず、代わりにオレの腕を引っ張って、先を急ごうとしている。


「グズグズしてると年が明けてしまうぞっ。さっさと行こうではないかっ」


 どうやら正解だったらしい。少し拗ねたような顔の猫人族へ、はいはいと応じながら、オレ達はみんなが待っている浜辺へ向かった。


***


 領地のみんなが一同に介しているのはなかなかに圧巻だ。


 ワーウルフ、魔道士、翼人族にハーフフット、それに妖精。種族を問わず、百を超える人数が揃って年越しを迎えようとしていた。


 こちらの世界でも人種差別や階級社会は存在しているようで、少なからずそういった話を耳にする機会もあるけれど。今のところ、この場所はそういったものとは無縁なので安堵を覚える。


 ただ、気になることがひとつだけ。見渡すとみんな同じような物を手に持ってるけど……。あれなんだろ? 袋っぽいけどな……。


「はい。これ、アンタの分ね」


 キョロキョロと視線を走らせるオレに、クラーラはそう言いながら、ひとつの紙袋を差し出してくる。


「何これ?」

「『天燈(てんとう)』よ。年越しのお祝いで使うの。竹で作った枠があるから、そこを持ってね」


 手渡された天燈を見ると、紙袋を開いた口に四角い竹枠がはめ込まれていた。


 そして竹枠の中央から四辺にかけて、十字になるよう紐が伸びていて、その中心部には綿状の物体が取り付けられている。


 年越しの瞬間、この綿の部分に火をつけて、紙袋の中を熱し、天燈を空高く飛ばすそうだ。


 なるほど。台湾のランタンフェスティバルみたいなやつだな。旧正月に火をつけたランタンを空へ飛ばすイベント。


 写真でしか見たことないけど、実際に一度やってみたいと思っていたんだよねえ。まさかこんなところでお目にかかるとは考えもしなかったんだけど。


 話を聞けば、二千年前、この世界に現れたハヤトさんがこの風習を伝えたそうだ。年越しや新年を迎えるにあたって、これといったお祝い事をしないことに寂しさを感じたらしい。


「……で、願い事をしながら天燈を空に上げて、天の使いにそれを叶えてもらいましょうって。そういうことらしいわ」

「へぇー。面白いこと考えるもんだなあ」

「ハヤト様と同じ世界から来たのに、アンタは知らないの?」

「うーん。少なくとも、オレが住んでいた国ではあんまり見ないかなあ」


 もしかすると、ハヤトさんが旅先で見た光景に感動して、こちらの世界でそれを広めようとしていたのかもしれないしな。


 とはいえ、樹海の近くでこれを上げるのは危なくないのか? 一応火を使うし、結構な数もある。万が一、森林火災にでもなったら大変だ。


「心配いらないわ。空へ上がったら、三十秒ちょっとで消えるもの」

「それはそれで時間が短いな。少し物足りないんじゃないか?」

「火が消えてからも、ちょっとした仕掛けが残っているのよ」


 実際に見ればわかるわと続けて、クラーラは自分の天燈を手に取った。


「ほら、もうすぐカウントダウンが始まるから、アンタも準備しなさいな」


***


 やがて辺りは静けさが広がり、波の打ち寄せる音だけが浜辺に響き渡る。


「皆さん! そろそろ点火をお願いしますぞ!」


 ワーウルフのガイアが声を上げ、所々からオレンジ色の明かりが灯り始めた。


 隣にいるアイラたちも次々に天燈へ火をつけていき、それに倣って、オレも手にしている天燈に火をつける。すると、ほぼ同時に、どこからともなく声が上がった。


「カウントダウン、十秒前ぇ! 九、八、七……」


 併せるように、あちこちで「六、五、四……」という声が続く。


「三、二、一、ゼロッ!!」


 最後の数字が叫ばれた瞬間、百を超える天燈が空に放たれた。


「明けましておめでとー!!!」


 歓声と拍手、口笛と歌声が交錯する暗闇の空へ、ふわふわとオレンジ色の光が上昇していく。


 大小を織り交ぜた無数の天燈が作り出す夜空の芸術は、幻想的でもあり神秘的でもあった。


 今この瞬間、大陸中のいろいろな場所でも、同じように天燈を空に放ち、同じような光景を眺めながら、新年を祝っているのだろうか?


 そう考えると、ちょっとした奇跡の瞬間に自分が立ち会っている、そんな錯覚すら感じてしまう。


 ふと視線を走らせると、みんな揃って天燈を見やっているのがわかる。それも願い事をするというより、期待を込めた眼差しで。


 理由がわからないまま、オレもしばらく天燈を眺めることにした。ただ、残念なことに、美しい光景の時間というのはあっという間に過ぎ去ってしまうもので、空に浮かぶオレンジ色の光はまもなく消えようとしている。


「意外に呆気なく終わっちゃうんだなあ……」


 何気なく口にした言葉へ、リアが応じた。


「まだですよ! しっかり見ていてください!」


 一体何がと返す暇もなく、「パン!」という乾いた音とともに、別の光が夜空へ瞬いていく。


 それは日本で見る打ち上げ花火を小さくしたもので、打ち上げられた天燈の中から突如として現れたのだった。


 間もなく、次々と天燈から色鮮やかな花火が輝きを放ち、暗闇の世界を彩っていく。


「すっげえ……!」

「天燈の明かりが消える瞬間、紙袋の底にある花火が発火される仕組みなんです!」


 二段仕掛けはハヤトさんによって作り方が広まったそうだ。スゴイなハヤトさん……。こんなの見たことないよ……。


 花火が打ち上がっていく様を、みんな、歓声を上げながら見やっている。願い事を託す、というより賑やかに新年をお祝いしたい気持ちの方が強いのかもしれないな。


 ま、それもいいだろう。年越しの楽しみ方は人それぞれだろうし。第一、オレだって、願い事を考えろって言われたところでこれといって思いつかないからなあ。


 しいて言うなら、今年こそ、平和でのほほんとしたスローライフを送りたいところなんだけど……。


「無理じゃな」

「ムリじゃね☆」

「む、無理じゃないですかねえ?」

「ムリだと思います!」


 並び立つ奥さんたちが揃って否定する。……いや、なんとなくわかっているんだ。多分、ムリなんだろうなあっていうのは、さ。


 でもほら、願うだけならタダだしね! そのぐらいはいいじゃないかと! オレはそう思うわけですよ、ええ!!


 ……はあ。止めよう。考えるだけ虚しくなってきたしな。


 せっかくの新年だ。先のことなんて考えず、楽しんでお祝いしようじゃないか。うん、そうすることにしよう。

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